/

エネルギー爆食住宅追放へ 「H25基準」のインパクト

冬に備える家づくり 2015-2016(5)

日経アーキテクチュア

かなり揺らいできたとはいえ、日本は一応「ハイテクの国」。家電機器や自動車の省エネルギー性能は今でも世界トップレベルにある。ところが住宅の省エネは遅れをとり、熱や空気の流れをとどめられないスカスカの壁や窓、エネルギーを浪費する低効率機器が、時に海外では物笑いのタネにすらなっていた。

日本政府も無策だったわけではない。オイルショック直後の1980年(昭和55年)に住宅の省エネルギーの基準を初めて制定。1991年(平成4年)と1999年(平成11年)の2 度にわたってレベルアップを図ってきた。1980年、1991年、1999年の断熱のレベルは、それぞれ「断熱等級2」「断熱等級3」「断熱等級4」と呼ばれる。近年まで使われていた1999年の「断熱等級4」は、「H11基準」とも呼ばれる。

ただし、こうした断熱基準は義務ではなかった。「守りたい人は守ってくださいね」という、任意の推奨にすぎなかった。必須ではない以上、この基準を満たしている住宅は長らく普及しないままだったのも無理はない。

海外の多くの国ではオイルショック以降、省エネ基準がかなり以前から義務化されている。だが、日本はこの義務化がひどく遅れた。エネルギーのほとんどを輸入に頼っているにもかかわらず、好きなだけエネルギーを無駄にする家を建てることができる「不思議の国」だったのである。

エネルギーを規制していなかったH11基準

このH11基準は、任意の基準という以外に、もう1つの弱点があった。実は省エネ基準と言いつつも、H11基準にはエネルギーに関する直接的な規定がなかったのである。

基準が作成された当時は、暖房や給湯の設備がどれだけエネルギーを使うのか、推定する方法が確立していなかった。代わりに建物の壁や窓からの熱ロスを減らす「断熱」、夏に窓から入る日射量を減らす「日射遮蔽」規定を設けることで、暖房や冷房の消費エネルギー量を間接的に減らそうとした。建物の「皮」の性能を規定しているので「外皮基準」と呼ぶ(図1)。

図1  H11基準は住宅の断熱・日射遮蔽を規定した「暖冷房専用」基準。「断熱等級4」と言いつつも、求めていた外皮のレベルは決して高くなく、策定時の1999年に直近で低コストにできる程度を想定していた。おまけに義務基準ではなかったので実効性に乏しかった

H11基準策定においては、その当時にさほど追加コストをかけずに実現できそうなレベルの断熱・日射遮蔽が想定されていた。にもかかわらず、守るかどうかは「任意」なので普及は遅々として進まなかった(図2)。15年前の「外皮だけ基準」すら満たしていない家がザラにある、という「お寒い」状況だったのだ。

図2  H11基準の普及は遅々として進まなかった。現在の全住宅の統計は公開されていないが、おおむね5~6割の適合にとどまっていると推測される(出典:国土交通省資料)

しかし2011年の東日本大震災以降、エネルギー事情が急変するなかで、ついに日本政府も大きく動く。2013年(平成25年)に省エネ基準を大幅に改正したのである。

この通称「H25基準」の目玉は、なんといっても「義務化」にある。大きな建築物から徐々にH25基準を必ずクリアしなければならなくなり、2020年までには住宅を含めて全ての建築物において必須の規制となる。耐震基準と同じく、満たしていなければ確認申請が下りなくなる。「省エネあらずんば建てるべからず」の時代が、ついにやってきたのである。

消費エネルギー量そのものを規制

このH25基準のもう一つのウリは、消費エネルギーの量を「直接」規制していることである。建築におけるエネルギー消費の研究が進んだことで、建物の外皮(外壁や窓など開口部)性能や設備を入力すれば住宅全体のエネルギー消費量を概ね妥当に推定できるプログラムが開発された。このプログラムはインターネットで公開されており、誰でも自由に使うことができる(図3)。

