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沈黙の奥のやさしさに 寂聴さん、野坂昭如さんを悼む

野坂さん、あなたが亡くなったと朝から電話がひっきりなしに入り、新聞社という新聞社から、あなたの逝去を知らせてきました。野坂さんの生前の思い出はどうかという質問と、追悼文を書けという話ばかりでした。すべての電話に同じことを答え、しまいには自分が機械になったような気がしました。ようやく電話が来なくなった時は、一四時半になっていました。

今日わかったのですが、あなたは八十五歳にもなっていたのですね。全くのおじいさんじゃありませんか。世の中では長命な方といわれましょう。野坂さんの随筆で、長命など望んだことがないとあったのを覚えています。私も全く望みませんでした。それなのにいつの間にか九十三歳にもなっています。昨年大病したのに、死に損なってまだ生きています。でも長生きしている自分をめでたいとか、幸せとか喜んだことは一度もありません。野坂さん、あなたもそうでしたね。

たまたま、久しぶりで何気なく書棚からひっぱり出してあなたの「シャボン玉 日本」という本を読み返していたところだったのです。表紙に、黒めがねの、つやつやした肌のハンサムなあなたが大きく写っています。アラーキーのその写真は、何時のものかわかりませんが、御病気後のものでしょう。もしかしたら四年前、私がお宅へ伺った日のものかもしれません。

あの日は、あなたからの初めてのお誘いで私が参上したのでした。タクシーの運転手が気が利かなくて、あなたのお宅のまわりで三十分も迷いました。とても寒い日でした。あなたがオーバーも着ず、玄関の外に出てずっと待っていて下さったのに驚きました。何てやさしい方なのだろうと思いました。三時間余り居た間、あなたは一言も喋(しゃべ)らず私一人が喋り通して疲れきりました。脳梗塞で倒れられて、ずっと療養中のあなたは、文は書かれるけれど、会話はまだ御不自由なのでしょうね。その日、困った編集者が、最後に、

「瀬戸内さんをどう思われますか?」

と訊(き)いてくれた時、ゆっくりと、しかしはっきりと「や、さ、し、い」と答えて下さいましたね。どんなたくさんの対談よりも、その一言を何よりの慰めとして帰ったのでした。

それから、たちまち四年が過ぎ、今度も突然、野坂さんから雑誌に往復書簡をのせようと話があり、私から先に書くことになりました。お返事は雄弁で、私のことを、いつでも体当たりで生きているのがいいと書いて下さいましたね。「シャボン玉 日本」を今、読めと、あなたがさし出してくれたような気がします。

この中には、今の日本は戦前の空気そのままに帰ってゆく気配がすると、政治の不安さを強く弾劾していますね。今、この本を若い人たちに読んでほしいと、私に告げて、あなたはあちらへ旅だたれたのですね。長い間お疲れさまでした。私も早く呼んで下さい。私も何やらこの日本はうすら寒い気がしてなりません。

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