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ワイルドレース戦記 アイアンマンレース226キロ 壮絶な五島列島の坂

 ランニングブームが続く2015年の日本。長距離レースの舞台は、硬い舗装路やトラックだけではない。街を飛び出し、山・森・海といった自然の中を本能のままに駆け回るランナーが増えている。トレイルランニング、トライアスロンなど自然そのままを競技コースにした「ワイルド」な大会に記者自身が参加し、その熱気と魅力を伝えたい。第6回は総距離226キロに及ぶ「五島長崎国際トライアスロン大会」だ。
スタート前、水温20度前後の海に入る(長崎県五島市、五島長崎国際トライアスロン大会実行委員会提供、以下同)

「ファーン」。少々間の抜けた音が港内に響いた。水色のキャップをかぶった約700人の選手が泳ぎ出し、穏やかだった海面はたちまち水しぶきに包まれる。スタート前にはカウントダウンがあると思い込み、気を抜いていた記者は慌ててゴーグルをつけて後に続く。いつも思うが、トライアスロンのこのスタート音、長く過酷なレースの幕開けにしてはのんきな感じがして、調子が狂う。

トライアスロン3戦目、今回はスイム3.8キロ、自転車180キロ、ラン42.2キロと、とにかく長い。「鉄人競技」の異名を持つトライアスロンでも、特に今回のような長距離の大会は「アイアンマンレース」と呼ばれる。競技を始めた者であれば誰しも一度は完走して「アイアンマン」の称号を得たいものだ。

舞台は長崎県の長崎港から船で西へ約100キロ、五島列島最大の福江島。6月13日に島に入り出場手続きを済ませると、民宿で早めに就寝。翌14日はスタート3時間前の午前4時に起き、バスでスイム会場の富江港に向かった。上空から小雨がぱらつく曇天。直射日光が少ない分、やりやすい環境だ。

スイムのスタート直後はいつも、密集状態で蹴られたりたたかれたりする「バトル」と呼ばれる激しい選手同士の接触に巻き込まれる。スピードは落ち、体力も消耗する。いいことはない。この足の引っ張り合いを避けるため、今回はスタート時から前方に位置取り、最初だけ飛ばして早めに集団から抜け出す作戦をとった。

スイムの1周目を終えるといったん陸に上がる

「逃げ」はうまくいった。それほど接触することなく泳ぎ出すと、200メートルほどで同じくらいのスピードで泳ぐ集団が形成された。これで一安心と、省エネに切り替える。力を抜き、大きく、ゆっくりと腕を回す。キックは下半身が沈まない程度に軽く。3種目のうち唯一得意と言えるスイムだが、バイクとランで222キロも残っているのだ。落ち着いていこう。

曲がり角が多い1周1.9キロのコースを2周。水が濁り波立つ海を、まっすぐクロールで泳ぐのは案外難しい。時々首を起こし、目印のブイやまわりの選手の位置を確認する。それでもたびたび方向を誤り、ジグザグ方向に泳ぐし、時々塩辛い海水を飲み込む。1周目を終え一旦陸に上がった。時計を見ると35分。予定通りだ。

2周目に入ると選手がばらけ、ほとんど独泳状態になった。近くに選手がいないと、真っすぐ泳げているか不安になる。ライフセーバーが乗る黄色いボートをチラチラ見ながら泳ぎ続ける。速度はたった時速3キロ。岸から応援の太鼓の音が聞こえてくれば、ゴールは近い。終盤、腕でグイグイ水をつかんでペースを上げた。陸に上がると2周目は36分。よし、あとは脚力勝負だ。

自転車は180キロの長丁場

競技間のトランジッションでやることは多い。預けた荷物を受け取り、分厚いウエットスーツを脱ぐと、自転車用ウエアに着替え、補給食のジェルが入った容器をポケットに入れ、靴下をはき、ペダルと靴を固定するビンディングシューズをはき、ヘルメットとサングラスをつけると、日焼け止めは……曇りだから省いた。海岸にずらりと並ぶ自転車の中から愛車を引っ張り出し、意気揚々とペダルをこぎ出した。

「まだ半分もあるの? うそだろ」――。よく聞く例え話だが、コップに半分入った水を見て「もう半分しかない」と感じるか、「まだ半分も残っている」と感じるかは状況によって異なる。3時間強、バイクの半分にあたる90キロを終えた時、私の状態は圧倒的に後者、疲れ切って絶望的だった。序盤から一変、ペダルを踏む脚力は弱々しく、ペースが明らかに落ちていた。

コース上には10キロごとに距離表示がある。10キロを20分、つまり時速30キロで走れたのは最初の2時間だけだった。90キロ地点で手元の速度計を見ると、平均時速は28キロに落ちている。さらなるスピード下落を食い止める自信はない。なんせ自転車で100キロ以上走るのは初めてのことだ。

自転車のコースは急な坂の連続だ

記者を苦しめたのは、越えても越えても現れる上り坂だ。島中を回るコースは想像以上に起伏に富んでいた。例えると平らな道なら5割の力でも進めるが、上りでは7割は必要になる。さらに急な上りでは9割、歯を食いしばってペダルを踏む。体が熱くなり、汗が噴き出し、筋肉が痛めつけられる。1つ坂を越すごとに、じわじわと体力がそがれていくのを感じた。

「きつい上りがあれば、楽な下りがある」。確かにその通りだが、下りの時間はあまりに短かった。例えば500メートルの急坂を時速15キロでひいひい上るのに要するのは約2分。だが、同じ坂を時速45キロで下ると僅か40秒で終わる。さらに、時に時速60キロを超す下りでは、カーブを曲がりきれなかったり滑って転倒したりしないかと、恐怖でこわばって全身に力が入る。これでは気が休まらない。

「よし、上り切った」と思うとすぐ下り始める。「もう下り終わっちゃった」と思うと、上り坂が待ち構えている。地図では一直線に見える道でも、実際はアップダウンの連続だ。何度も同じ光景に出くわした。眼前の急坂を下りた先に、鏡で映したような急坂の上り。まるでジェットコースター。思わず「またかよ」とこぼす。メンタルがすり減っていく。順位もみるみる落ち始めた。

多くの選手はハンドルの肘置きに体重を預けてこぐ

「他の選手も条件は同じ。苦しいのも一緒だ」。いや、全て一緒とは言い切れない。ほぼ体1つで進めるスイムやランと違い、自転車はマシンの性能がものをいう。ざっくり言うと、高価な自転車ほど速く走れる。次々と横を通り過ぎていく自転車が、どれも空気抵抗が少ない高級品に見えてきた。一方、購入時は頼もしく思えた愛車がみすぼらしく映る。「こんなに抜かれるのは安物に乗っているからだ」。実力不足を棚に上げて、モノのせいにしだしたらおしまいだ。

水を入れたボトルは100キロ付近で空になった。その後はエイドを通る度に減速して空になったボトルを投げ捨て、ボランティアの人から水が入った別のボトルを受け取る。エイドではオレンジやバナナももらえる。持ってきたジェルも少しずつ口に含んだ。いくらおなかにものを入れても力が湧いてくる様子はない。

自転車を終えるとランニングシューズなどを受け取り、42キロのマラソンが始まる

120キロを過ぎた。なんてことはなかった緩やかな上りも、終盤になるとこたえる。急坂では顔面をぐしゃぐしゃにして必死にペダルを踏むが、むなしいかな、速度計を見ると時速10キロにも満たない。薄暗く長いトンネル。背中を丸めてハンドルの肘置きに体重を預け、足だけ回転させる。ふと下を向くと、眠気に襲われ、意識が飛びかける。おっと、転べば大けがじゃすまない。

こんな過酷なレースに出る物好きな選手に、沿道の至る所で地元の人が声援を送ってくれる。「がんばれ!」と何度励まされただろうか。序盤は「ありがとうございます!」と元気に応じていたが、体力を失うにつれ、無言の会釈すらおっくうになってきた。

午後3時すぎ、ボロボロで自転車を終えた。平均時速は26キロ、順位はスイム終了後の115位から245位まで落ちた。ペダルに固定していた靴を外し、約6時間40分ぶりに地面に足をつくと、平衡感覚が乱れて真っすぐ歩けない。疲れ切って情けない顔をしていたはずだ。ここがゴールでいいじゃないか、十分がんばったよ。ところが、レースは「ここから42キロ走れ」と、めちゃくちゃな要求をする。信じられない。どこからそんなエネルギーとやる気を出せと?

