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野球ウインターリーグ、中米に集う意外に豪華な面々

スポーツライター 丹羽政善

ドミニカ共和国への入国審査、税関を通過して、空港の到着ロビーに出ると、そこはもうカオス。出迎えの人がひしめき、芋の子を洗う状態の中、人の波をかき分け、かき分け、数人が近づいてくる。

「タクシーか? タクシーか?」。あっという間に取り囲まれて、同じような言葉を浴びせられる。戸惑っていると、やがて、彼らの間でもめ始めた。

「お前は、もぐりだろ。ここから出ていけ」「コイツは、俺の客だぞ」

想像だが、タクシー業者と白タク業者の間でそんなやり取りが交わされていたのではないか。自分を「正規」と訴える50歳ぐらいの背の高いオヤジが、「信用しろ」とでも言わんばかりに、しきりに黄色いライセンスのようなものを目の前にかざす。「サントドミンゴまでいくら?」と英語で尋ねると、「40ドル」。単位が米ドルだった。聞いていたより高い気もしたが、そんなものかと「OK」を出すと、「着いてこい」。しかし、外に出るとまたもめる。同じようなライセンスを持った人が何人か近づいてくるのだ。

「オイ、サントドミンゴまで行くのか? 安くしとくぞ」「俺の客をとるな!」。どうやら、社内にもライバルがいるらしい。

「今、車をとってくるから、ここで1分待っていてくれ。絶対だぞ」。背の高いオヤジはそう言って消えたが、その間、ライセンスをかざし、やはり「正規だ」と訴えるやせたオヤジが体を寄せてくる。「オイ、あいつは、いくらだと言った?」。そういうことか。

「こっちは、40ドルでいいぞ」。一緒じゃないか。

背の高い男の運転するミニバンが、クラクションを鳴らしながら近づいてくる。威嚇しているのだろう。「おまえ、向こうへ行け」

降りるなり、やせたオヤジを追い払う。筆者のかばんをひったくるようにして車に載せると、「早く乗れ」。初めてのドミニカ共和国は、のっけからスリリングだった。

トップクラスの大リーガー輩出に誇り

首都サントドミンゴの東に位置するラス・アメリカス国際空港までは、前日に滞在したフロリダ州オーランドからは直行便で約2時間半の距離。ドミニカ共和国は、カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島をハイチ共和国と共有し、東側の3分の2を統治する。

その国は、言わずと知れたベースボールタウンだ。政情不安が続くハイチ共和国に対し、ドミニカ共和国が比較的安定しているのは野球のおかげ、という一面もある。しかも、ロビンソン・カノ(マリナーズ)、サミー・ソーサ(カブスなど)ら大リーグでもトップクラスの選手を輩出しているのだから、その誇りが彼らを支える。

その起源。まず、1800年代に英国の植民地だった西インド諸島からの移民がクリケットを持ち込んだという。そのクリケットがサトウキビ畑で働く貧しい人々の間で人気となり、やがて地主らがチームを結成するようになった。その後、「ラテンアメリカとカリビアンのスポーツ(Sport in Latin America and the Caribbean)」によれば、キューバ10年戦争(1868~78)の勃発によって多くのキューバ人がドミニカ共和国へ移り、その彼らが野球を広め、やがてクリケットに取って代わるようになったそう。当時キューバでは米国へ留学した学生が野球を持ち帰り、人気になっていた。

その野球発展の起点となったのが、空港から東へ車で1時間ほどのところにあるサン・ペドロ・デ・マコリスという街だ。先に紹介したカノ、ソーサを始め、ドミニカ共和国出身の大リーガーの多くが、この街の出身でもある。ドミニカ共和国ではどの街も野球が盛んだが、ここは特別。広く「野球のメッカ」として知られている。今回、ある選手の取材でそのサン・ペドロ・デ・マコリスを訪れた。

今思えば、初日に訪れたサントドミンゴは、ドアが開いたままのグアグア(乗り合いバス)が走っていたり、青信号でも道路を横断するには左右の車に細心の注意を払ったりと、無秩序ぶりに驚いたが、サン・ペドロ・デ・マコリスはさらにローカルな空気が漂い、歩いていて肩に力が入るのがわかった。

サントドミンゴの球場で練習するレオネス・デル・エスコヒートの選手たち

ドミニカ共和国、気のいい連中が多く

サントドミンゴでチャーターしたタクシーが市街に入る。道の両側には、屋台のような店がずらりと並び、ガチャガチャとした雰囲気。荷物をガラガラひきずりながら、自らを観光客とアピールするのはどうかな、という印象だった。道端で寝ている野良犬はそろってやせこけ、おそらく白いはずの犬は汚れ、薄い茶色の毛に覆われていた。

英語を話せるタクシーの運転手が、この地区の状況をこう話し始めた。「この街は、貧富の差が激しいんだ。大リーガーらはもちろん、裕福な部類。でもこのあたりにいる人たちは、かなり生活が厳しいはずだ」

そういえば前日、サントドミンゴで泊まったホテルのドアボーイから、「サン・ペドロ・デ・マコリスに行くなら、夜は出歩かない方がいい」と言われたが、そういう空気が確かに漂っている。ただ「でも、気のいい連中が多い」とタクシーの運転手。彼は街中に入ってから急に車を止めると、道端にいるバイタク(バイクタクシー)の運転手に話しかけた。「球場は、どっちだっけ?」

するとバイタクの若い子は「こっちだ、ついておいで」と、もうバイクを走らせた。

そこから球場まで3分。筆者が車から降りると、球場の入り口を指さす。「あそこから中に入れる」とでも言わんばかりに。そのあと一応、タクシーの運転手はチップを払ったらしいが、小銭程度だったそうだ。

