東京五輪は持続可能な新しい姿で コスト削減大胆に - 日本経済新聞
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東京五輪は持続可能な新しい姿で コスト削減大胆に

編集委員 北川和徳

年明け早々、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会では仕切り直しとなった大会公式エンブレムの選考作業が再開された。7日から9日にかけて開催しているエンブレム委員会では、応募総数1万4599作品からここまで残った64作品を、最終候補となる数作品にまで絞り込む。

エンブレムは「国民の意見」を反映

前回の反省から「国民参加」「透明性」を重視した再選考は、膨大な事務作業と経費をかけることにはなったが、おおむね好評で順調に進んでいる。最終候補作品は商標登録の手続きを終えた後にホームページなどで公開し、広く「国民の意見」も募る。残る難題は、最後の1作品を選ぶ作業に、ネット頼みで千差万別となるに違いない国民の意見をどう反映させるかだろう。

今年は五輪・パラリンピックイヤー。夏のリオデジャネイロ大会の4年後には20年東京大会が迫る。昨年は新国立競技場整備計画に大会エンブレムの白紙見直しと失態が続いた東京の準備作業も本格化させなければならない。新たな年を迎えたのを機に、開催に向けての難題と対処法をあらためて考えてみよう。

昨年末にようやく新しい姿が固まった新国立は、やっと設計作業がスタートする。予定通りなら本体工事の着工は今年末。工事スケジュールが時間との戦いになるのは分かりきっていること。大成建設などのA案が竹中工務店などによるB案を抑えた理由も工期の確実性、信頼性への評価だった。ここは日本のゼネコンの技術と管理能力を信じるしかない。

ただ、懸念はほかにもある。旧案のデザインをしたザハ・ハディド氏の事務所が不穏な反応を示していることだ。「我々のデザインしたスタジアムのレイアウトと似ている」として、類似性の調査に着手したという。確かに屋根を外した姿を比較すると、スタンド部分の柱の配置などはよく似ている。

ザハ氏側が訴訟にまで事態を発展させる意向があるのかは分からない。だが、万が一にも工事スケジュールに影響を及ぼすような事態にならないよう、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)も大成建設なども、先手を打った万全の対応が求められる。

新国立建設の財源、toto頼み

新国立の建設では、財源の半分以上がスポーツ振興くじ(toto)頼みであることも危惧されている。現在の資金計画では、国が負担する791億円のうち、359億円はすでにJSCに支出済みやスポーツ振興基金として確保されており、残る432億円は毎年totoの収益から国の一般財源に入る今後の納付金を充てる算段をしている。このほかにtotoからの新国立建設への助成枠も現行から拡大して計395億円が新国立へ回る予定。つまり、総額約1600億円になる整備費のうち計827億円がtotoの収益から捻出される。totoが過去最高に売れたのは14年度の1100億円。試算ではこの売り上げが維持されれば、事実上は新たな国庫からの支出はまったくなしで新国立を建設することができる。

新国立への助成拡大によって、本来のtotoの役割である自治体やスポーツ団体への助成金は減ってしまうが、そこは国庫納付金と助成金の配布割合を変更して減額を抑える。新国立に関して国民から新たな非難をうけないようにとさまざまな点に目を配った、いかにも官僚が知恵を絞って練り上げたと思わせるスキーム(枠組みをもった計画)である。問題はtotoの売り上げの見通しが楽観的すぎるということか。

スポーツ支える意義訴え、支持を

個人的な見解だが、よくできたプランだと思っている。そもそもtotoはスポーツへの国民の小口の寄付という理念で誕生したものだ。主力商品がサッカーの勝敗とは無縁の「BIG」となって、当初は心配された賭博のイメージはほぼなくなった。使途が明確に分からない国庫への納付金が多すぎることが今まで不満だったが、それを限られた期間とはいえ新国立の建設に回すのはベターな選択ではないか。

財源確保の鍵となるtotoの売り上げアップを狙い、新たな競技を対象にした新商品などの発売も企画されている。だが、筋論を言えば、新商品の発売よりも日本のスポーツを支えることを目的としたtotoの意義をあらためて訴えて、支持を求めるべきだろう。そこで一番貢献できるのがスポーツ界だ。それは20年以降のこの国のスポーツ環境の整備にもつながる。今夏のリオでの日本選手の活躍がtotoの売り上げアップに貢献するような仕掛けはないものか。スポーツを取材するメディアの一員として、私自身も今年は積極的にBIGを購入しようと思っている。

膨れあがることが確実な五輪開催経費の問題にも今年は注目が集まりそうだ。この点については組織委と東京都、政府などに要望がある。

大会関連経費も明細を明らかに

五輪・パラリンピック関連とされる経費について、直接の大会運営費、会場建設・整備にかかる費用、インフラ整備や街のバリアフリー化、国際化、セキュリティー対策などに関わる費用について、それぞれをきちんと線引きして明細を明らかにしてもらいたい。

例えば前回の1964年東京五輪では、大会運営費が約100億円、会場施設費が約165億円、インフラ整備費が約9600億円という数字が残っている。「1兆円オリンピック」とも呼ばれたが、インフラ整備には東海道新幹線や首都高速、地下鉄の建設費など、未来への投資も含まれていた。

今回ははるかに複雑になる、大会開催に伴って休業などを強いられる事業所への補償も巨額となる。警備費が飛躍的に膨らむのも間違いない。サイバーセキュリティー対策も必要だ。昨年のパリでのテロなどを考えると、大会会場だけでなく空港や主要ターミナル駅、繁華街などの防犯カメラは倍増し、不審者をチェックする顔認証システムとともにネットワークで結ばれることすら想像できる。こうなってくると、どこまでが五輪開催のためだけにかかる経費なのか分からない。

少々質素でも、安全と祝福を

そうした内訳を明示したうえで、国民の支持が得られず、コスト削減が可能な施設整備費などは遠慮なく削っていけばいい。すでに会場の見直しは進んでいるが、もっと大胆にやるしかないだろう。五輪自身も今、危機を迎えている。2024年大会の招致レースからボストン(米国)、ハンブルク(ドイツ)が相次いで撤退。膨れあがる開催経費と財政の悪化、テロの脅威の前で、五輪はすでに世界の都市が開催を待ち望むイベントではなくなりつつある。今年のリオもそうだが、20年の東京も、大会が開催都市の将来に深いダメージを残すようなことになれば、その流れは一気に加速する。

国際オリンピック委員会(IOC)が東京に望むのも、少々質素で不便になろうとも、安全が保たれた上で、次につながるように市民、国民が心から祝福してくれる大会のはずだ。招致に成功した3年前の"公約"を破るのは心苦しいが、今、東京が果たすべきことは、持続可能な新しい五輪の姿を提示することだと思う。

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