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「私たちはお試しだったの?」 今度は前倒し狂騒曲

経団連の榊原定征会長は27日、2017年春入社の大学生を対象にした面接の解禁を、8月から前倒しすると表明した。「6月解禁も選択肢の一つだ」と話し、2カ月前倒しになる可能性が高い。就活探偵団では、今年から始まった8月解禁で混乱する学生や企業の現場を取材してきた。方針変更は吉と出るのか。

経団連の榊原定征会長は9月の会見でも見直しを示唆していた

「今年から就活スケジュールを新しくしたが、いろんな問題やら課題が指摘されている……」。27日、東京・大手町の経団連会館。榊原会長は記者会見で水を向けられると気まずそうにこう話した。「6月解禁は?」と畳みかけられると、「一つの選択肢だ」と、事実上、2カ月前倒しを検討していることを認めたのだ。

就活スケジュールについてもう一度整理すると、2014年までは、会社説明会など企業の広報活動の解禁が12月、面接の解禁は翌4月だった。今年からはこれが大幅に「後ろ倒し」され、広報解禁が3月、面接解禁が8月となった。すくなくとも大学3年生までは学業に専念できる環境を作りたい、という大学や政府の意向が反映された。今回の案は、広報の解禁は3月のまま変えず、面接解禁を2カ月前倒しの6月にするというものだ。

大手メーカー「イメージどおり」

「イメージしていた通りになった」と話すのは、大手電機メーカーの人事部担当者だ。「6月解禁のデメリットは見つからない。今年はまっとうなスケジュールで選考できる」と評価する。「3月に学内や合同説明会、4月に企業内説明会、5月にエントリーシートを提出してもらって6月から選考というスムーズな流れだ」(同担当者)

ヤマト運輸人事戦略部も「スケジュールが前倒しになることはありがたい。就活の長期化による学生の負担も減るのではないか」と、企業側は総じて歓迎ムードだ。

電機メーカーの担当者の元には9月ごろ、経団連からアンケート調査が届いたという。選考時期をいつにするのがよいか、という質問もあった。例年だと社名を記す欄があるのに、今年は無記名式だったという。「経団連が8月と決めた以上、記名式でそれを批判するのはためらわれた。でも無記名で良いというので6、7月と本音を記入した」(同担当者)という。

無記名でも企業の本音を探ろうとした経団連の焦りが感じられる。経団連の事情に詳しい関係者はこう話す。「雲行きが変わったのはやはり8月1日の面接解禁日直後だ。炎天下の中、解禁日を守ってスーツを着て歩き回る学生がいる一方で、実際にはそれ以前に面談と称したヤミ選考を受けた学生が一斉に内定をもらっていた。新スケジュールの矛盾が一気に露呈し、経団連としても動かざるをえなくなった」

文科省・大学は不信感

一方、学業優先を旗印にする文部科学省や大学からは今回の経団連の判断に疑心を募らせている。馳浩文科相は27日の記者会見で、「これまでの経緯があって1つのラインができたのに朝令暮改はいかがなものか」と批判した。文科省としては、今年の就活を検証すべく大学側に調査をしているただなかにある。同省の事務方も「正式には何も聞いていなかった。6月といえば学期中のまっただなかだ。学生のことを本当に配慮した上でいってくれているのか」と嘆く。

アサヒビールの内定式には計画通り70人の学生が参加(1日、東京都墨田区)

早稲田大学キャリアセンターの担当者は、「少なくとも本学には事前の擦り合わせなどなかった。このように外堀を埋めて既成事実化していくようなやり方に不信感を覚える」と、憤りを隠せない。いくつかのキャリアセンターでは今年、例年以上に出席率の悪い4年生に対するクレームが教授陣から相次いだという。6月は学期のさなかだ。「前期に授業をするな、といっているようなものだ。企業からは、学生はどうせ勉強なんてしていないと思われているのだろう」と悔しそうだ。

このように大学や当局からみれば見切り発車的に見える今回の表明も、経団連の立場からすればやむにやまれぬタイミングだったようだ。ひとつは、大企業が8月解禁にしたことで割りを食った中小企業の代表、日本商工会議所の圧力がある。日商の三村明夫会頭は10月15日の記者会見で「面接解禁を6月に前倒しすべきだ」と主張した。8月解禁について43.3%が「悪い」と評価する会員企業60社への調査結果も公表したのだ。会員企業からは「採用活動をやりなおしたり、辞退を想定して多めに内定を出したが、その予想を超すほどの辞退が出てしまった」といった声も上がっていた。日商の関係者は「中小企業が動きやすいように、経団連加盟の大手企業の採用終了時期も明記してほしいぐらいだ」と話す。

一方で経団連加盟企業からのプレッシャーもあった。「3月の説明会解禁や、8月の面接解禁が変更になれば、会場の予約も変更しなければならない。加盟企業から事務局へ問い合わせが殺到していた」(経団連関係者)。大学もそうだ。「8月から6月であれば対応できる。もし、3月の広報解禁が変更になってしまったら、説明会の会場も含めて準備ができない」(法政大学キャリアセンター)。年内の決着に向けて観測気球を上げるには、10月のこの時期が最後のチャンスだったようだ。

ボタンの掛け違い

スケジュール変更は、今後、一億総活躍相や文科省が中心に方針を固めることになっているが、経団連関係者の読みでは、6月解禁への変更はほぼ既定の路線という。本格的な議論が始まった2013年以降、大山鳴動した「就活後ろ倒し」は1年で覆されることになった。この関係者は「27日の榊原会長の一言が印象的だった」と話す。

 「当事者ではないので、はっきりとした議論を全部承知していないが……」。榊原会長に当事者意識が薄いのも無理はない。そもそも就活後ろ倒し問題は、米倉弘昌・前会長と安倍政権の間で取り決められたからだ。記憶に新しいが、米倉経団連と安倍政権は当初、金融緩和政策で批判し合うなど、ことごとく対立していた時期がある。就活後ろ倒しは、学生の競争力強化といったその後の安倍政権の成長戦略の中で、「両者が歩み寄るための材料として提示された要素が大きい」(経団連関係者)からだ。ボタンの掛け違いはここから始まったようだ。

私たちは「お試し」?

