/

夏の出費60万円 米高校球児、プロへの道は遠征試合

スポーツライター 丹羽政善

友人の息子が9月から高校の最終学年(シニア)になる。その子が来年6月の大リーグドラフトで指名されるか、大学の奨学金をもらえるかどうかは、この夏にかかっている。大リーグのスカウトや、大学のリクルーターの目に留まるかどうか。選抜チームに入っている彼は毎日のようにバスに揺られ、遠征に出かける。

高校の部活動とは別物の選抜チーム

そんな夢を追う息子を家族も全面的に応援したいところだが、現実には、経済的な負担が重くのしかかる。遠征にかかる費用はすべて実費。友人は、「この夏だけで、5000ドル(約61万円)はかかるだろう」と話した。

日本の高校野球と比較すれば、何故そんなに?と首をかしげたくなるが、決してそれが特別というわけではない。プロから指名されたり、奨学金をもらって大学へ進学したりするような才能を持った子を持つ親は、似たような出費を迫られる。紛れもなくそれは、米国の高校野球の一面だ。

そこへ至るまでの過程――簡単に米国の高校野球事情を説明すると、まず、そうした選抜チームは、高校の部活とは全く違うものであることを理解しなくてはならない。

もちろん、各高校には野球部がある。ただ、そこで野球をやっているだけでは、埋もれてしまう。高校の野球部の頂点は州大会ということになるが、所詮、ローカル大会だ。

州によっては、他州の優勝校と対戦するケースもあり、メッツのカーティス・グランダーソンによれば、彼の出身でもあるイリノイ州は、州大会で優勝すると「インディアナ州、オハイオ州、ケンタッキー州といった近隣の州のチャンピオンと戦って、ナンバーワンを決める」とのこと。

一方で、フロリダ州は広いため、「北と南に分けて州大会を行った」とフロリダ州出身のマイク・ズニーノ(マリナーズ)は振り返った。

全米から選手が集う「ショーケース」

いずれも、それなりに大きな大会に映るものの、そうした高校の野球部で臨む州大会の意味はというと、「誰も気にしていない」と、カリフォルニア州出身のクリスチャン・イエリッチ(マーリンズ)は苦笑した。「州大会なんて、たいした目標じゃない」

では、高校時代の彼にとっての目標はなんだったのか?と聞くと、「10月にジュピター(フロリダ州)で行われる『ショーケース』というイベントに出ることが最大の目標だった」と話している。ショーケースは様々な形で開催されているが、イエリッチが口にしたイベントはショーケースの中でも三大イベントの一つで、高校の部活とは全く関係なく、全米から選抜された高校生が集う。

プロのスカウトや大学のリクルーターがこぞって足を運ぶため、スカウトらの前で、自分をアピールするチャンスだ。そもそも、そのためのイベントである。トーナメントを行うわけではない。ただ試合をする。そこでスキルを披露する。ドラフトされたい、大学へ奨学金で進学したい、と考える高校生にとっては登竜門といったところか。

もっとも、イエリッチは「選ばれなかった」そう。それでも2010年のドラフト1位(全体の23番目)で選ばれたのは、選抜チームなどでの実績があったからか。

その選抜チームをこれから説明するが、ショーケースとあとで紹介する「エリアコード・ゲーム」が、ピラミッドの頂点としてあって、その下に様々なレベルの選抜チームがある。レベルの高い選抜チームでプレーすればするほど、よりスカウトらの前でプレーする機会が増え、ドラフトされたり、奨学金のオファーを受けたりする確率も高まるわけだ。

飛行機の移動もあるトラベルボール

前出のグランダーソンが、その仕組みを分かりやすく解説してくれた。「高校生は夏休みに入ると、サマーリーグでプレーを始める。うまい子は、選抜されるとまず地域の選抜チームに入る。そこでさらに目立つ選手は、市の選抜チーム、4つぐらいの市を統合した選抜チームへと徐々に昇格していく。中でもうまい子は、トラベルボールという、遠征を伴うリーグに入る」。このトラベルボールとは、バスに揺られるような遠征だけではなく、ときに飛行機での移動も伴うチームだ。

カリフォルニア州出身のクリス・ジメネスというレンジャーズの控え捕手は高校時代、オクラホマ州、フロリダ州などにも出掛けたそうで、海外のチームと親善試合も行ったことがあるそうだ。アイオワ州で育った友人は、トラベルボールで「エドモントンやバンクーバーといったカナダの街にも行った」と教えてくれたが、強いチームであればあるほど、遠征距離が長くなる傾向があるようだ。

次のステップへ進むには、このトラベルボールでの活躍が不可欠で、小さな地域にとどまらず、州や時に国境を越えて試合を行うトラベルボールは、州内でしか試合を行わない高校の野球部で活躍するよりも、はるかに多くのプロのスカウトや大学のリクルーターの目に留まる可能性が高まる。事実、トラベルボールの強豪チームに選抜されれば、大きく道が開ける。

グランダーソンが教えてくれた。「おいっ子がトラベルボールに入ったんだが、どこどこの大学から奨学金のオファーをもらったとか、今日はどこどこのスカウトが見に来ているとか、そういう話ばかりだそうだ」

