2018年12月13日(木)

「煙害」がいぶし出す多国籍問題
編集委員 太田泰彦

2015/11/29 6:30
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人々は煙の中でぶつぶつと不平不満を言う。けれども煙の外側でいったい何が起きているのかは正確には知らない。知ろうともしない。真犯人は誰なのか。どんな対策が講じられているのか……。謎だらけのヘイズ(煙害)騒動が毎年のように起きるが、やがて時期が過ぎれば煙とともに不満も消え、問題そのものが忘れられていく。日本ではなじみが薄いが、私が住むシンガポールで毎年、繰り返されてきた恒例行事だ。

今年はかなり様子が違っていた。8月末から激しくなった煙害は11月に入っても収まる気配がない。ひどい時には視界は20メートル程となり、目の前の高層ビルを見上げても最上階が見えなかった。私も喉や目をやられた。シンガポール、マレーシアで学校が次々と閉鎖になり、インドネシア発着の航空機の欠航は9月だけで約500便に及んだ。人々の怒りは収まらない。

インドネシアの大気汚染

インドネシアの大気汚染

誰のせいなのか。大量の煙が発生する直接の原因は、インドネシアのスマトラ島やカリマンタン島の「野焼き」だ。油ヤシやパルプ材用の農地を開墾するために、人の手で森林に火災を起こす原始的な「焼き畑式農業」である。同国の農民は貧しいため、煙害の被害を受ける側のシンガポールやマレーシアも、いわばインドネシアを「大目に見る」形で、低コストの農法が黙認されてきた。

だが、今年は少し離れたタイやフィリピンにまで国民の健康被害が拡大するに及び、東南アジア各国の政府は、ようやくヘイズ対策に重い腰を上げたように見える。その結果、煙の中からぼんやりと見えてきたこの問題の本質がある。

スマトラ島パレンバン郊外の消火活動

スマトラ島パレンバン郊外の消火活動

今年、煙がなかなか消えなかった理由はこうだ。熱帯雨林気候の東南アジアは本来なら雨期のはずなのに、例年なら火を消し、煙を洗い流してくれる雨がほとんど降らないのだ。降雨量の減少は、どうやらエルニーニョ現象という地球規模の異常気象が原因らしい。太平洋全体の中で南米チリ沖の海水温度が上がり、東南アジア側の温度は下がる。これに伴い、雨が降る地域も東南アジアから南米にシフトしたからだ。

国連の世界気象機関(WMO)は11月末、2015年の世界の平均気温が産業革命以前の時代と比べてセ氏1度高い過去最高を記録するとの見通しを示した。過去最大規模とされるエルニーニョ現象がその一因だという。

さらに、ヘイズはインドネシア一国の農業技術の問題にとどまらないことも分かってきた。実際の「野焼き」の作業をしているのはインドネシアの地方の零細業者だが、その上には発注元の大企業がいるからだ。現時点で40社以上の企業の関与が指摘されているが、その中には同国の企業だけではなく、シンガポールやマレーシアの企業が含まれている。

敵は本能寺にあり。自分たちは被害者であり、悪いのは未開のインドネシアだと信じ込んでいたシンガポール市民の中には、真犯人が自分の国の大企業かもしれないと知ってショックを受ける人もいた。「シンガポールの企業が関与しているから、これまでシンガポール政府はインドネシアに対して弱腰外交だったのか……」。そんな声も漏れ聞こえた。

ヘイズ問題は、一国の取り組みでは足りず、多国間の政策協調がなければ解決できない課題を東南アジア諸国に突きつけた。環境規制、投融資の倫理規定の共通化などは、今年末に東南アジア諸国連合(ASEAN)の経済共同体(AEC)が発足して直ちに取り組むべきテーマだろう。そして問題の根底にあるのは、貧しいインドネシア農民と豊かなシンガポール金融界が象徴する、域内の経済格差に他ならない。

 「私が見た『未来世紀ジパング』」はテレビ東京系列で毎週月曜夜10時から放送する「日経スペシャル 未来世紀ジパング~沸騰現場の経済学~」(http://www.tv-tokyo.co.jp/zipangu/)と連動し、日本のこれからを左右する世界の動きを番組コメンテーターの目で伝えます。筆者が登場する「世界で激増する異常気象」は11月30日放送の予定です。今回で電子版での掲載は終了いたします。

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