図3 建築研究所が作成した「住宅・住戸の省エネルギー性能の判定プログラム」のウェブサイト。http://house.app.lowenergy.jp/にアクセスすれば、誰でも無料で利用できる。建物性能と設備を入力すれば、どの用途にどれくらいのエネルギーを消費しているかが計算される

自分が建てる家のエネルギー消費量は、「設計1 次エネルギー消費量」として何ギガジュールなのか、小数点1桁まで算出される(図4)。この値が少ないほど省エネ住宅と評価される。別に国が定めた基準1次エネルギー消費量、通称「基準値」を下回ることが求められている。

図4 図3のウェブサイトでは全用途のエネルギー消費が計算され、その合計が表示される。2020年以降、全ての住宅において、H25省エネ基準の「基準値」よりも、1次エネルギー消費量を少なくすることが必須となる

基準がエネルギー消費の直接規制になったこと自体には、多くのメリットがある。先のH11基準は外皮性能を規制することで暖冷房の省エネを狙っていたが、実は日本の家ではもともと暖冷房にかかるエネルギー消費は少ないのである(図5)。

図5 海外は24時間全室暖房が中心なので暖房の消費エネルギーが非常に多いが、給湯や照明・家電は少ない。それに対して、部分間欠暖房で耐え忍んで省エネしてきたのが日本の家。おかげで暖冷房のエネルギーは少ないのだが、湯はよく使うので給湯分はかなり大きい。明るい照明を好み多くの家電製品に囲まれているためか、照明・家電のエネルギー量も多い(資料:住環境計画研究所が各国の統計データに基づき作成。※国名の後のカッコ内は各国のデータ年。アメリカの調理は照明・家具・その他に含まれる。日本は単身世帯を除く2人以上の世帯、日本の調理は暖房給湯以外はガス・LPG分であり、調理用電力は含まない。欧州諸国の冷房データは含まれていない)

建物はスカスカで熱ロスが多いのに不思議な話だが、なにしろ日本人は暖房の仕方がつつましい。欧米のような全室24 時間暖房なんてもってのほか。コタツやストーブで必要な部屋を必要な時だけ暖房する「部分間欠暖房」が一般的なので、意外と暖房のエネルギー消費量は少なく抑えられてきた。建物性能ではなく、"忍耐"で省エネしてきたのが日本人なのである。

1次エネを「爆食」する電気生焚設備

国がつくったプログラムで住宅のエネルギー消費が算出できるようになったことで、住宅の様々な用途の消費エネルギー量をある程度妥当に計算できるようになった。これにより今まで見過ごされてきた給湯や照明が、実はエネルギーを大量に消費している、ということに多くの人が気付くであろう(図6)。

図6 H25基準で評価しているのは「1次」エネルギー。つまり、電気は発電所で燃やした燃料に換算される。貴重な電気をただ熱に変えてしまう電気生焚ヒーターを給湯・暖房に用いてしまうと、設計1次エネの値は文字通り「爆発」する。基準値をクリアすることは実質的に不可能である(資料:「住宅・住戸の省エネルギー性能の判定プログラム」6地域床面積120平方メートルでの計算結果より)

特に、電気という貴重なエネルギーをそのまま熱に変えてしまう「電気生焚(だき)」のヒーター式の給湯や暖房機は、とんでもないエネルギーを"爆食"している、ということが白日の下にさらされた。こうしたヒーター式の給湯・暖房機が入っていれば省エネ基準は到底クリアできず、従って2020年以降、電気生焚の家を建てることは許されなくなる。エネルギー浪費の大物にようやく「永久追放」が宣告されたのである。

H25基準は「15年前の外皮」+「時代遅れの設備」

これまで1次エネルギーを爆食してきた電気生焚機器の永久追放――。これはH25基準義務化の大手柄といえよう。しかしH25基準が高いレベルでの省エネを求めているか、といえばそれはウソになる。

基準のレベルが低いか高いかは、使って良いとされる1次エネルギー消費量、つまり「基準値」が大きいか小さいかで決定される。基準値が大きければ、大した努力もなく楽々クリアできてしまいレベルが下がる。基準値が小さいほど、様々な省エネ努力に努めなければならずハードルが高くなる。よって、この基準値のさじ加減が非常に重要となる。