ここでようやく、イエリッチが目標としたショーケースに話が戻るが、トラベルボールなどで活躍し、プロスカウトが推薦すると、ショーケースのイベントに招待されたり、「エリアコード・ゲーム」というイベントでプレーしたりする機会を与えられる。

エリアコードというのは「市外局番」という意味だが、各チームは出身地別に構成されることから、そう呼ばれる。毎年夏にカリフォルニア州のロングビーチで行われ、そこには例年、300人ほどのメジャーのスカウト、大学のリクルーターが訪れるそうだ。

大会ではなくトライアウト

ちなみに、そこでもトーナメントが行われるわけではない。ただ試合をこなして、スカウトらに技量を見てもらう。ショーケース同様、トライアウトといっていい。

ここまで説明すればわかるが、米国の高校野球というのは、高校の野球部に入って部活として野球を楽しむ選手がいる一方で、上を目指す子には、プロからドラフトされるため、あるいは大学の奨学金を得るため、まったく別の道が用意されている。それは高校からではなく、小学校の時点でセレクションは始まっている。

日本ではあくまでも高校野球は教育の一環(のはず)だ。しかし米国では、明確な目標のもとに子供たちは野球に打ち込む。

もちろん、そのことには米国内でも批判がある。「高校生は、ドラフトを目指すため、あるいは奨学金のために野球をやっている」と。以前、日本の高校野球を取材しにきた米スポーツ専門チャンネル「ESPN」の取材班も、日本の高校野球の状況を目の当たりにして、その違いにがくぜん。米国のあり方を問う記者もいた。ただ、ここまでレールが敷かれてしまった以上、力のある選手は、そのレールに乗るしかないのが実情だろう。

ただ、そこにはもう一つ、問題を伴う。冒頭で触れた費用の負担だ。トラベルチームに入れば、遠征費用を捻出しなければならない。ショーケースやエリアコード・ゲームも、招待されればイベントへの参加費はかからないが、飛行機代、ホテル代などはすべて実費だ。

マリナーズのトム・ウィルヘルムセンは高校生のとき、ショーケースに参加した。誰かが辞退し、代わりに選ばれたのだという。そのときにかかった費用を数年前に父親から聞かされて、言葉を失った。「そんなにかかったのかってね」

遠征費が障害となり消える者も

よって、せっかくショーケースやエリアコード・ゲームに招待されても、家庭の事情から辞退を迫られるケースも少なくない。ウィルヘルムセンは「そうした選手のために、寄付を募ったりすることもある」とのことだが、前出のジメネスは「そのために消えていく選手を見てきた」と話した。

親にしてみればそれだけお金をつぎ込むだけに、「なにがなんでもドラフトされるか、大学の奨学金を」となり、口も出す。パドレスのブランドン・マウラーというセットアッパーは、高校で野球とフットボールをするつもりだった。しかし、フットボールをやめさせられた。「ケガでもしたらどうするんだ?って言われて」

彼の場合、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校へ奨学金をもらって進学し、1年後にマリナーズからドラフトされたが、これは少々特殊なケース。同じ高校に後にパイレーツに全体の1位でドラフトされるゲリット・コールがいた。マウラーは高校時代、目立つ投手ではなかったが、コールが100マイル(約161キロ)を記録すると、普通の高校の試合にもコールが投げるときはスカウトが集まるようになった。そんなときにマウラーもリリーフで度々登板。それがきっかけになって大学に誘われた。「彼がいたおかげで、スカウトの前で投げる機会があった。ラッキーだった(笑)」

高校で指名される確率は1%以下

現実には、大学で野球を続けることさえ極めて狭き門だ。13年に野球専門誌「ベースボール・アメリカ」で紹介されていたデータによると、高校の最上級生が奨学金を得て大学に進学できるケースはわずか6.7%。その6.7%のエリートの中でもわずか9.7%しかプロへ行けず、高校からドラフトされる確率は全体の1%以下という。

そんな状況から、前出のイエリッチは、親がトラベルボールなどにお金をつぎ込むことを「投資」と呼び、親にしてみれば、それを「どう回収するかだと思う」と現実的なことを言った。「うまくいけば、大学から奨学金がもらえる。そうしたら、それまでつぎ込んだお金を上回る。ドラフトされて、長くプロでプレーできれば、何倍ものリターンになる」

ただ彼は、その投資の本質をつく。「ハイリスク、ハイリターンだけどね」。こう考えると、米国の高校野球はビジネス的な側面が大きく、回収もなかなか見込めないものの、かといってビジネスライクに割り切れず、可能性がある限りはなんとかしてやりたいというのが、親の思いでもあるのだろう。

友人は自分の息子について、「正直、ドラフトはされないだろう」と話す。しかし、「どこかの大学から学費の半分が免除される奨学金ならもらえるかもしれない」とは期待する。いずれにしても、どれだけスカウトの前でプレーできるか。この夏、多くの高校生がその機会を求めて、必死に白球を追う。

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン