/

日々実践 メンタル向上術 ラグビー五郎丸のキック、ルーティンのメンタル効果

東海大学体育学部教授 高妻容一

今回は、メディアをにぎわしたラグビーのワールドカップ(W杯)と日本代表について私なりの解説をしたいと思います。

第1戦の南アフリカに勝利した日本代表のニュースは、メディアによって五輪やサッカーW杯並みに扱われ、にわかラグビーファンまで巻き込み大きな波となりました。ラグビーという競技は番狂わせが少ないといわれます。そのためもあってか、実力的には格上の南アに勝ったという「番狂わせ劇」として多く取り上げられたように感じました。ただ各メディアがこの話題を取り上げれば取り上げるほど、はたしてこの勝利は本当に番狂わせだったのかと思った人もいたのではないでしょうか。

W杯で南アフリカに勝利し、スタンドの声援に応える日本代表フィフティーン=共同

W杯で南アフリカに勝利し、スタンドの声援に応える日本代表フィフティーン=共同

リーダーたちのメンタル強化を重視

あるテレビ番組では日本代表の強化合宿でのトレーニングの様子が報告され、エディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)の考え方やその強化方法が紹介されていました。五郎丸歩選手に関しての報道では、キックの精度や成功率を上げるための毎日のトレーニングや練習日誌を活用したデータベース作り、そのデータを基にキックの成功率を高めるための「プリ・パフォーマンス・ルーティン(キックする前の行動、身体的な動きを一定のパターンにすること)」を確立したことなどが取り上げられていました。ほかにも各選手の特集が組まれ、この勝利の裏側を伝えていました。

その後、日本は1次リーグ3勝という歴史的な成果を上げました。にもかかわらず決勝トーナメント進出を逃す悲劇的な結末となり、悔しさを募らせる選手たちがさかんに取り上げられました。

戦いが終わっても、このように日本が強くなった要因や舞台裏をメディアがこぞって分析していました。そして、そこから見えてきた事実は、日本代表がここまでの約4年間、強化合宿でかつてないほどの厳しいトレーニングを積んできたこと、ジョーンズHCが多くの強化策を実施してきたことなどでした。例えば、背中に100キロのバーベルを乗せて体幹のトレーニングをしたり、ボクシングなどを取り入れたりして、フィジカル面を強化している映像などがありました。

エディージャパンはHCの要請もあり、あるスポーツ心理学者がメンタル面強化に関わっていました。代表チームのリーダーたちを中心に、リーダーとしてのメンタル面の強化を行っていたようです。ジョーンズHCはリーダーたちの強化が重要だと考えていたようで、リーダーシップなども含めた指導や心理的サポートがなされたようです。

選手自ら「勝ちたい」との気持ちに

重視されたのは、リーダー中心に自分たちでやるという自主性やモチベーション、コミュニケーションやチームワークなどだったと考えられます。今までW杯という舞台での勝利がほとんどなかったため、「どうせ勝てないだろう」「勝てない日本代表にどんな価値があるのか」「またみじめな敗北感を味わうだけの日本代表に魅力を感じない」などと思っていた選手もいたかもしれません。そこにジョーンズHCは疑問を感じ、自信を持たせたい、勝てるんだという気持ちを植え付けたいと考えたことは想像がつきます。気持ち・メンタル面における強化の必要性を最も感じていたのかもしれません。

ジョーンズHC(右)はスポーツ心理学者によるリーチ・マイケル(左)らリーダーたちのメンタル強化が重要と考えていた=共同

ジョーンズHC(右)はスポーツ心理学者によるリーチ・マイケル(左)らリーダーたちのメンタル強化が重要と考えていた=共同

このようなあきらめ感(負け犬根性)を持ったチームが、ラグビーだけでなく多くの競技で見うけられます。「どうせ俺たちは勝てないんだ」といったあきらめ感が続くと、一種の「イップス」や「パフォーマンス恐怖症」になったり、「ジンクス」にとらわれる状況に陥ったりして、心理的な呪縛によって勝てる試合も勝てなくなることが多々あります。