一括採用の限界が来ているのかもしれない(大手企業の採用内定式)

「後ろ倒し狂騒曲」に翻弄された学生の声も聞いてみた。「私たちはお試しということだったのかな……」。6月に財閥系大手機械の内定を勝ち取った私大4年生(女子)は達観気味にこう話してくれた。「でも、いくら試験的なものでも2~3年は様子見が続くと思っていたから、まさか1年で変更になるとは思わなかった。8月解禁の変更はもともとしっかり議論されて決められたものだったのか疑問を感じる」

米国の大学を卒業しIT大手の内定が決まっている男子帰国生は「今年帰国した僕たちは、とにかくラッキーだった。本当に運が良かった」と話す。例年6月ごろまでに卒業式を終える海外留学生は、8月解禁の恩恵を享受していた。以前なら留年して翌年就活するケースもあったが、8月解禁になったため帰国して就活にすべりこむことが可能になったからだ。「でも6月面接解禁になると、また留学生には少し不利になるでしょうね。準備期間がまったく足りなくなるでしょう」と後輩の心配をする。

ある国立大の学生は、来年も今年と同様の8月解禁になると踏んで、この9月に北京に留学してしまった。現地で今回のニュースに接し、動転しているという。

就活に詳しい千葉商科大専任講師の常見陽平さんは、「混乱したからやめる、というのは、必要があるから実施した政策の変更理由としてどうかと思う」と話す。「手段と目的がずれていた。学業優先の大義名分のもとに就活スケジュールを変更したが、学業を阻むのは就活だけではない。アルバイトもそうだ」(常見氏)

人材研究所社長の曽和利光さんはもっと過激だ。「正直いうと中途半端。一括採用はやめて早く自由化すべきだ。自由化とは、企業ごとに時期も、手法も、すべて自由に決めて採用活動をすることだ」と指摘する。実際、一括採用を前提とした騒ぎを冷ややかに見る企業も多い。「もともと通年採用なので関係ない」(ソフトバンク)、「就職活動に開始時期、内定時期のルールを設けること自体が学生の勉強や将来の意思決定のために効果的だとは考えていない。今回の急な変更で、企業、大学、学生それぞれがまた混乱するのを懸念する」(ファーストリテイリング

一括採用を前提とした日本の「ガラパゴス就活」こそ、議論の俎上(そじょう)に載せるべきなのではないか。だが、大半の企業の反応は以下だ。そうである以上、現状を変えるのは難しいかもしれない。

「解禁日がいつになってもかまわないが、いつになるか早く決めてほしい」(日本航空

(鈴木洋介、松本千恵、雨宮百子、高尾泰朗、中山美里、森園泰寛)

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読者からのコメント
2016卒さん、20歳代女性
学業に集中したいので、卒業後にしてほしい。「学生なんて勉強しないから選考をやる」と考えている社会人に対しては、自分が勉強しなかっただけでしょうと言いたい。新卒至上主義は、本当にやめてくれないかな。
一企業人さん、50歳代男性
記事にもあったように、翌年の8月解禁を前提に今年9月から海外留学にチャレンジしている学生も少なくない。企業、財界側のポリシーのない6月解禁への前倒しは、こういった学業や語学、グローバル対応力の向上に意欲的な学生を切り捨てることに他ならず、6月解禁となれば実質的に留学先の途中退学が各企業の採用エントリー条件となる可能性も高い。したがって、世界に目を向け、より学業向上意欲の高い学生人財の就業計画やその後の人生計画に大きな影響を及ぼすことは言うまでもない。学生、教育界をはじめ社会全体が納得するだけの丁寧かつ合理的な説明と、このままでは留学等の個人の努力があらためて不利に転ずる学生層への適切な対応が求められる。
30歳代女性
開始時期の問題ではない。学業がきちんと優先できるようなスケジュールで企業が説明会や面接をやるかどうかだけ。講義を欠席してまで説明会や面接に行かなければいけなくなる事態がおかしい。したがって土日にやるべき。
20歳代男性
東京五輪を目前に、おもてなしや配慮が求められる中、これからの日本を支える若者への配慮欠如や中小企業が被った迷惑に対して責任をとられないのでしょうか。 天下の経団連がこんな状況では、若者に示しがつきませんね。来春役員各位は、今年振り回された新入社員に対し、過去はなかったことにして上から目線でご挨拶なさることでしょう。
泉野普久さん、50歳代男性
間違っていたから体面にかかわらず改めた。採用側も学生も時間が短縮・制限されたら余裕がなくいい仕事はできない。まして人のお見合いに時間制限なんていうのは不合理のきわみ。政治家や経営者には洞察力をお願いします。学生の勉学が就職期間で劣るなんてこともない。内定でもなんでも早くもらい研究にいそしむはずです。縁故やら、裏取はその負い目を引きずり企業の純粋な活動にいつか齟齬を来す。まずは一括でもなんでもとにかく時間の規制はゆるくする、はずしてあげることが健康的です。受験に次いで就職という不条理に若者は人生の階段を上らなくてはなりません。その心理に大きい会社は品位とデリカシイをもって臨んでほしい。人事部も採用成績という目標管理があってブランドを並べざるを得ないことも認識をしておきましょう。学生は体に気を付けてめげずにどこかにもぐりこんでください。道はそこから始まると思います。

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