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海外買収「これが日本流」は失敗の原因

山本淳史・みずほ証券アドバイザリーグループ長

 企業のM&A(合併・買収)が空前のブームを迎えている。なぜ今、企業は我先にとM&Aに動くのか。証券会社のアドバイザーや弁護士、公認会計士など、大型案件の裏表を熟知するスペシャリストがM&Aの現場を語る。
山本淳史(やまもと・あつし) 1989年東大経卒、同年日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。本店営業第7部や企業投資情報部を経て、2001年にみずほ証券に入社。M&Aの助言業務を担当するアドバイザリーグループで副グループ長などを経て15年4月からグループ長。50歳。

日本企業の経営者が海外でのM&Aを成功させるためのポイントを、買収時と買収後の2段階に分けて考えてみましょう。まず買収時には「適切な価格設定ができるか」というのが最も重要です。この点は我々のような証券会社のフィナンシャル・アドバイザー(FA)も腕の見せどころです。

プレミアムはシナジーから算出

市場価格を上回る額で企業を買収をする場合のプレミアム(上乗せ価格)は、基本的に買収後の両社の事業にどれくらいシナジー(相乗効果)が生まれるのかということに置き換えられます。シナジーを試算する際には、買収後にビジネスが本当にうまくいくかどうか、各事業ごとにその確率を3段階ぐらいに分けて分析し、金額として数字に落とし込んでいきます。

また、事業ごとではなく要因別に買収後のシナジーを予測していく方法もあります。代表的なのは、互いの顧客にそれぞれの製品・サービスを新たに販売し合うことで生まれる「売上シナジー」や、設備の統廃合や人員の合理化などで発生する「コストシナジー」です。一般的にコストシナジーは予想しやすいですが、売上シナジーは実現できるかどうかの見極めが相対的に難しいと思います。

仕上がりとしては、買収時に市場価格を上回って支払うプレミアムは時価に対して総じて30~50%になるでしょう。

ただ、中には買収効果を算定している時に「社長がとにかく買いたがっているから、値段はいくら高くてもいい」とおっしゃるような企業もあります。いくら経営者が値段に関係なく買いたいと思っていても、株主への説明責任を考えると、買収額はロジカルで外部から見て納得してもらえる金額にしないといけません。外からチェックされるという意味では、買収をサポートする我々のようなFAも経営者と同じ立場ですね。

一般的な手順としては、まずFAの方から買収に値する企業価値の上限と下限を数字としてはじき出し、経営者に「この範囲内でいかがですか」と提案します。とにかく買いたいという経営者ほど上限に近い金額を積んでいきますが、説明できない範囲で買収することはFAがついている限りありえません。

もう1つのポイントは、買収実現後の話です。そこで最も大事なのは「相手企業の経営権や人事権をどこまで握るのがいいのか」というバランス感覚だと思います。

私自身は買収した当初は、ある程度は買収先の企業に経営や人事権の裁量を持たせた方がいいと考えています。買収先企業が海外なのに、いきなり「これが日本流だ」などと言って自分たちの求心力を効かせれば、間違いなく相手に嫌われてその買収は失敗します。

買収当初は現地の既存の経営体制を尊重し、その地域の特性に合わせた経営を進めていくのが基本です。中でも大切なのは優秀な人材のつなぎ留めです。優秀な経営者や会社のコアとなる人材には絶対に残ってもらう必要があります。

ドライな言い方をすれば、最初は「金だけ出す」といった割り切りも必要かもしれません。その際も本社へのリポーティングラインだけはきちんと確立させておくのは忘れてはいけませんけどね。

とはいえ、ずっと現地任せにしておくのも考えものです。買収から5年、6年と何も変えずにそのままにしていたら、買収効果が見込みづらくなっていきます。買収後の「遠心力」と「求心力」のバランスのさじ加減は、正直なかなか難しいところです。

日本企業の経営者がこれから海外買収に動く場合、対象地域は米国とアジアが多くなると考えています。

市場が大きい北米企業の買収は効果が早く出やすい(米スタンコープ・ファイナンシャル・グループの買収について記者会見する明治安田生命の殿岡副社長)

 日本企業の業績は2013年以降、円安傾向などを背景に好調が続いています。手元資金が積み上がっているうえ、成長投資に対する株主からの目線も厳しくなっているので、「大型のM&Aを仕掛けて成長を狙う」という動機づけが企業に働きやすくなっています。海外で市場シェアを大きく取りに行こうとすれば、世界最大の米国市場に自然と視線が向いていきます。経済規模が大きく、収益化にこぎ着けやすいからです。

アジアでは、ベトナムやミャンマー、タイといった東南アジアの企業が特に狙いやすいでしょう。一方で中国は経済成長や景気に関する不安がぬぐい切れないのが難点です。アジアは人口増加に伴って消費が急激に増えているので、例えば食品のような消費者向けの業種では早期の収益化が狙いやすいでしょう。現在手ごろな価格で売りに出ている会社もいくつかあります。

アジアは収益化に時間も

もっとも新興国は市場や法制度がまだ整いきっていません。思わぬ壁にぶつかり、買収してから収益化するまでの期間が長くなる可能性もあります。そう考えると、アジアは米国などと比べると最初は効率が悪いという傾向は否定できません。

南アメリカとなると日本企業からみると地理的な観点から買収先の経営支配が鈍くなりがちです。海外M&Aをする際は、このような地域的な傾向があるということも、最初に確認しておいた方がいいでしょう。

みずほ証券は日系の証券会社なので、日本の企業の顧客基盤は外資系などに比べても利があると感じています。さらに我々にはみずほ銀行やみずほ信託銀行との「銀信証」を通じた顧客基盤もあります。

海外にも米独立系投資銀行のエバコア・パートナーズや米大手銀行のウェルズファーゴ、豪州の独立系投資銀行のグレシャム・パートナーズ、英大手銀行のHSBCなど、協業関係にあるM&Aブティックや銀行が複数あります。1000億円を超えるようなクロスボーダーの大型案件は、彼らと組んで案件を手掛けることも多いです。

(取材・構成、野口和弘)

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