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「採暖」の落とし穴 体に優しい快適暖房の条件

冬に備える家づくり2015-2016(1)

日経アーキテクチュア
「冬にストーブで体を温める」という考え方は、暖房の手段として必ずしも正しくない──。そう公言する専門家が、東京大学准教授の前真之氏。住宅の省エネルギー性能を客観的に調査・分析している気鋭の科学者だ。前氏が上梓した書籍「エコハウスのウソ 増補改訂版」では暖房・冷房や断熱に関するさまざまな世間の誤解を正している。目からウロコの暖房論に耳を傾けてみよう。

建物のプランや外皮(外壁や窓など開口部)をきちんと設計することで、冬の暖房にかかるエネルギーを大幅に減らし、快適な室内環境をつくることができる。しかし現実的に可能な断熱では、なかなか「無暖房」というわけにはいかない。やはり暖房器具の助けが必要である。ここでは、そもそも、暖房とは何なのかを考えてみよう。

暖房は人体を加熱するにあらず

夏の冷房時はもちろんのこと、冬の暖房時においても「人体は常に熱を放出している」という事実を思い出しておこう(図1)。体の熱収支がプラスになるほど体を温めては、人間はオーバーヒートして死んでしまう。体からの対流や放射による放熱量が過大にならないよう、適度に空気や放射温度を整えるのが暖房の役割なのだ。

図1 人体は夏も冬も代謝熱分を放熱する必要がある。室内で安静にしている時の主な放熱手段は、周辺空気への「対流」と、周辺壁への「放射」になる

「暖房は体を加熱することではない」と聞くと、何かおかしく感じるかもしれない。炎や電気ヒーターに手をかざせば、明らかに手が温まる。体が加熱されているとしか思えない。

この現象の正しい解釈は、「体の一部は加熱されていても、体全体としては熱を放出している」ということ。火に当たっている「オモテ面」は、確かに加熱されている。一方で火に当たらない「ウラ面」は、空気への対流・壁への放射により冷却されているのだ。結局、人体の代謝による放熱量にオモテ面の加熱量が加算され、ウラ面からまとめて放出されていることになる(図2)。

図2 日本は室内でも生火をたいていたため、発生煙を排出するために室内空気温度を上げることが不可能で、高温の放射による「採暖」に頼らざるを得なかった。熱と煙を分離できず、体の片面を極端に加熱せざるをえない不完全な方式である(左上)。韓国では、屋外でたいた煙を室内床に導くオンドルを発明することで、室内に煙を入れずに熱だけを入れる煙と熱の分離を実現した。放射環境と空気環境を穏やかに整える、まさに「暖房」といえる健康で快適な方式である(右上)

片側だけ加熱の「採暖」は不快で危険

こうした「体の一部を加熱する」やり方は暖を採るということで「採暖」と呼ばれ、暖房とは明確に区別されている。日本では韓国のオンドルのような本格的な暖房が発展せず、囲炉裏や火鉢といった採暖で冬をしのいできた経緯がある。現在でも根強く残っているストーブや電気ヒーターは、こうした採暖のなごりかもしれない。

「伝統結構。採暖でいいではないか」と思うかもしれないが、この人体のオモテ面とウラ面で熱を移動させているのは血液。血液が体中を循環するうちに表面で加熱され、ウラ面で冷却されるのだ。こんなエンジンの「液冷却」のようなことをやらせていれば、血管や心臓に大きな負担になりそうなことは容易に想像がつく。

採暖は少しの時間であれば問題ないが、長時間となれば不快になり健康面でのマイナスも大きい。冬場に体全体を均等に穏やかに放熱させるには、やはり空気と壁を適当な温度に保つ暖房が必要となるのである。

究極の快適暖房は「コメの空間」

それでは、「究極の快適暖房」とはどのようなものなのか。これは採暖の正反対。つまり、体の全体から放射と対流によりバランス良く放熱が行われる空間をつくることである。

こう書くと、ずいぶんと"つまらない"空間のように思われるかもしれないが、実際その通り。確かに寒い外から帰ってきた時、たき火で採暖することは一瞬の快感をもたらしてくれる。しかし、そうした快感は長時間続かないのだ。

こうした採暖は、食べ物ならば肉や魚に例えることができる。おかずにして時たま食べる分にはおいしく、快感をもたらしてくれる。しかし、いくら良い肉や魚であっても、毎日食べれば飽きてくる。快感は変化によって呼び起こされるがすぐに消えてしまい、持続するものではないのである。それに、快感を呼び起こすための過剰な変化は時に健康を損ないかねないのだ。

日本人にとって、究極の食べものとはおそらく「コメ」。毎日食べても食べ飽きず、栄養バランスの取れた主食。このバランスこそがまさしく究極なのだ。温熱感の評価においては、「快適」とは「不快でない」ことなのだ。「究極の快適暖房」とは毎日長時間いても不快に感じず体に負担とならない、「コメのような」空間をつくるものなのである。

図3 日本の住宅はいまだに断熱気密が軽視され、そこに開放型燃焼の暖房機器の排ガスによる採暖がまだまだ残っている(左上)。エアコンを低断熱・低気密の家に入れても温度ムラが極端に大きく快適とはならない(右上)。高断熱・高気密を徹底することで、冬の暖房時(左下)も夏の冷房時(右下)でも、体全体から穏やかに放熱できる快適な温熱環境をつくり出すことができる。ようやく日本にもちゃんとした「暖房」「冷房」が登場したのだ

こうした究極の快適暖房をつくることは容易ではない(図3)。その実現のためには、暖房設備だけではなく、建物の外皮性能をセットで考えることが不可欠。高断熱・高気密による暖房負荷低減と空気・放射両方の環境改善、そこに必要最低温の暖房設備が組み合わさった時、究極の暖房が実現のものとなるのだ。

前真之(まえ・まさゆき) 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。博士(工学)。1975年生まれ。1998年東京大学工学部建築学科卒業。2003年東京大学大学院博士課程修了、2004年建築研究所などを経て、2004年10月、東京大学大学院工学系研究科客員助教授に就任。2008年から現職。空調・通風・給湯・自然光利用など幅広く研究テーマとし、真のエコハウスの姿を追い求めている。

(書籍『エコハウスのウソ[増補改訂版]』の記事を再構成)

[参考]「エコハウス」と聞いて思い浮かべる住宅のデザインや暮らし方の多くが、真の省エネにはつながっていない。東京大学で省エネ住宅を研究する気鋭の研究者が、実証データやシミュレーション結果をもとに、一般ユーザーや住宅関係者が信じて疑わない"エコハウスの誤解"をバサバサと切っていく。初版発行後に明らかになった新たな知見や、2020年の「省エネ基準義務化」などについて大幅に加筆した。

エコハウスのウソ[増補改訂版]

著者:前 真之
出版:日経BP社
価格:2,484円(税込み)

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