プロ10年目の五輪年 錦織圭、「大きな大会でV」目標
男子テニスの錦織圭(26、日清食品)は正月気分に浸る間もなく、3日にプロ10年目のシーズン初戦(ブリスベン国際=オーストラリア)を迎える。準優勝した2014年全米オープン以降、世界ランキングで10位以内を維持する「Kei」は、日本人として最も世界的な知名度とマーケット力を持つアスリートとなった。今季こそ手にしたいのは「マスターズ・シリーズ、四大大会、大きな大会での優勝」という。
■完全オフ数日、練習は2週間余り
12月29日の誕生日は毎年慌ただしく迎えるが、とりわけ昨年末はせわしなかった。11月後半までツアーを戦って日本に帰国すると、待っていたのは数々のテレビ収録やイベント出演。12月に入ると、神戸のエキシビションツアーにセリーナ・ウィリアムズ(米国)らと出場した後、米国に戻ってマリア・シャラポワ(ロシア)主催のイベントに13日まで参加していた。完全オフは数日のみ、練習に費やせたのは2週間余りだった。
「動物園にいるライオンってこんな気持ちなのかな」。昨年10月の楽天ジャパン・オープンで、大勢のファンに追いかけられながらコートからコートへとカートで移動する気分を、錦織はこう表現した。それほどの騒ぎにはならないが、欧米での人気もなかなかのものだ。試合会場で「ニシクォリ」と叫んで寄ってくるファン、息子と一緒に写真を撮ってくれと頼む大企業幹部ら……。ここ1年ですっかり見慣れた光景になった。
テニスはハイクラスの人たちがたしなみ、観戦する競技として発展してきたスポーツである。欧米の大会で錦織らトップ選手のために用意されるアメニティー(おもてなし)は、日本のスポーツイベントでは見たこともないような豪華なものばかり。すっかりなじんでいる錦織を見ると、スケールの違いをまざまざと感じさせられる。

「14年の全米オープンくらいから、世界でもテンション(の高さ)を感じているので、これから何かが変わるというのはない」。期待の大きさ、責任の重さに窮屈な部分がないといったらウソになるが、それほど深刻に感じてはいない。期待を力に変えねばならないランキングにいるのは理解しており、「この位置にもっといたいという気持ちは大きくなっている」。
■「アップダウンあっても盛り返せた」
13年前の渡米時、自信満々で「遠慮」という言葉を知らないかのような米国人たちに圧倒された。そのような姿は、今やどこにもない。「でもロッカールームでは基本、遠慮しているかな。リラックスはしています。みんな優しく接してくれるし」。錦織へのリスペクトがあるのだろう。
経済誌「フォーブス」によると、15年に最も稼いだアスリートランキングで錦織は92位(1950万ドル=約23億5000万円)。男子テニスではロジャー・フェデラー(スイス)、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)、ラファエル・ナダル(スペイン)、アンディ・マリー(英国)の「ビッグ4」に次ぐ5番目だった。今季、そのビッグ4に食い込むためにも欲しいのが、大きな大会での勝利だ。
機は熟している。昨季は終盤こそやや失速したものの、14年に頭角を現しトップ10入りした若手の中で、15年も残ったのは錦織だけだ。
昨年8月末、全米オープンで約1年半ぶりに1回戦負けしたショックは大きく、10月の楽天ジャパン・オープンでは「そんなにいつも(思ったように)できませんよ」と珍しくいらついた。それでも全米から2カ月余り、最終戦のATPツアー・ファイナルまでに立て直してみせた。
「アップダウンがありながらもうまく盛り返せた。2回戦を棄権したウィンブルドン後も、ワシントンの大会(シティ・オープン)で最高ではないパフォーマンスのなか、(気持ちを)盛り上げて優勝できた。こういうところはレベルが上がっている。進歩できているところだと思う」