それではH25基準の基準値はどのように決められたのか。これはなかなかややこしいのだが、建前としては、先の「H11基準の断熱・日射遮蔽を施した外皮性能」に、「2010年ごろに一般的だった機器」を組み合わせた場合とされている。

しかし、H11基準は既に15年以上も前の外皮基準であり、現状ではごく当たり前にできるレベル。設備についても照明には白熱灯が含まれ、給湯も従来型のガス給湯器になっているなど、既に「時代遅れの機器」が多く想定されている。つまりH25 基準の基準値はかなり大きく、レベルは低いことが容易に予想される。

エネルギー効率が多少悪い建物や設備計画であっても、エネルギーを大量に使う給湯機を省エネ型にするなど少しの努力で楽々クリアできる程度のレベルなのである。

なぜ基準値は低レベルなのか

なぜ国は、もっとアグレッシブな(=小さい)基準値を設定しないのだろうか。それは多くの抵抗勢力がいるからにほかならない。なにしろH25基準では、プログラムで予測された設計1次エネルギーの値が、基準値を0.1ギガジュールでも上回れば「即アウト」。建ててはいけないのだから事態は深刻である。いきおい住宅や設備の業者は、自社の商材がセーフなのかアウトなのか、目の色を変えてチェックすることになる。

チェックの結果、自社の商材にアウトが見つかったとなれば一大事。すぐさま「それは困ります」「ご配慮を」と、役所に押しかける構図ができている。役所にしてみれば、こうした苦情にいちいち対応するのは面倒なので、初めから楽々クリアできる低レベルの基準にしておいた方が無難というもの。こうして基準値の数字は膨らんでいき、レベルはズルズルと低め低めに下がっていくことになる。

そもそも「義務」を求めれば、要求するレベルはおのずと低くなるものである。筆者の本業は大学の教員だが、最近はラクをしたい学生が多いのか、必修の授業が多い学科は嫌われる。いきおい、授業のほとんどは選択となる。しかし教員にしてみれば、選択は「自己責任で選んだ」ということなので、遠慮なく不可を出せる。逆に必修は「全員に単位を上げなければならない」プレッシャーがある。マストである義務の方が要求レベルが低くなるのは、自明の理なのである。

H25基準は「ミニマム」

誤解がないように書いておくが、義務化にはもちろん一定の効果がある。"札付きの不良"な住宅や設備を排除する「底上げ効果」は確かに期待できる。しかし全ての住宅が無理なくクリアできるよう、そのレベルは「バカなことをやらなければクリアできる」程度にならざるを得ない。「H25基準を満たしているから省エネはバッチリ」などとは、なりようがないのである。

制度にはそれぞれの目的や効果がある。H25基準は、エネルギー爆食住宅を市場から排除することが当面の使命なのである。過剰な期待は避け、より高い次元の住宅性能の確保に努めるべきである。

前真之(まえ・まさゆき) 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。博士(工学)。1975年生まれ。1998年東京大学工学部建築学科卒業。2003年東京大学大学院博士課程修了、2004年建築研究所などを経て、2004年10月、東京大学大学院工学系研究科客員助教授に就任。2008年から現職。空調・通風・給湯・自然光利用など幅広く研究テーマとし、真のエコハウスの姿を追い求めている。

(書籍『エコハウスのウソ[増補改訂版]』の記事を再構成)

[参考]「エコハウス」と聞いて思い浮かべる住宅のデザインや暮らし方の多くが、真の省エネにはつながっていない。東京大学で省エネ住宅を研究する気鋭の研究者が、実証データやシミュレーション結果をもとに、一般ユーザーや住宅関係者が信じて疑わない"エコハウスの誤解"をバサバサと切っていく。初版発行後に明らかになった新たな知見や、2020年の「省エネ基準義務化」などについて大幅に加筆した。

エコハウスのウソ[増補改訂版]

著者:前 真之
出版:日経BP社
価格:2,484円(税込み)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン