2018年11月13日(火)

500店閉鎖 ワールド、惰性のツケ

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2015/8/30 6:30
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総店舗の15%前後の閉店、社員の4分の1の早期退職――。銀行出身で創業家以外から初めて経営トップに就任した上山健二社長が業績立て直しを進めるワールド。百貨店からショッピングセンター(SC)への販路拡大をいち早く進めるなど、かつては先進的な企業と評されていた姿は今はない。アパレルの雄はなぜつまずいたのか、どう変わろうとしているのか。取引先や社員など関係者らの話から探った。

■ブランド乱立で埋没

今年春夏から展開を始めた雑貨店「ロケーション」

今年春夏から展開を始めた雑貨店「ロケーション」

上野マルイ(東京・台東)の紳士服「TK」と「ボイコット」、西武福井店(福井市)の婦人服「オゾック」、イオンモール土浦(茨城県土浦市)の家族向けブランド「サンカンシオン」――。8月、全国各地の百貨店やショッピングセンターではワールドのブランドの閉店セールが行われていた。

2016年3月末までに全店舗の約15%にあたる400~500店を閉店するワールド。8~9月は上期の閉店のピークだ。ある店員は「リストラの波がここまで来たかという感じ。なじみのお客さんに伝えるのがつらい」と話す。ワールドは販売員の早期退職は今後も実施しない方針で、この店員は9月からは別の店舗に異動する。

百貨店からSCへの販路拡大、ブランド共通のポイントカードの導入、緻密なマーケティングシステムの構築――。ワールドはこれまで他社に先駆けて様々な施策を打ち出し、成長を続けてきた。一時は破綻したそごうが00年に閉鎖した東京・有楽町の東京店跡にワールドのブランドを集めた専門店を開くことを検討していたほどだ。

そのワールドが苦境から抜け出せないでいる。07年3月期に過去最高の連結営業利益、08年3月期に過去最高の売上高を記録して以降、売り上げ・利益共に減少傾向だ。かつて6~7%台だった営業利益率は15年3月期には日本基準で1%にも満たない。何が歯車を狂わせたのか。

「ワールドはやる気のある社員に最大限チャンスを与えるいい会社だった」。ある中堅アパレルの社長はこう話す。20年勤めたという元社員も「ブランド設立から販売員の教育改革まで、やりたいと言えば何でもやらせてくれた」と話す。

「暗闇を全速力で走るワールド」と評され、「当たりはずれはあったが勢いがあった」(大手アパレル)。00年代、年間に立ち上げたブランド数は10~20にも及び、出店拡大が成長を推し進めた。中でもSCの開業ラッシュに乗って、1つの館に複数のブランドを投入していった。ただ、これが後にあだとなる。

ある大手SCが変調の兆しを感じたのは5年ほど前。「あまりに出店が多いので、そんなに好調なのかと既存店売上高を確認したら、伸びていなかった。伸び悩みをカバーするための出店になっていた」。経営環境も大きく変わっていた。

08年に北欧のヘネス・アンド・マウリッツ(H&M)が日本に進出。ファッション市場はかつてない価格競争が生まれ、ワールドも巻き込まれる。そして08年のリーマン・ショック、11年の東日本大震災……。00年代前半はデフレを巧みに乗り切ったワールドだったが、「すでに出店契約も結ばれていたり、取引先との関係もあったり、拡大は続いた」(関係者)。

結局、家賃や人件費などが膨らみ、利益を圧迫。出店先の商業施設に「他の施設にはないブランドを」と請われたこともあり、15年3月末でブランド数は約90にのぼる。MBOによって長期戦略の実行は成功した一方、チェックも弱まる。リストラ論も浮上したが、実行は今期に持ち越されてきた。14年4月の消費増税が背中を押したのだ。

「不振が鮮明になり、その後も回復の兆しが見えなかった」と大手SC。ワールドから大量閉店の相談を持ちかけられたのはその年の夏のことだった。

出店拡大と併せてワールドを狂わせたのは「QR(クイックレスポンス)」と呼ばれる期中企画品の投入だった。シーズン中に人気が出たデザインを素早く生産し、次々発売する。店頭にはトレンドをとらえた商品が並ぶが、アンタイトル、インディヴィなどブランドの違いが曖昧になり、足かせとなった。

大手百貨店のバイヤーは「QRがワールドの商品力を落としている諸悪の根源」と話す。例えば商品の発売半年ほど前に開かれる展示会。「発表された商品で実際に店頭に並ぶのはたった2割ほど」という。他の有力アパレルは半年~1年くらいかけて商品を企画し、作り込んでいるが、ワールドの場合、残りの多くが場当たり的な期中に企画した商品だ。

このためワールドのデザイナーやパタンナーらは「商品を作る際、大量のマーケティングデータや商社から提供された売れ筋商品のサンプルを渡される」と話す。ある社員は独自性より、「いかに低い原価率で商品を作るか求められた」と話す。

「欠品を防ごうと、生産過剰気味になり、在庫も足かせになった」(関係者)。肥大化した企業を活性化しようと組織変更や人事異動も頻繁になる。「変更があっても、どうせまた変わるから新しい名刺は用意する必要がないと社員間でよく話した」(社員)

停滞する業績に社内の雰囲気も以前のように活気に満ちたものではなくなっていた。「アパレル企業なのに意外と社員がおとなしい」。上山健二社長が13年に入社して最初に抱いた印象だ。

現場や仲間内では意見が言える職場だったが、「ブランド責任者よりも上の立場になると、物の言えない雰囲気だった」とある社員は話す。今年4月まで18年間社長を務めた寺井秀蔵会長に現場の意見が上がることは少なかったようだ。

業績立て直しのため、外部から登用した人材らも、次々と辞めていったという。積極果敢だったワールドから元気さが失われていた。先進アパレルの惰性経営はリストラで止まっただろうか。

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