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「聖地」で車いすマラソン 白熱のリオ代表争い

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2015/11/16 6:30
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サッカーで「聖地」といえば、取り壊された旧国立競技場(東京・新宿)が思い浮かぶ。埼玉スタジアム2002(さいたま市)ができるまでは、木村和司のFKがゴールに突き刺さった日韓戦(1985年)など、日本代表がワールドカップ(W杯)予選で数々の名勝負を繰り広げてきた舞台で、その称号に異を唱える人は少ないだろう。

ラグビーなら西の花園ラグビー場(東大阪市)か、東の秩父宮ラグビー場(東京・港)かで迷うところだが、軍配は東にあがるか。日本代表が71年にイングランド相手に3-6と大接戦を演じた試合、89年にスコットランドを28-24で破り、初めて主要8カ国から勝利を挙げた試合など、記憶に残る熱戦がここであった。

大分市の商店街のアーケードをパレードする車いすマラソンの選手たち

大分市の商店街のアーケードをパレードする車いすマラソンの選手たち

今年で35回目、のべ1万人が参加

では、障害者スポーツで「聖地」と呼べるところはあるのか? 11月8日、来年のリオデジャネイロ・パラリンピックの代表選考レースとなった国際車いすマラソン大会が開かれた大分市は、間違いなく「聖地」といえる場所だろう。

大会が始まったのは81年。日本の「障害者スポーツの父」といわれる故・中村裕博士が、国際障害者年の記念行事として、大分県庁などに働きかけて第1回大会が実現した。

国立別府病院整形外科科長だった中村博士は60年に英国に留学、パラリンピックの源流となった脊髄損傷者によるスポーツ大会を開いていたストーク・マンデビル病院で学び、障害者スポーツの重要性に気づく。帰国後、64年の東京パラリンピック開催に奔走して自ら日本選手団団長に就任。75年にはアジアや南太平洋諸国の障害者スポーツの祭典「フェスピック(現アジアパラ競技大会)」を創設し、続いて地元大分で手掛けたのが大分国際車いすマラソン大会だ。

障害者に働く場を提供する社会福祉法人「太陽の家」も設立した中村博士の功績については稿を改めたいが、第1回大会は14カ国から117人が参加し、ハーフマラソンを走った。第3回大会からフルマラソンの大会となり、35回目の今年は19カ国から283人がエントリーした。30年以上の歴史をもつ車いすマラソン専用の大会は世界でもここだけで、昨年までの参加者はのべ1万人以上にのぼる。

沿道の地域住民もコース清掃協力

7日にあった開会式からしてユニークだった。競技場や体育館で行うのが一般的だが、会場は大分駅前の中心商店街にある広場だった。多くの買い物客が集まる中で選手宣誓があり、その後選手たちは車いすに乗ってアーケード内をパレードする。それが終わると、広場に即席記者会見場がしつらえられて、報道陣と有力選手が一問一答。例年の恒例行事だというから、大分市民は間違いなく、日本で一番、パラ(障害者)アスリートに接する機会が多いと思う。

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