さて、ようやく球場に着いた。タクシーには取材が終わるまで待っていてもらうことになっている。1日で5000ペソ。日本円で1万3000円程度か。ドミニカ共和国の平均月収が3000~6000ペソと後で聞いて、「しまった」とは思ったが、帰りの足がなくなる可能性を考えたら、仕方がない。

ただ彼も案外、気がいい。タクシーを離れる時、前金として3000ペソを渡そうとすると、「いや、いらない。信用しているからいいよ」。

実のところ、ドミニカ共和国にはそういう連中が多い。

かつてのオールスター選手もプレー

球場に入る時もそうだ。取材パスを受け取るためには、まずは事務所に行く必要がある。

警備員がいたので話しかけると、英語を解さないようだったが、なんとなく意図が読み込めたのか、「入れ」というしぐさをする。難なく球場に入った。事務所らしき場所を探そうと、近くにいた人に声をかけた。また英語は通じなかったが、近くのドアを指さす。ここかとドアを開けると、そこは選手のクラブハウスだった。

クラブハウスに入ると、いろんな人が助けようとしてくれる。「誰を捜してるんだ?」「何か分からないことがあったら、言ってくれ」。何人か英語を話す人がいて助けられた。用件を伝えると、「彼はしばらく来ないから、どこかでゆっくりしてな」。

ならばと少し街を歩いた後、観客席で時間をつぶしながら、練習を眺めていた。そのとき、明らかにファンのような人が球場に入り込んでいたが、彼らはこちらを見ると、ほぼ例外なくガッツポーズを取るように右手を上げてあいさつをする。スペイン語も話せない、見ず知らずの日本人がいるというのに、いぶかしがるわけでもなく、もう何日も顔を合わせているかのごとく笑みを向けてくる。

この国は案外、居心地がいい。

そろそろ来たかと、再びクラブハウスへ。扉を開けると目の前にいたのは、巨人などでプレーしたウィルフィン・オビスポ。目の前を、メジャー通算288セーブをマークしたホセ・バルベルデ(タイガースなど)が横切っていく。そういえば前日、サントドミンゴでは、かつてマリナーズにいたラモン・サンティアゴとラファエル・ソリアーノがいた。

練習するエストレジャスの選手たち。一番左がバルベルデ

大リーグでかつてオールスターにも選ばれたような選手が、ウインターリーグでプレーしていることに驚いたが、実際その顔ぶれは昨年11月に行われた「プレミア12」に出場したドミニカ共和国代表のメンバーよりも、はるかに豪華だった。ウインターリーグにはそういう特徴がある。

故郷への恩返し・お金…目的は様々

今回取材したのは、DeNAの筒香嘉智が所属し、サントドミンゴを本拠地とするレオネス・デル・エスコヒートとサン・ペドロ・デ・マコリスにあるエストレジャスの2チーム。それらのチームにも知った顔があったが、他チームのロースターを見ても、マーセル・オズナ(マーリンズ)、ケーテル・マルテ、レオニス・マーティン(ともにマリナーズ)といった大リーグのレギュラーが名を連ねている。プレミア12では大リーグ機構がメジャー契約選手(40人)の参加を認めなかったが、ウインターリーグへの参加は大リーグ労使協定で認められているのだ。

ちなみにその目的は様々だ。生まれ育った国への貢献が一つ。大リーガーとして成功しても、育てられた故郷へ恩返しするパターンは、昨年1月にカノがエストレジャスでプレーしたケースにもうかがえる。教育、調整目的の参加も一般的。この場合、大リーグの各球団が派遣するケースがある。成長が期待される若手選手、またシーズン中に故障をして十分にプレーできなかった選手らが、その主な対象だ。若い選手の中には、「トッププロスペクト」と呼ばれる将来有望な選手も含まれる。

DeNAの筒香もエスコヒートに所属し、ドミニカ共和国のウインターリーグに参加していた=共同

大リーグのスカウトもネット裏に来るため、メジャー復帰を目指すような選手にとってはトライアウトの場だ。所属先のないバルベルデあたりはそういう立場だろう。2012年4月にマリナーズ相手に完全試合を達成したフィリップ・ハンバーという投手もウインターリーグに参加。彼も再びチャンスをつかもうと、過酷な状況に身を置く。

お金ももちろん、プレーする動機になりうる。過去、ウインターリーグでプレーした選手らによれば、ドミニカ共和国の同リーグの場合、約2カ月で給料は8000~1万5000ドル(約96万~180万円)だそう。ベネズエラのウインターリーグはもう少し給料が良くて1万~2万ドル。プエルトリコの場合は約6000ドルだ。

仮にもうメジャーの道は断たれ、ウインターリーグで稼ぐしかないとしても、それぞれの国の平均年収をはるかに上回る。その国で暮らす分には苦労しない。まだフリーエージェント前で、最低年俸でプレーしている大リーガーにとってもちょっとしたボーナスである。

午後5時45分。ようやく待っていた選手が球場入りした。午後2時に球場に着いてから4時間がたとうとしていた。

「ちょっと、クラブハウスに寄っていいかい」。そういってクラブハウスに消えたあと、彼はしばらく出てこなかった。逃げられたか?と思ったが、15分後、姿を見せた。「ゴメン、ゴメン、通訳を探すのに手間取って」

彼は簡単な英語しか話せない。インタビューの時は、スペイン語と英語を話せる人を自ら探す。

「向こうの静かなところでやるかい?」

見た目は少し怖いが、彼もまた、ドミニカ共和国の気持ちのいい連中の一人だった。

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