フルスイングの余韻(山崎武司)

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プロ野球選手の正しい辞めどき

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2015/10/11 6:30
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プロ野球の優勝争いが佳境に入る秋、現役引退のニュースが続々と届く。とりわけ今年は球界の顔として長く活躍してきた選手たちが一斉に引退を表明した。まだまだやれそうな選手、まだやっていたのかという選手。ファンにしてみれば、同じ引退でも選手の余力にはかなり差があるようにみえるだろう。野球選手の「正しい辞めどき」はいつなのか。

「引退します」に監督は「ああ、そう」

中日は球史に名を残す選手たちが一斉に抜ける。個人的にも付き合いの深いプロ32年目の山本昌さんをはじめ、谷繁元信選手兼任監督、和田一浩、小笠原道大らが現役引退を決めた。今年、2000安打を達成した和田は79試合に出場、234打席で2割9分8厘の打率を残した。戦力として十分にやれる力があるが、5位に沈んだチームの世代交代のこともあったのだろう。パ・リーグでも日米で活躍した楽天の斎藤隆、通算182勝を挙げた西武の西口文也、オリックスの谷佳知らがユニホームを脱ぐことになった。

僕自身、引退を決めた日のことははっきりと覚えている。2013年7月下旬の巨人戦。チャンスでの代打で三振に倒れ、試合後のロッカールームで年下のコーチから登録抹消を告げられた。開幕直後に2軍落ちしたとき、もう一度上がって落ちることがあればその時点で辞めようと心に決めていた。僕はすぐに高木守道監督のところへ行き、「今シーズンで引退します」と伝えた。監督は「ああ、そう」と言っただけで、引き留めもしなかった。事前に家族に相談することもなかった。

最初に引退を考えたのはオリックスでプレーした04年だ。シーズン序盤、伊原春樹監督の起用法に反発して2軍落ちし、球場に行かなくなった。オフには当然、戦力外通告を受けた。野球が大嫌いになり、もう辞めようと思った。ところが8歳だった長男が「もっとやってほしい」と言い出した。

僕の仕事のことなど興味もないし、理解してもいないだろうと思っていたので、これには驚いた。それまで父親らしいこともしてこなかった。であれば、せめて頑張ってもがく姿ぐらいは見せなければならない。新球団の楽天が誕生する幸運にも恵まれ、僕は再びプレーする場を与えられた。

ボール上がらなくなったら危険信号

次に引退を考えたのは11年、楽天を自由契約になったときだ。星野仙一監督に呼ばれ、翌年の戦力に入っていないことを告げられた。この年は指の骨折もあり、成績が振るわなかった。それでも現役続行を選んだのは、ケガさえなければもっとやれたという自負があったのと、同じ年に東日本大震災が起きたからだ。

11年の楽天は「東北のため、被災者のため」を旗印に戦った。一緒に頑張りましょう、と呼びかけ、被災者の方々から応援してもらっている僕があっさりと引退したのでは格好がつかない。楽天をクビになっても、野球選手として仙台に戻り、頑張っている姿を東北のファンに見せなければいけない。古巣の中日に自ら売り込んで、再び野球を続けられることになった。

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