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激しさの裏に緻密な戦略 車いすバスケ、見る者を魅了

 10月10~17日の8日間、千葉ポートアリーナ(千葉市)で、車いすバスケットボールのアジア・オセアニア地区のチャンピオンを決めると同時に、2016年に開催されるリオデジャネイロ・パラリンピックへの出場権を懸けた、「2015 IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉」が開催された。一般にはまだあまり馴染みのない車いすバスケだが、今大会は見る者を熱狂させた。このスポーツの魅力、そして抱える課題とは何か。

ある男性は「想像以上の激しさがあってビックリした」と驚嘆した。ある女性は「何であんなに速く動けるんだろう。アスリートとして純粋にかっこよかった」と感嘆した――これは、「車いすバスケットボール」の試合を初めて見た人々の感想だ。

車いすバスケは、いわゆる「障がい者スポーツ」の競技の一つだ。障がい者スポーツというと、どうしても「リハビリ」「レクリエーション」というキーワードが連想され、「激しさ」「スピード」というイメージは涌きにくい。「障がいを持つかわいそうな人々が行うスポーツ」という目でみられてしまうことすらある。しかし、実際に生で観戦した人々から漏れるのは、そうした感想ではない。

IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉で初めて車いすバスケを目にしたひとりで、ソウル五輪の金メダリスト、スポーツ庁初代長官の鈴木大地氏も「激しくてアグレッシブで、恐れずに相手にぶつかっていく。選手たちはアスリートであって、ファイトあふれるプレーには感銘を受けました。通常『障がい者スポーツ』というと、こういった激しいイメージは抱かないので、別の呼び方を考えていきたいと思う」と、競技を見た感想を語った。

試合会場には車いす同士がぶつかり合う音が響き、コートとタイヤの摩擦によってゴムの焦げる匂いがしてくる。車いすを操る選手たちの腕はプロレスラーのように太く、間近で見ると圧倒される。このスポーツは、「可哀想」という感情どころか、その激しさと闘志から、見る人に興奮と、アスリートに対する尊敬の念を与えるスポーツといえる。

もう一つの魅力、「戦略性」を演出する独自のルール

パラリンピック競技の中でも花形といわれる車いすバスケ。では、具体的なルールはどのようなものなのか。

日本人の多くは、細かいところまでは分からなくとも、一般のバスケットボールのおおまかなルールはご存じだろう。車いすバスケのルールも、車いすを使用すること以外はほとんど同じである。コートの広さ、ボールの大きさ、ゴールの高さも、もちろん同様だ。座ったままスリーポイントシュートを決めることもまれではない。ただし、一般のバスケとは異なる特徴が一つある。それは、選手にクラス分けが存在することだ。

選手たちには、障がいに応じて持ち点が設定されている。障がいが重い選手から順に1.0~4.5点までのクラスがある。そして、コート内でプレーする5人の持ち点の合計を14.0点以内にしなくてはならない。このルールがあることで、障がいのレベルが偏らず、公平な条件でゲームが展開されることになる。

同時にこの持ち点制は、車いすバスケのもう一つの魅力である「戦略性」を演出する要素となる。障がいが軽い選手の方が身体の動かせる部分も多く、得点能力は高くなってくる。当然、相手はそうした選手を厳しくマークするわけだから、そこで障がいの重い選手がどれだけの働きを見せられるかが、勝敗のカギを握ってくるのだ。

車いすバスケを題材とした大人気漫画『リアル』の著者である井上雄彦氏は、こう語る。

「チームにはさまざまな障がいがある選手がいて、それぞれがそれぞれの役割を持ち、一つのチームを構成している。動かせる部分が限られるなかで、チームのためにどんなことをしているのか、どんな犠牲を払って戦っているのか。そういったものは健常者のスポーツでもありますが、車いすバスケは、『チームプレー』という点がよりハッキリと見えてくる。そこが面白いところだと思います」

車いすバスケの男子日本代表の及川晋平ヘッドコーチは、車いすバスケの魅力をこう語る。

「選手たちの一生懸命な姿はヘッドコーチの僕が見ても感動できるぐらいのものなので、そうしたところは初めての方にも見てもらいたい。それに、非常に緻密に戦略を練ってゲームを展開しているので、バスケットボールを知っている方は、そこも楽しめると思います」

奮起のために必要な「時間」

大会最終日には50社120人の報道陣が訪れ、この日の試合の様子は当日のニュースでも大きく報道された。この日は3666人の観客が訪れ、会場には大きな日本コールが巻き起こった。

その歓声に後押しされた男子チームは3位決定戦で韓国を破り、見事リオデジャネイロ・パラリンピックへの切符を手にすることに成功。リオでは、男子の過去最高成績である7位以上、そして初のメダル獲得を目標として戦うことになる。この目標を達成することは、20年の東京パラリンピックに向けても大きな意義を持ってくる。

しかし、車いすバスケには課題もある。その一つが、競技環境の問題だ。

残念ながら出場権を逃した女子日本代表の橘香織ヘッドコーチは、大会の敗因、そして今後チームの強化のために必要なものとして「時間」を挙げた。

「私たちの成長を超えるスピードで他国が成長していることを感じた大会でした。日本の選手やスタッフは、時間やお金、価値観といった自分たちの持てるものすべてを捧げてくれたと思っていますが、それでも私たちには『バスケットボールに費やす時間』が足りていない。今後さらに成長していくためには、選手たちが安心してバスケットボールに打ち込む時間を確保するための取り組みをしていかなくてはならないと思っています」

日本障がい者スポーツ協会でも、この点を課題として捉えており、20年に「日本代表選手の80%以上が企業などからのアスリート支援」、30年には「日本代表選手の100%が企業などからのアスリート支援」を受けることを目標として掲げている。ここにきて、実際に支援に動き出している企業もある。

例えば、今大会を特別協賛として支援した三菱電機は、13年末に「2020プロジェクト」を立ち上げ、障がい者スポーツの普及振興や、日本車いすバスケットボール連盟の公式スポンサーなどを務めている。大会に協賛したサントリーでは、14年から「チャレンジド・スポーツ支援」というプロジェクトを立ち上げ、車いすバスケやほかの障がい者スポーツの選手に奨励金を出し、強化育成をサポートしている。

開催まで既に5年を切った東京パラリンピックに向けて、車いすバスケ、そして障がい者スポーツがどのように発展を遂げていくか。この動きを注視していくことは、スポーツ界にとってだけではなく、産業界にとっても大きな意義を持つだろう。

(ライター 久我智也)

[スポーツイノベーターズOnline 2015年11月13日付]

[参考]日経BP社は2015年12月4日、スポーツビジネスの革新をテーマにしたイベント「Sports Innovation Summit 2015」を開催する。スポーツ庁長官の鈴木大地氏、アシックス社長の尾山基氏、柔道家・野村忠宏氏、サッカー元日本代表・高原直泰氏など著名人が多数登壇し、経営とテクノロジーを切り口に、スポーツビジネスの新潮流や持続的な成長に向けた課題などを議論する。詳細は、http://techon.nikkeibp.co.jp/sport/summit/

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