/

証拠不足の「偽装=傾斜」 情報開示から始まる問題解決

杭騒動 語られない真相(上)

日経アーキテクチュア
「傾斜マンション問題」が全国に飛び火している。横浜市内のマンションで、旭化成建材による杭工事のデータ改ざんが発覚してから、「杭騒動」は過熱する一方だ。今回の件が、建設業界のあしき体質を露呈させたのは間違いない。しかし、実はデータ改ざんとマンション傾斜の因果関係は明らかになっていない。乏しい判断材料で議論するあまり、本質を見誤っているとの専門家の意見もある。まずは詳細なデータを公表したうえで、問題解決に向けた冷静な議論を重ねることが必要だ。
図1 杭工事のデータ改ざんが明らかになった横浜市のマンション

「建物が傾斜したとか、沈下したと説明したことは一度もない」

横浜市内の分譲マンション(図1)で明らかになった杭工事のデータ改ざん問題について、新聞やテレビなどの報道に対応している横浜市建築指導部建築安全課の担当者は、こう言い切る(図2)。

「販売主の三井不動産レジデンシャルからは、外壁のタイル目地が最大で2.4cmずれている、との報告を受けている。傾いているとは言っていない」とも言う。「傾斜マンション」などと報道されていることに、苦り切った様子だ。

図2 10月14日の新聞報道を機に、杭問題に関する取材が横浜市に相次いだ。しかし横浜市建築安全課の担当者は、「傾斜したとか、沈下したなどと説明したことはない」と話す(写真:日経アーキテクチュア)

実は今回の件に関する報道を前に、「本当に傾斜しているのか」と疑問を呈する杭や地盤の専門家は多い。「杭未達や建物の傾斜を判断するには、あまりに材料が少なすぎる」と声をそろえる。

タイル目地に最大2.4cmずれ

今回問題になっているのは、三井不動産レジデンシャルが2006年に販売した分譲マンションだ。事業主は三井不動産と明豊エンタープライズで、設計・施工は三井住友建設。鉄筋コンクリート造の地上12階建てで、住戸数は705戸と大規模だ。杭工事は二次下請けの旭化成建材が担当していた。

データ改ざんの発覚は、住民が2014年9月ごろ、マンション内の渡り廊下の手すりがずれていることに気付いたことがきっかけだった(図3)。

連絡を受けた三井不動産レジデンシャルが三井住友建設とともに2015年2月、外壁の傾斜測定などの簡易検査を実施したところ、外壁のタイル目地が最大でマイナス2.4cmずれていることが分かった。三井住友建設はこれを、建物の沈下と判断した。

図3 2014年9月ごろに見つかったとされる渡り廊下の手すりのずれ。住民がこのずれを、販売主の三井不動産レジデンシャルに連絡したことをきっかけに、杭工事データの改ざんが発覚した (写真:横浜市)

その後、旭化成建材に杭工事の施工報告書を提出させて判明したのが、杭工事の際に測定した支持層の位置を示すデータの改ざんだ。手すりやタイル目地のずれが見つかった棟の杭52本のうち10本で、他の杭を打つ際に測定したデータに差し替えられたり、加筆されたりしていた。

三井不動産レジデンシャルは9月15日、「データが改ざんされた10本のうち6本が支持層に到達しておらず、根入れ不足の杭も2本あった」と横浜市に報告した。

結論づけるには「データ不足」

10月14日、これらの事実が新聞やテレビで報道されると、「傾斜マンション」として全国に知れ渡った。

過熱する報道に対して、冷静な判断を求める声が、複数の専門家から上がっている。「偽装=傾斜」とは限らないというのだ(図4)。

図4 杭や地盤の専門家が指摘する疑問。西側の1棟が傾斜していると判断するには、材料が足りないと指摘する専門家は少なくない (資料:取材をもとに日経アーキテクチュアが作成)

