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日米で違う野球監督の重み 「あり方」に正解なく

スポーツライター 丹羽政善

11月28日、松山市内のホテルで昨年9月2日に他界された上甲正典さん(愛媛・済美高野球部監督、享年67)を「偲(しの)ぶ会」が行われた。ちょうどその日、会の発起人の一人でもある高知・明徳義塾高野球部の馬淵史郎監督が、60歳の誕生日を迎えた。

会が終わって上甲監督の長女・夕美枝さんらと夕食をとったあと、上甲監督のいきつけの店で、馬淵監督らが先乗りしている「メンバーズルーム・律」へ向かう。道すがら、何か還暦のお祝いをと話していると、上甲監督の同級生で馬淵監督とも交流のあった方が、「なら、俺が」とスポンサーに名乗り出た。

大リーグで監督は中間管理職程度

結果、赤い靴下から赤いマフラーにアップグレードされ、「律」に着いて夕美枝さんが手渡すと、馬淵監督の表情が決して甲子園では見られないほど緩む。包みの中から出てきたマフラーを手にすると、どこからともなく「馬淵、試合で巻(負)けよ」と縁起の悪い言葉が飛び交ったが、あの馬淵監督に「馬淵!」と言える人が、そこかしこにいて言葉を失った。

もちろん、親しみを込めて。例えば、宇和島の上甲監督の同級生は、馬淵監督の若い頃から知っている。そして、上甲監督とのライバル関係も。上甲監督が亡くなった今、「おまえに上甲監督の分まで頑張ってほしい」とサポートを惜しまない。

「律」にそろっていたメンバーの顔ぶれにも目を見張った。馬淵監督の他、智弁和歌山高の高嶋仁監督、長く鳴門工高(現鳴門渦潮高)を率い、今年から母校・早稲田大の監督に就任すると春・秋リーグ連覇を成し遂げた高橋広監督ら、そうそうたる面々がボックス席で小さなテーブルを囲んでいる。上甲監督がどういう世界に身を置いていたのかがうかがえたが、その様は圧巻だった。

監督という重責を正面から受け止める重厚な存在感が漂う。もちろん彼らはいずれも別格の部類といえるが、日本ではプロ野球の新人監督にしても、監督という肩書の持つ重みは大リーグのそれと比べて大きいように映った。

そう、今回、日本と米国では監督に対する認識が違うことを実感した。どうだろう。日本において監督が現場のトップなら、大リーグの監督は中間管理職程度の感じではないか。

監督からスカウト転身も日常茶飯事

今年、楽天イーグルスで三木谷浩史オーナーの現場介入が話題になったが、大リーグでは珍しいことではない。例えばマリナーズなら、8月終わりに解雇されたジャック・ズレンシック・ゼネラルマネジャー(GM)が試合前、監督室に入って出ていった後にラインアップが変わることが度々あった。マリナーズではまた、試合中にハワード・リンカーン最高経営責任者(CEO)、チャック・アームストロング社長(すでに引退)らが、ズレンシックGMを使って監督にメモを差し入れるということが常態化していた。2013年限りで退団したエリック・ウェッジ元監督が、「よくそういうことがあった」と地元紙に証言した。

ただ、そうなると選手も納得がいかない。その日、スタメンで使うと言われていたのに、気づくと名前が消えているのである。監督に説明を求めても要領を得ない。監督にしてみれば、仮にバレていても、上に言われたからとは決して言えない。かといって、上に逆らうこともできない。マイケル・ルイス著「マネー・ボール」の中でも、アスレチックスのビリー・ビーンGM(現編成本部長)が監督に対し選手起用に口を出す状況が詳しく描写されている。

結局、日本に比べれば監督に対する敬意が感じられないように見えるわけだが、そもそも監督というポジションに対する捉え方が異なる。

日本ではプロ、アマを問わず、絶対的な存在だ。それゆえ、監督が指導者としての一つのゴールで、監督をやめた後にコーチなどを務めることは極端に少ない。一方、大リーグでは実績を残し、名監督ともなれば別だが、監督からコーチ、スカウトなどに転身することも日常茶飯事。今季までマリナーズの監督だったロイド・マクレンドン氏は、来季からタイガースの3A(マイナー)の監督を務める。そうなるとメジャーの監督が「終わり」では決してない。

03~04年にマリナーズの監督を務めたボブ・メルビン氏は、マリナーズを解雇された後、ダイヤモンドバックスの監督に就任。そこも解雇されたが、メッツのスカウトを経てアスレチックスで監督に復帰すると、12年には、07年にナ・リーグで受賞したのに続き、ア・リーグでも最優秀監督に選ばれた。

日米とも低くなる監督と選手の垣根

ある意味、考え方が柔軟なのだろう。監督からスカウトになったところで、屈辱とは考えない。そもそも選手が監督の名前を呼び捨てにしている時点で、日本とは選手と監督の関係が別物だ。ソフトバンクの選手が工藤公康監督のことを「キミヤス!」とは呼ばないが、マーリンズの選手らは今年、ダン・ジェニングス監督のことを「DJ」とイニシャルで呼んでいた。

もっとも、全体を見れば日米問わず、同じ方向へ向かっているようにみえる。かつて大リーグにも、20年の長きにわたってドジャースの監督を務めたトミー・ラソーダ氏のような名物監督がいたが、今やどんどん世代交代し、選手との垣根が一層低くなった。日本のプロ野球もこのオフ、世代交代の傾向が顕著に表れた。

日本の古き良き監督の姿を体現されていた上甲監督でさえ生前、「子供たちも変わってきた。我々も変わっていく必要がある」と話していた。

結局、監督としてのあり方に正解はない。それぞれ時代によって違う。かつて日本では、スパルタが当たり前だった。取材する側にすれば、「DJ」と気安く呼んで、「おう、何だ?」と返されるほうが気が楽だ。

ただ……。「上甲監督を偲ぶ会」が行われた翌朝、ホテルのレストランで朝食をとっていると、高嶋監督が入ってこられた。聞きたいことがあり、失礼と思いながらも意を決して、「ご一緒して、よろしいでしょうか?」と聞くと、「どうぞ」の返事。

そこでいろいろな話を伺ったが、身の引き締まる思いが、どこか心地良かった。

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