自転車の直後は走っても足が思うように動かない

だが不思議なことに、大半の選手は前に進むことをやめないのだ。「むちゃだ」と叫びたい気持ちを抑え、ランニングシューズをはきながら逆算する。スタートから8時間15分。12時間以内のゴールは難しい。13時間以内なら、1キロ=7分弱のペースで走る必要がある。自信がない。というより、ゴールにたどり着けるイメージが湧かない。やけっぱちだ、行けるところまで行こう。

こんな絶望的な気分で始まったマラソンは初めてだ。大きく腕を振って、棒のようになった脚を無理やり動かしペタペタ走る。コースは南北に延びる10キロ強を2往復。相変わらず坂が多い。軽やかに走れる選手は少なく、ほとんどは記者同様ヨタヨタして見える。歩くことしかできない選手も多い。

5キロの看板が見えた。キロ7分くらいかな、と思って腕時計を見ると「30分」。なんとキロ6分ペースで走っていた。疲れて余計な力が入らない状態がよかったのだろうか。走り始めた直後は凝り固まっていた筋肉が、徐々にほぐれてきた気がする。自転車をこぎ続けたせいか、太ももが細く軽くなった気もする。そんなことを考えているうちに、ペースがキロ5分台まで上がった。いいじゃないか。これなら12時間半切りも夢ではない。

ランでは数キロごとにエイドがあり、水分や食料を補給できる

「ばんさん、ファイト!」。沿道から名前を呼ばれて、驚く。どうやら遠くから選手のゼッケンナンバーを確認し、サッと選手名簿で名前を調べて声援を送ってくれているのだ。ファンでもなんでもないが、名前を呼ばれるだけで不思議とやる気がわく。

なんて調子よく考えられたのも、15キロあたりまでだった。同じように地面を蹴り続けているはずなのに、1キロごとの時間は7分近くまで落ちた。さっき軽く感じていた足が、重たい。終始のどが乾く。足の裏が熱く、摩擦熱でマメができそうだ。つらい。ああ、結局こうなるのか。

21キロの中間地点にはゴールへ向かう分岐路がある。2周目を終えて笑顔で角を曲がる選手を尻目に、我々1周目の選手は苦悶(くもん)の表情を浮かべて直進する。思わずエイドで座り込んだ。あと2時間以上あるのか。「もう1周するの? 大変ねえ」とエイドの女性。

朝7時に始まったレースは暗くなっても続く

そうです、ここで終わりにしてもいいんです、という気持ちを見透かされたのか、「でもわざわざ東京から来たんならゴールしないとねえ」とも。そうかもしれない。なんとなく納得して、再び走り始めた。

もうジタバタ考えるのはやめた。この苦行を終わらせるには、1キロずつ、着実に距離を刻んでいくしかないのだ。前を見据えて淡々と走り続けた。10時間を超えたレースは壮絶な様相を呈してきた。道ばたで吐いている人がいる。あおむけに倒れて動けない人もいる。何度か救急車とすれ違った。それでも心を無にして、前進することに集中する。

30キロのエイドで「あと12キロ」と励まされ、「長いです」と嘆くと、「朝からの距離に比べりゃたいしたことないでしょ」と返された。なるほど、残りは「42分の12」ではない。「226分の12」だ。

午後7時を過ぎ、残り5キロを切ったあたりで初めて、うれしい気持ちが、「やっと終われる」という解放感が湧き上がってきた。ペースが上がる。暗い中、応援を続ける島民に「ありがとうございました!」と大きな声で感謝する。ただ「来年も来てね!」という声援には返答できなかった。走っている時、大抵の選手は「もう二度と出まい」と思っているものだ。それでも戻ってくる人が多いのだが……。

家族や友人とゴールテープを切る選手も多い

ゴール前の直線、赤いカーペットが敷かれたビクトリーロードでは、誰もがヒーローだ。暗闇の中、無数のライトを浴び、左右の応援者とハイタッチしながらゆっくり走る。最後は目の前の白いゴールテープを両手で持ち上げ、満面の笑みで何事かを叫ぶ。ああ、もうこれ以上走らなくていいんだ。12時間54分20秒。この日、制限時間の午後10時までに出場者の約8割にあたる566人が長い旅路を終えた。

レース前、友人に「一体何をめざしているの?」とあきれられた。だが未知のレースがあれば、自分の力を試したくなるのがワイルドレースに挑む者の心理だ。自らを苦しめるのが好きな「マゾヒスト」とも呼べるが、自分という人間の限界がどこにあるのか興味が尽きない、ともいえる。レース前は「そんなの無理」、レース中は「やめたい」と思いつつ、どこかでその壁を突破する自分の可能性に期待してしまうのだ。こうして1つ壁を越え、私は「アイアンマン」になった。

(伴正春)

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