杭工事問題の再発防止策を検討する、国土交通省の「基礎ぐい工事問題に関する対策委員会」の深尾精一委員長(首都大学東京名誉教授)もその一人だ。11月4日に開かれた第1回の会合では「杭が未達かはまだ明らかになっていない」と発言。データ改ざんと建物傾斜の因果関係が不明確だという見解を示した。

地盤工学や建築基礎を専門とする東海大学工学部建築学科の藤井衛教授は、「建物で構造クラックが見つかったのかも明らかではなく、手すりやタイル目地のずれだけでは傾斜の根拠とするには不十分だ」と性急な判断を戒める。手すりは、大地震の揺れや温度変化の影響で変形することがある。2cm程度の施工誤差や、材料のたわみによるクリープ変形は起こり得る。

藤井教授は、「支持層の深度や杭長に関するデータも公表されていないので、支持層未達との結論に達するにはデータ不足だ」と続ける。

瑕疵の可能性がある傾斜に該当せず

「仮に傾斜していたとしても、建物の安全性を損ねるレベルとは言い切れない」という見方もある。

傾斜したといわれている同マンションの1棟は、長手方向に54m程度の長さがある。三井不動産レジデンシャルが横浜市に説明したタイル目地の2.4cmのずれを沈下と仮定した場合、傾きは「1000分の0.4」だ。

しかしこの傾きは、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(品確法)による「住宅紛争処理の参考となるべき技術的基準」(2000年建設省告示 第1653号)が、瑕疵の可能性が一定程度あるとする1000分の3以上の傾斜に該当しない(図5)。

図5 傾斜は計算上、1000分の0.4。この傾きは品確法上、損害賠償の対象とされる瑕疵には該当しない(資料:国土交通省)

本当に支持層未達か

建物の基礎や構造の鑑定・調査を行うパイルフォーラム(東京・中央)の林隆浩取締役は、「現場代理人が電流値を改ざんしたからといって、杭が支持層に到達していないとは限らない」と指摘する。支持層の位置は、電流値だけで判断しているわけではないからだ。

旭化成建材によれば、同マンションの杭工事では、杭を埋め込む穴を掘削する際、掘削オーガーのモーターの電流値をもとに、支持層の位置(深度)を測定していた。この電流値のデータを記録できなかったときなどに、現場代理人が他の杭のデータを流用したとされる。

データの流用自体は不正行為で、許されることではない。しかし、杭工事では支持層位置の判断のために、掘削穴の下端部から採取した土質を調べたり、ボーリング調査結果から推定される等深線と掘削長さが合致しているか確認したりもする。

そのほか現場の技術者や杭打ち機のオペレーターらが、オーガーの掘削状況や揺れ、音などの変化を観察し、電流値などと合わせて総合的に判断する。つまりオーガーのモーターの電流値は、支持層の位置を判断する一要素にすぎない。

それにもかかわらず、なぜ電流値の改ざんだけがクローズアップされるのか。他のデータはどうなっているのか――。開示されているデータが少なすぎて、専門家ですら正確な判断ができない状況だ。

まずは電流値などのデータ改ざんと、建物の傾斜とを分けて考える必要がある。データ改ざんの背景には、杭工事の管理体制にまつわる構造的な問題がある。軟弱地盤に対する杭工事で、不適切な工法を選択した可能性を指摘する声も上がっている。

設計・施工を手掛けた三井住友建設は、杭長や支持層の深度、ボーリング調査データと現況調査の比較、上部躯体の状況といった詳細な情報を公開すべきだ。問題解決は、そこから始まる。

(日経アーキテクチュア 高市清治)

[日経アーキテクチュア2015年11月25日号の記事を再構成]

[参考]日経アーキテクチュア最新号の2015年11月25日号では、特別リポート「杭騒動『語られない真相』」のほか、特集「採用したい建材・設備 メーカー ランキング2015」などを掲載。詳細は、http://ec.nikkeibp.co.jp/item/backno/NA1060.html

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン