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車いすテニス・国枝、重圧こそが競技続ける動機

障害者(パラ)スポーツの認知度が欧米に比べて低い日本だが、知っている競技を聞く様々な調査で、必ずトップになるのは車いすテニスだ。それは、国枝慎吾(ユニクロ)の活躍によるところが大きい。2015年も前年に続き、グランドスラムのシングルスすべてで優勝。16年はリオデジャネイロ・パラリンピックでシングルス3連覇を目指す31歳に、胸の内を聞いた。

十分すぎるほど満足のいくシーズン

――昨年1年間を振り返ると。

「12月の最終戦の世界マスターズではやられてしまったが、それ以外の大会はシングルスはすべて優勝していたので、トータルで見れば十分すぎるほど満足のいくシーズンが送れた」

――そのマスターズでは、ジェラール(ベルギー)に2回負けた。

「自分のコンディションが上がってなかったのを実感していたので、負けたときは、今回はきつかったなという思い。球足がすごく速いコートだったので、僕の持ち味であるラリーがなかなか生きない。彼はビッグサーバーで、ラリー数もすごく少ない選手で、そういった選手にはすごく有利なコートだった。なので逆に言えば、そこまで気にする必要もない、となるかな」

――決勝では、第1セットでサービスゲームを40-0から落としたり、第3セットでゲームカウント3-0から6ゲーム連取されたり、国枝選手らしくなかった。

「そうですね。自分自身もほぼ2年間負けてなかったので、負け自体が久しくなかった。ポイントは第1セットのそこだったかなと思う。追い上げてゲームカウント5-5で、そこでとりきれなかったことが悔やまれる点。第3セットも3-0までいって4ゲーム目をとっていれば違ったのだろう。まくられてしまったので痛かったが、やりながらも、自分の中では首をひねりながらプレーをしていた。というのも、自分の形でとれているポイントがあまりに少ない。リードしていながらもどこか居心地が悪かった。終わってみたらフルセットで第3セットは3-6だったが、内容的にはもうちょっと離れていたかな、という方が正しい」

――リオに向けて、負けてよかった?

「そういう思いも少なからずある。例えばジョコビッチがビッグサーバーとやったら苦戦する速さのレベルのサーブだったし、そういうふうに考えると、そこまでこの結果を気にする必要もない。でも気にしないと、逆に負けたことが生きない可能性もあるので、その辺は両方とってもいい。やっぱり勝ち続けていることは僕の目標だし、すごく素晴らしいことだが、たまにこうやって味わう敗戦は、自分を刺激するにはすごくいい要素にもなる」

25歳前後の選手たちの生きがいい

――今31歳で、今年32歳。一昨年はフルセットまで持ち込まれたのが3回、それが昨年は6回あった。体調面でリカバリーが遅くなってきたなど、感じている部分はあるか。

「フィジカル的には強くなっている。むしろ周りのレベルが上がっている。今回のジェラールにせよ、サーブで160キロ出してくる選手だし、若手のファイファー(フランス)、リード(イギリス)、フェルナンデス(アルゼンチン)といった、25歳前後の選手たちの生きがすごくいい。ロンドン・パラリンピックの12年ぐらいから、彼らの台頭は感じていた」

――追われる立場でランク1位を続けていて、きつくないか。

「プレッシャーは他の選手以上に感じているし、プレッシャーがあるからこそやれている部分もある。プレッシャーを感じれば感じるほど、優勝したときの喜びも大きいし、それが自分自身を満たす、すごくいい良さになっているのもある。プレッシャーがないと続けられない」

パラリンピック、いつも始まる前は恐怖

――そういう中でパラリンピックはどういう位置づけか。より大きなプレッシャーがかかるもの?

