[FT]遠い欧州 あるシリア人エリート夫婦の足跡

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2015/9/4付
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平時であれば、エンジニアのマナルさんと弁護士の夫、イブラヒムさんのようなカップルは、イスタンブールからブダペストへ2時間で飛ぶ航空券を200ユーロ足らずで買うことができる。ところが、専門職のこの若いシリア人夫婦は、1カ月かかる徒歩と船の旅のために密航業者に3000ユーロ払うことを余儀なくされた。

城や美術館を見に行く途中でブダペスト東駅の外にひしめく観光客とは異なり、マナルさんの家族は、40度の暑さの中、駅の階段の下に敷かれたぼろぼろの毛布の上にぼうぜんと横たわるおよそ2000人の移住者に混ざって座っていた。

■「ISの洗脳は許さない」

マナルさんとイブラヒムさんが小さな子供2人を連れてこの危険な旅に出ることにしたのは、戦争のせいでも電力、水の不足のせいでもなければ、仕事を失ったからでさえなかった。子供たちは今、夜中に森を歩いたせいで、擦り傷だらけになっている。

「あのいわゆるイスラム国のテロリストたちが子供たちを特別な基地へ連れて行き始め、想像できる限り最悪のこと、斬首さえをも教えていた」と夫妻は言う。2人はこの駅に押し寄せた多くの人と同様に、無学の労働者ではなく、専門職だ。「自分の子供たちが洗脳の餌食になることは許さない」

フルネームを明かすことを拒んだ夫妻は、「イスラム国」(IS)の支配下にあるシリア東部のデリゾール県の出身だ。夫妻は仕事を失ったため、地域が根ざす農業に目を向けた。日に焼けたドレスを着たマナルさんの話では、彼女の顔や手の皮膚が荒れているのは、トルコから小型船で地中海を渡り、ギリシャからハンガリーへ歩いてきた旅のせいではない。昨年まで人生で一度もやったことのなかった畑仕事と家畜の飼育で肌が荒れたのだという。

最初はバッシャール・アル・アサド大統領に対する抗議として始まった紛争は、複数の勢力が入り交じる複雑な戦争に発展し、以来、ジハード(聖戦)主義者たちが国の大部分を制圧することを許してしまった。それによって、2200万人いるシリア国民の半分以上が住まいを失った。

大半の人はそもそも国から逃げ出すお金がないか、さもなければ、隣国から出口を塞がれてしまった。さらに数百万人のシリア人がヨルダン、レバノン、トルコにいて、ぎりぎり生計を立てている。マナルさんとイブラヒムさんがここまでたどり着くお金をかき集めることができたという事実は(夫妻によると、ハンガリーの国境からこの駅まで連れてきてもらうのに、運転手に別途250ユーロ払ったという)、彼らが難民エリートに属することを物語る。

だが、ブダペスト東駅までたどり着いた人たちは、突如、運が尽きたことを知った。ハンガリーが、移住者たちが西へ向かう電車に乗ることを禁じたときのことだ。駅で足止めを食らった人は大半がシリア人で、アフガニスタン人、スーダン人、イラク人も多少いる。大部分の人はドイツかスウェーデンまで行きたいと思っていた。今では、駅の外の日陰になった階段の下に集まり、2つの公共トイレと1つの水飲み場を共有している。子供たちが遊ぶ傍らで、白髪交じりの女性たちが成人した息子の肩を抱く。中には、失意のうちに涙を流す人もいる。

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