■打倒ビッグ4へ「気持ちが一番大事」
自分の「テニスの型ができてきた」のも大きい。「調子が悪く、ショットに自信を欠くときはあるけれど、基本的には自信を持ってストロークを打てる。心配するようなショットはなくなった」。ジョコビッチのディフェンス、フェデラーの速い展開のサーブアンドボレー、ナダルのスピン。トップ選手ともなれば名前とともに得意技が思い浮かぶ。錦織なら、ストロークで相手に考える間も与えない速さで追い詰めていくラリーだろう。
「あとは安定感で、まずファーストサーブの確率。細かい短所をつぶしていかないと。アグレッシブに攻めた結果のミスはいいけれど、ストロークをつないでいるときの無駄なミスを減らしたい。プレーが単調にならないよう、うまく考えてやりたいですね」
昨季は世界ランク1位のジョコビッチが「独り勝ち」だった。四大大会で3勝、マスターズ・シリーズは9大会に出て6勝している。年間で負けたのは6試合のみ。ジョコビッチ以外でマスターズ・シリーズを制したのはマリー(2勝)とフェデラー(1勝)で、四大大会の残り1つはスタン・バブリンカ(スイス)が勝った。いずれも世界ランク2~4位で、超攻撃的なテニスをした選手たちだ。錦織も攻撃は得意だが、トップ5に10年近く君臨し続けるこれらの選手たちとは何が違ったのか。
「一番大事なのは気持ちだと思う。彼らは常に自信がある。自信は日ごろの練習が基礎になる。あとは戦い方。彼らは悪いときでも焦らず、プレーできる。そこが僕には足りないところ」。そんな錦織にとって、「愛情を込めて厳しく」後押ししてくれる存在は大切だ。今季もマイケル・チャン、ダンテ・ボッティーニの2コーチ体制で戦っていく。
■夏場の2カ月半に大きな大会が5つ
今年も健康を課題に挙げる。「体が強くなっている実感はある」とはいえ、昨年はウィンブルドン、マスターズ・パリ大会とタイミング悪く大きな大会での棄権があった。「スケジュール管理がとても重要になる」。錦織の年間出場大会数は多くない。ケガや疲労で参戦予定の試合を欠場するから、結果的にそうなってしまうのだ。昨年のATPファイナルに出た8選手で錦織は最も若かったが、年間の出場大会数は21で上から4番目だった。

試合数が少ないことにはメリットもあって、その方が集中して効率よく戦える。ジョコビッチとフェデラーは昨年、18大会しか出ていない。「さすがにジョコ(ビッチ)のようにはできないけれど、考えないと」
今季はいつも疲労がたまる8月にリオデジャネイロ五輪があるので、余計に悩ましい。例年ならウィンブルドンが終わると2~3週間練習して、7月末~8月にあるシティ・オープンに出場。マスターズ2大会を連戦し、1週空けて全米オープンを迎えられた。今季は7月10日にウィンブルドンが終わると、18日からシティ・オープン、25日からマスターズ・カナダ大会と続き、1週空いて五輪が8月6~14日にある。その後、15日にはマスターズ・シンシナティ大会が始まり、29日には全米オープンが待ち構える。
約2カ月半の間に大きな大会が5つもある五輪イヤーは、どの選手にとっても調整が難しい。これまでウィンブルドンと全米オープンのチャンピオンは五輪金メダリストになれなかった(例外は08年北京五輪のナダルと12年ロンドン五輪のマリーのみ)。最近はトップ選手も注目度の高い五輪に力を入れて臨むが、伏兵が勝つことが多いのが五輪である。
■五輪で「メダル取りたい気持ちある」
さて、錦織のリオ五輪での勝算は? 「いい意味でメダルを取れる位置にはいるし、取りたい気持ちもある」。しかし、その前に四大大会が3つ、マスターズ・シリーズが6大会もある。そもそも五輪出場(64選手)が正式に決まるには、6月6日付の世界ランク(56位まで自動的に出場権が付与されるが、1国・地域で最大4人まで)を待たないといけない。
「シーズンは長いですよ。リラックスして臨まないと」。10年もプロを続けていると、もう分かっている。先のことを考えすぎず、まずは目の前のことに集中することが一番大切だ、と。「無心に。欲を出しすぎず、やることだけに集中する」
(原真子)