「もちろんそう。グランドスラムも毎回苦しいが、パラリンピックはいつも始まる前は恐怖しかない。今回も含めて怖さはある」

――負けたらどうしよう、という怖さか。

「どんな試合でもそう思う。はたからみたら100対0で国枝が勝つと思われている試合でも、もしかしたらやられるかもしれない、という思いが気持ちを駆り立てるし、より自分自身を成長させようという気になる。それがパラリンピックはなお強いからこそ、目指しているというところがある」

――ロンドン大会の決勝の日に、緊張から吐いたとか。

「試合5分前に、1~2時間くらい前に食べたおにぎりが全部出てきた。コールされてトイレに行ったときに吐いてという感じ。メンタルトレーニングを06年から始めているけど、メンタルトレーナーから緊張するのはすごくいいことなんだ、五感を働かせるのにすごくいいのは緊張だから、緊張しているときこそ、戦闘準備に入れているんだよと言われて。その時も吐いたお米を見ながら、もう準備整っているんだな、とむしろ思っていた。これだけ緊張しているんだから、十分試合ができる心境にいるんだなって」

――錦織圭がフルセットに強いのを見習いたいと言っていた。

「今年の全豪でフェルナンデスと準決勝でやったとき、1セットとられてトイレに行ったのだが、ここから錦織君はいつも勝っているんだよなと思うと、勇気が湧いてきた。僕自身はフルセットをやるケースが多くはないので、そうなったとしても最終的には強いやつが勝つもんだと思えるというか」

――リオでシングルス3連覇を目指すと思うが、ダブルスはどう考える?

「まだ、誰と組むか決定してないので、これから監督の裁量と選手の意見で決まると思うが、シングルスの金メダルは欲しいし、ダブルスでの金メダルも欲しい。日本は十分チャンスがあると思う」

悔い残さないよう東京大会まで続ける

――東京パラリンピックが決まらなければリオで集大成と決めていたか。

「そのときはそう思っていた。どこまでやるかは明確には決めてなかったが、ツアー生活もパラリンピックもリオで終わってもいいかなという気持ちではいた。今は、東京でやらなかったら、間違いなく後々の人生で、もったいなかったなと後悔しかねないのでそこまでやりたい」

――プロ転向のときも、後々の人生で後悔したくない、と言っていた。

「それが自分自身の人生で選択する基準になっている。リスクがあることであっても」

――プロになって正しかったか。

「まだわからない。ただ十分プロとして食べていくだけの収入は増えたし、今の段階ではプロになって良かったと心から思えているので、引退したときに本当に良かったと言い切れるよう、残りの選手生活をやっていきたい」

車いすテニスの会場を満員にしたい

――車いすテニスの会場を満員にしたい、認知してほしいと常々言っているが、人々の関心のレベルが上がったら、プロになって正しかったといえる基準になるか。

「十分なります。プロになったとき、ウィンブルドンで3000~4000人の大観衆の前でプレーする機会があり、立ち見も出るほど。自分がリードしていたが、まだ終わんなくていいぞ、相手粘っていいぞと思うくらい居心地良く、気持ちが良かった。大観衆の前でプレーすることはなんて素晴らしいんだろうという満足感があったので、そういった場を日本でもつくりたいなと思った。そこでやっている選手をみたら、多くの若い子たちに、僕もそこでやりたいと思ってくれるぐらい刺激的なことだろうと思うので、東京はビッグチャンス。20年だけじゃなくて、その前もその後もそういったチャンスを一つでも多くつくれるようにしたい」

――来年5月、有明コロシアムでの国別対抗戦をどういう大会にしたいか。

「20年のプレ大会にもなるし、多くのお客さんに足を運んでもらうことが成功につながる。運んでもらうために、僕がプレーする機会が多い方がいいので、一つでも勝ち進められるようにやっていきたい」

――自分が勝たないと車いすテニスが認知されない、勝つことで認知される。そこまで追い込まなくてもいいのではないか。

「でもマイナーなスポーツがメジャーになりうるきっかけはそこだと思う。今回もラグビーがそうだったじゃないですか。勝ったからこそ、というのがあると思うし。車いすテニスでも勝てば、国枝ってどんなプレーするんだろうと興味が生まれ、足を運んでいただけるきっかけにもなると思うので。勝つことは普及にもつながることだといつも思いながらやっている」

――国別対抗戦は入場料が無料だ。

「無料であっても有料であっても、まずは多くの人々に車いすテニスの最高レベルを見てもらうことが大事。そうすればおのずと伝わると思う。そのうち有料になるかもしれない。そうやっていかないと、スポーツって発展していかないので。より発展させるためには、ビジネスにもなりうるようなことも大事かなと思う」