それを乗り越えるには、心理面の強化と同時に心技体のバランスの取れた強化、ハードワーク、そして選手の自主性やモチベーションの向上・強化が必要になります。自分たちから「変わりたい」「勝ちたい」「トップになりたい」といった気持ちにさせ、そのためには何をどうすべきかのプランを作り、実行する方向へ選手やチームを導く必要があります。そこでは、メンタルトレーニングの資格(スポーツメンタルトレーニング指導士=日本スポーツ心理学会認定資格)を持った専門家による心理的サポートが貢献すると考えます。

またあるテレビ報道では、五郎丸選手がプリ・パフォーマンス・ルーティンを作り上げる過程で、スポーツ心理学者がサポートしている映像が流れていました。このように今回のラグビーW杯では、スポーツ心理学を背景としたメンタル面強化という今までメディアではなかなか取り上げられなかった部分が、かなり報告されていました。

五郎丸、まず練習の積み重ねありき

五郎丸選手のキック前のルーティンは広く知れわたり、子供から大人までこの独特のポーズのまねをしていたようです。しかし実際は、同選手がキック練習を毎日積み重ねたことが重要だったのです。その上で、このプリ・パフォーマンス・ルーティンを付け加えることにより、技術的な練習の成果をコンスタントに出せるようになりました。実力発揮のテクニックとしてこのプリ・パフォーマンス・ルーティンが大きく貢献したということを理解してほしいと思います。

メディアによると、ジョーンズHCからキックの成功率を85%以上にしてほしいという要望があったそうです。スポーツ心理学者からは、このプリ・パフォーマンス・ルーティンこそが実力発揮やキックの成功率・精度を上げるひとつの心理的テクニックだと紹介されたのではないかと思います。

大きな大会や試合になるほど大事な場面でのプレッシャーが増し、心身の緊張が高まることは多くの方々が理解していると思います。プリ・パフォーマンス・ルーティンでキック前の行動をパターン化することで、ひとつのリズムが生まれます。そうすると呼吸も心理状態も安定するので、平常心を保ち、いつもどおりのキックができることにつながります。またプリ・パフォーマンス・ルーティンは、その手順やパターンを実行する過程で呼吸やリズムに意識を集中するので、頭の中に浮かんでくる邪念・マイナス思考など集中を邪魔するものを横に置くこともできます。

五郎丸はプリ・パフォーマンス・ルーティンを用いてキックの精度を高めた=共同

五郎丸はプリ・パフォーマンス・ルーティンを用いてキックの精度を高めた=共同

五郎丸選手はプリ・パフォーマンス・ルーティンを用いてキックの精度を高める努力をしていたようです。ルーティンを意識することで、無心・集中・自信・余裕などプラス思考でキックができる状態をつくり出していたのでしょう。

ルーティンの効果上げる練習も必要

一方、キックの場面など試合の大事なところで不安・心配・迷いなどのマイナス思考が生まれると、呼吸が早く短くなり(乱れて)、心臓がドキドキして心拍数が高まります。すると筋肉の動きに微妙な変化を及ぼし、いつもできることができなくなり、ミスが起こると考えられます。プリ・パフォーマンス・ルーティンを行えばそこに意識を集中し、行動を安定させ、同時に呼吸も落ち着かせられます。気持ちを平常に保てれば、いつもどおりのキックができる、つまり実力発揮が可能になるというわけです。

ただし、このプリ・パフォーマンス・ルーティンは試合の大事な場面だけでやってみても効果が低いのです。それどころか逆に、おかしなプレーを招くことにもなります。試合で効果を発揮するには、毎日の「トレーニング(繰り返しの練習)」が必要なのです。身体(キック)練習とプリ・パフォーマンス・ルーティンを効果的にするためのトレーニングが五郎丸選手の成功の秘訣だということを、ぜひ理解してほしいと思います。

五郎丸選手のプリ・パフォーマンス・ルーティンは、多くのメディアで下記のように紹介されているようです。このようなルーティンが完成するまでには、多くの試行錯誤と積み重ねの努力・練習があったことを知っておくべきでしょう。

(1)ボールを2度回転させてボールをセットする。

(2)手を合わせボールが飛んで行くことを手でイメージする。

(3)後ろに3歩下がる。

(4)左に2歩。

(5)助走は8歩でボールを蹴りぬく。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン