2018年11月19日(月)

マラソン連戦で悟った、大会までの過程を楽しもう
編集委員 吉田誠一

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2015/10/20 6:30
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フルマラソンを走ったあとに自分の体のどこがどのくらいダメージを受けているのかはよくわからない。どこの筋繊維がどれだけ痛むのだろう。内臓の問題は血液検査を受ければわかることがあるはずだが、家で手軽にそんなことはできない。それはともかく、大事な心の部分がどれだけ疲弊しているのかがわかりにくい。

9月27日にベルリンマラソンを3時間27分3秒で終えた私には2週間後にいわて北上マラソンが待っていた。さて、自分はどんな心身で大会を迎えることになるのだろうか。

いわて北上マラソンのコースの沿道は紅葉が始まっていた

いわて北上マラソンのコースの沿道は紅葉が始まっていた

イケイケだった昔の自分が懐かしい

ベルリンはいいランニングフォームで、無理のないペースで楽に走れたので、直後に感じた主観的な疲労度はきわめて軽かった。翌日の長い帰国の途も苦にならなかった。

とはいえ、レースの3日後に走り始めてみると、腿(もも)の裏側や臀部(でんぶ)の奥のほうに張りがあるのがわかった。脚のバネが落ちている。この脚の状態が本番までにどの程度、回復するのだろう。内臓はどんな具合なのだろう。

以前も書いたが、中2週間でのフルマラソンの連戦は経験がないわけではなかった。2013年10月に北上→大阪、12年4月にはかすみがうら(茨城)→デュッセルドルフ(ドイツ)と連戦。ともに記録は2戦目のほうが悪かった。

直前に、衝動的に出場を決めたデュッセルドルフは精神的に非常にきつかったのを覚えている。やめときゃ、よかった。衝動買いは控えたほうがいい。

しかし、12年2月の別府大分→東京では2戦連続で自己新を記録した。東京の3時間16分2秒が現在の自己ベストとして残っている。このシーズンほど夏場に走り込んだことがないので、その蓄積がものをいったのかもしれない。

古くは07年秋にベルリン、ネス湖(スコットランド)と2週連続のフルマラソンに挑み、続けて自己ベストを出した。2戦目を非常に慎重に走ったのが奏功し、1戦目のタイムを3分も上回った。コースが短かったのだろうか?

もちろん、いまはそんな快挙を期待していない。あれから8つも年齢を重ね、53歳になっているのだから。あのころは若かったとあらためて思う。

大会に出るようになり、まだ5年目だったので精神が擦り切れていなかったのかもしれない。ランナーにしてアドベンチャーだった。イケイケだった自分が懐かしい。

「集中しろ」自分に強く言い聞かせ

いまはイケイケではない。それなのになぜ、中2週間で連戦? サッカー記者なので(私がランニングコラムだけで食べていると勘違いしている方がたまにいる)週末は基本的に取材がある。大会出場のために休暇を取りやすい期間は限られる。いろいろ考えると年内は北上しかなさそうだということになった。

振り返ってみると「連戦でも何とかなるんじゃない?」という軽い考えでエントリーに至ったような気がする。ネットエントリーというのは困ったもので、軽はずみでボタンを押しがちだ。ネットショッピングも同じなのではないか。

ベルリンから帰国後は「ここで集中力を切り、ダラダラになってはいけない」と自分に言い聞かせ続けた。そうなってしまうと、非常につらいレースになるのがわかっていた。集中し、ある程度緊張し、闘志を抱いていないとマラソンは走り通せない。ふにゃふにゃになったら、その時点で終戦。

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