道具の進化よりフィジカル鍛錬選ぶ

――フランスのウデが高価な車いすを作っている。

「1000万円以上もする道具を使ってプレーすることがいいことなのか。僕としては、あまりしたくない。僕も4年ぐらい前にカーボン製を作ろうかと思ったが、1000万円かかると聞いた。それを使って勝ったところで、いい車いすを使っているからでしょと思われるのがしゃくだったので、時代はそこまで行っていないと思ってとどまった。ウデはそれで競技力をあげることが競技の発展につながると思っているので、そこも意味としてはわかる。今の段階ではあまり使いたくないが、負け始めると使うかもしれない」

――国枝慎吾が車いすを乗りこなすんだ、国枝が車いすに乗りこなされるわけではない、という考えで車いすの改良に取り組んでいるのか。

「そうですね、実はここをこうしてくれと(車いすメーカーの)オーエックスエンジニアリングに多くをリクエストしたことはない。どちらかというと、100メートルを走るにしても、道具を進化させようとするより、フィジカルを鍛えて秒数を縮めたいと思うタイプ。そこにいつも力を注ぎ、何年もテニスやってきたという思いがある。人によってはすぐに車いすをどうこう、いじったりする人もいるのだけれど」

――リオに向けて技術的に上げたい部分はどこか。

「15年に関してはフォアとサーブのグレードアップに成功した。苦手なショットが本当に減ってきて、ここは打ちづらいという考えもなくなった。オールラウンドにすべてを高めることができているし、間違いなく、どの年より強いテニスができていると思う。16年はボレーとか、ネットに出て行くタイミングとか、細かいところをブラッシュアップしていく年になるかなと思う。リオもあるし、ウィンブルドンも(シングルスが)初めての開催だし、国別対抗戦もあるし、たくさんモチベーションのピークを上げないといけないところがあるが、全部とることが目標」

テレビ中継始まり、やりがい一段と

――昨年から車いすテニスのテレビ中継が始まった。

「大きいですね。グランドスラムを優勝して、帰国しておめでとう、すごいねと言われていたのが、感想がすごく変わってきた。決勝戦のフォアはすごかったね、と具体的な感想が多くなったのがうれしいし、やりがいを一層感じることになった。より良いプレーをテレビを通じて見せたいと思う。全米オープンもウデと決勝を戦っている最中も、これはなかなか面白い展開になっているなと思うぐらい、プレーの質が高かったので、ああいった試合が放送されると、自然と見るだけで伝わると思う」

――先日、遠藤利明五輪相に会った際、車いすテニスの基盤強化をお願いした。

「何かリクエストあるかと聞かれたので、世界的にはグランドスラムも同時開催で、世界テニス連盟が車いすテニスを中に取り込んでいる。日本はまだまだ、健常者スポーツとのつながりの面で世界に比べてスタンダードじゃないと感じるので、僕にとってはそれが普通なのでとお伝えした」

――子どもたち向けのイベント参加に積極的だ。次世代に向けて自分がやらなきゃいけないことは意識しているか。

「そうですね、僕もいつしか引退する時期は来るわけで、そのときに1人でもいいからスーパーな選手が出てきて、車いすテニスを担ってもらえるようにバトンタッチしたい。引退しても車いすテニスがしぼんでいかないようにすることも一つの仕事と思う」

車いすテニスは命を懸けてやる仕事

――長い海外遠征時のリラックス方法は?

「趣味は将棋なので、アタマが疲れてないときはネットで将棋をしている。並の人には間違いなく勝つと思う。ネット上のアマ2級ぐらい。アタマが疲れてるときに将棋をやると、負けてネット上のランキングが下がってしまうので、そういうときはやらないようにしている」

――国枝選手にとって車いすテニスとは。

「仕事であるのが第一。命を懸けてやる仕事だと思っているので、見てくれている方々に何かを伝えていきたい。その何かは人それぞれだと思うが、車いすでもここまでできるんだとか、何かプレーで感動を与えられる存在になれたらなと思う。またそれが、子どもたちがテニスを始めるきっかけになればいい」

(聞き手は摂待卓)

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