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大村氏「地球からのすばらしい贈り物」 ノーベル賞記念講演

【ストックホルム=安藤淳】ノーベル生理学・医学賞を受賞する大村智・北里大学特別栄誉教授は7日午後(日本時間同夜)、ストックホルムのカロリンスカ研究所で記念講演した。約1000人を収容する巨大レクチャーホールは満席となった。講演テーマは「地球からのすばらしい贈り物―エバーメクチンの起源とインパクト」。主な内容を紹介する。

講演終了後、記念撮影におさまる受賞者ら(左からト・ユウユウ氏、大村氏、キャンベル氏)

皆さんと研究の楽しさ、そして結果の一部を共有できてうれしい。私は人類の健康に貢献する今回のサクセス・ストーリーにかかわってきた多くの人や組織を代表してここにいる。エバーメクチンは米製薬大手メルクと私の研究グループの協力の結果だ。

微生物の代謝に関する研究は1965年に北里研究所で始めた。微生物が作りだし、生物活性のある新たな物質の発見に集中するようになった。集めた天然サンプルから微生物を単離する手法を工夫し、面白い性質をもつ化学物質を探し出す新しいスクリーニング法を考案して利用した。

毎年2000を超える微生物を単離し、様々な培養液を使って育て、増やした。それをスクリーニングにかけ、生物活性を明らかにしていった。有用と思われるものは保存し、我々や他の研究者が使えるようにした。興味深い活性を示す物質が見つかっても、さらに研究を進めるにはお金がかかるため、企業パートナーが必要になった。

我々はたくさんの微生物から様々な生物活性をもつ物質を見いだし、50年の間、毎年平均して10個程度の新たな化合物を見つけた。このうち人間や動物の薬に役立つものが26個あった。計100個ほどの物質は有機合成され、有機化学や生化学の進歩に貢献した。

70年代初め、米国化学会長を務めメルクの元研究所長でもある(留学先の)ウエスレーヤン大学のマックス・ティシュラー教授が、私をメルクに紹介してくれた。国をまたがってメルクと共同研究するきっかけになった。世界的にみても、大きな産学共同研究の先駆けといえる。

スライドを次々に映しながら講演する大村氏

科学研究は孤立していてはなし遂げられない。私は様々な国の、多くのすばらしい科学者とともに仕事ができた。エバーメクチンのもとになる微生物は日本の土壌で見つかったが、メルクの優れた研究チームの存在なしには、今日のような脚光を浴びることはなかっただろう。

昨今、科学の進歩はますます学際的な研究者のグループによって達成されるようになってきている。エバーメクチンの研究はこうした研究スタイルも切り開いた。共同研究は生物学的にも構造化学的にも面白い多くの物質の発見に結びついた。

そのなかで(共同受賞者の)ウィリアム・キャンベル氏とともに発見したエバーメクチンはもっともユニークで重要だ。まったく新しいタイプの寄生虫の防除剤で、体の内外の病原体を殺す能力がある。メルクはエバーメクチンをもとに、より安全で効果的な化合物イベルメクチンを作った。

私がメルクに送った最初の50の微生物のうち、ある1つがもっとも興味深く、複数の代謝産物をもたらした。遺伝子解析を実施し、後に「Streptomyces avermitilis」と名付けた。世界中で微生物探索がなされたにもかかわらず、日本の土壌で見つかったこの1つの微生物のみがイベルメクチンの商業生産のもとになっている。

81年にイベルメクチンを含む物質が動物薬となり、やがて人間の治療薬としても効果があることがわかった。イベルメクチンは熱帯地域の人々を何世紀にもわたって苦しめてきたオンコセルカ症(河川盲目症)に対処できる、理想的な薬だと判明した。この病気は皮膚の病気や失明を起こし、患者は時に死に至る。社会経済的な発展を妨げてきた。

80年代後半、アフリカや南米の貧しい人々は、イベルメクチンが登場するまでこの病気に対してなすすべがなかった。世界保健機関(WHO)などはアフリカで大規模な臨床試験を実施した。体重1キログラムあたり200マイクロ(マイクロは100万分の1)グラムのイベルメクチンを1回投与するだけで、1カ月後には目や皮膚から(病原体である)線虫の幼虫が消えた。

カロリンスカ研究所のレクチャーホールには長蛇の列ができた

イベルメクチンが人間の治療薬として承認されると、メルクはすぐにアフリカ、南米などでオンコセルカ症治療のために無償供与を始めた。貧しく本当にこの薬を必要とする人々に、薬が行き渡るようになった。

私は2004年にアフリカに行き、イベルメクチンのインパクトを目の当たりにした。オンコセルカ症によって失明した多くの人々が、イベルメクチンを服用した。これによって感染が広がらなくなり、1987年以来、約3700万人の子どもがこの病気の脅威から逃れることができた。

2000年には蚊が媒介する血球系フィラリア症に対しても、イベルメクチンの無償供与が始まった。この病気の感染のリスクにさらされている人は世界人口の約20%にあたる13億人もおり、約1億2千万人が既に感染していたが、無償供与を機に劇的に減少した。無償供与によって、イベルメクチンの投与を受けた人はこれまでに計2億2700万人に達する。

イベルメクチンは他にも様々な「顧みられぬ熱帯病」に大きな効果があることがわかってきた。ブラジルの研究機関と共同で調べており、よい結果がいくつか得られている。イベルメクチンが地球からのすばらしい贈り物であることは疑う余地がない。

01年には「Streptomyces avermitilis」のゲノムの99.5%を、03年には全ゲノムの解読を完了した。約900万塩基対からなる。得られた情報は商業生産に適したように性質を変えるのに役立つ。2次代謝産物の探索も世界で進んでいる。

イベルメクチンは30年以上使われているにもかかわらず、幸い人間において耐性の発生は報告されていない。しかし、万が一耐性が生じれば遺伝子操作によって対応できるよう研究を続ける。

私が基礎研究にのぞむ哲学をお話しする。あらゆる問題やニーズに対する答は自然の中にあると強調したい。微生物は我々の要求に応じてくれる無限の天然資源だ。健康と経済社会への恩恵をもたらす天然起源の化合物を、これからも探したい。次の世代の科学者にも続いてほしい。

50年以上に及ぶ私の研究手法は、茶の湯の大切な要素である「一期一会」という考えの影響を受けてきた。茶の湯は日本文化のなかで、尊重の精神を非常に大切にする。そして、ある瞬間のある出来事は2度と起きないと考える。チャンスが現れたらそれをつかむことが大切だ。私は同時にすべての仲間、そして微生物に対する深い敬意を持っている。こうした感覚はすべての優れた科学研究と発見の基礎となるべきものだ。

最後に、ノーベル生理学・医学賞の選考にかかわったすべての人たちに深く感謝する。発見に至るあらゆる段階で協力してくれた人々を代表して、謹んで賞を受けたい。

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