ディズニーが10億ドル投資 サービス業に広がるIoT
サービス業のIoT化は欧米各国で一斉に始まっているが、中でも数多くの企業が導入を活発化させているのが、スペインである。TelefonicaといったIT(情報技術)系の大企業だけでなく、サービス業を手掛ける中小企業でも導入が始まっている。
例えば、Tahona Goyesca。同社は、北東部のアラゴン州で職人による手作りのパン・ケーキや洋菓子の製造・販売を営んでいる。製造拠点を4カ所、配送用トラック10台を持っており、販売店やレストランに商品を配送する保冷トラックの位置把握や配送中の商品の温度管理をIoTによって実現した。
同社は毎日30回ほどの商品配送を午前中に行っており、その際の保冷トラックの位置をGPS(全地球測位システム)で追跡するとともに、保冷庫内の温度を温度センサーで測定する。車両の現在位置や温度センサーの情報は、3G携帯電話網とインターネットを介してスマホやパソコン、タブレット端末などからリアルタイムで監視可能となっている。
同社でカスタマーサービス・マネージャーを務めるLaura Lumbreras氏は、「ケーキや洋菓子類は配送時に最も気を使う商品の一つである。それらの状態をリアルタイムで管理することによって、配送で生じる遅延や問題を直ちに見つけ、商品の品質が劣化する前に対策を講じることが可能となる」と話す。
Tahona GoyescaのIoTシステム構築を支援したのが、同州サラゴサを拠点としIoT向けのセンサーモジュールやクラウド接続ゲートウェイなどの機器やシステムを開発、販売するLibelium Comunicacionesである。同社は、サービス業だけでなくスマートシティーや農業、産業分野など様々な用途で使用可能なセンサーモジュールを製品化し、グローバルな事業を展開するに至っている(表)。

同社の創業者兼最高経営責任者(CEO)のAlicia Asin氏は「IoTとスマートシティーに関して、スペインは『欧州のシリコンバレー』だ。IoTが多くの起業家を魅了し、興味深いエコシステムをこの国に生み出していることは間違いない」と語る。
センサー内蔵端末で「魔法」を演出
米国フロリダ州オーランド近郊にある「ウォルトディズニーワールド(WDW)リゾート」は、テーマパークやスポーツ観戦といった娯楽サービス分野におけるIoTやウエアラブル端末の導入で先行している。しかも、既に成功しつつある事例と言える。
WDWを運営する米ウォルトディズニーは、WDW園内で入場券、ホテルの鍵、園内で財布代わりに使用可能な電子マネーなどとして使えるウエアラブル端末「MagicBand」、およびそれを統合したサービス「MyMagic+」の構想を、2010年に立案した。その後、10億ドルもの初期投資と約3年半の準備期間を費やし、MagicBandとMyMagic+は顧客向けテスト段階に入り、まもなく一般顧客に対して導入された(図1)。

MagicBandにはRFIDチップが埋め込まれており、既存の紙で出来たチケットやパスなどをすべて置き換えている。「Magical Express」と呼ばれるサービスを通じてMagicBandを事前に入手した顧客は、WDWへの入場時に入園ゲートでアクセスポイントにMagicBandをかざすだけでよい。
MagicBandとアクセスポイントの双方にミッキーマウスのロゴが描かれており、操作が直感的で分かり易いように作られている。チケットが有効なら、ミッキーマウスのロゴが緑色に点滅して楽しげな音とともに問題ないことを知らせ、入園できる。チケットに何らかの問題がある場合は、ミッキーマウスのロゴは青色に光り、エラーを知らせる(図2)。

MagicBandは入園時だけでなく、園内の各アトラクションの利用時など様々な場面で活躍する。また、「ミッキーマウス」や「ミニーマウス」が、「○○さん、ディズニーランドへようこそ!」と各ゲストの名前を呼んで挨拶してくれる。あらかじめスマホの「Disney World」アプリで昼食の予約をしておくと、園内のレストラン「Be Our Guest」でも同じように同園のスタッフに挨拶され、着席したテーブルには予約時に注文した料理が自動的に運ばれてくるという。
これらMyMagic+の文字通り「魔法」のような演出は、すべてゲストが腕に付けているMagicBandのRFIDチップと園内に張り巡らされているセンサーネットワーク、バックエンドで稼働しているクラウドのコンピューターやデータベース、全従業員が使用しているスマホやタブレット端末からなるIoT技術により実現可能となっている。
ディズニーによるIoT・ビッグデータ活用に対しては、顧客対応などの面で異業種の企業からも注目が集まりつつある。実際、ウォルトディズニーには、航空会社やスポーツ関連企業からMyMagic+やMagicBandについての問い合わせが寄せられているという。
ディズニーの技術はまだ同社グループ以外の施設などでは採用されていないが、同社はライセンス供与などを検討しているとみられる。
日本でもスマホからのタクシー配車
社会インフラ分野における「IoT革命」は欧米を中心に進んでいるが、日本でも一部の分野では取り組みが始まっている。
どこにいてもスマホのアプリからタクシーやハイヤーを呼べる配車サービス。この分野では、米Uber Technologies(ウーバー・テクノロジーズ)が先駆者だ。規制などの関係で、日本を含め米国以外の国や地域では、まだウーバーが利用できない地域も多い。

それでも、タクシーやハイヤー業界ではウーバーを大きな脅威と見ている経営者も少なくない。日本交通(東京・北区)の川鍋一朗社長もそんな経営者の一人だ。
川鍋社長はウーバーや宅配ピザで顧客がスマホから簡単かつ便利にタクシーの配車やピザの注文ができることを知り、タクシーの配車をスマホでできるアプリの開発を同社で始めた。開発を始めて約3か月後の2011年1月、国内のタクシー会社として初めてタクシー配車アプリ「日本交通タクシー配車」を公開、配布を開始した。
配布当初は東京都内でしか使えなかったサービスは、全国各地のタクシー会社と提携することで同社グループの3700台だけでなく、全国で2万4000台の規模にまで拡大。アプリの名称も「全国タクシー(JapanTaxi)」として、バックエンドの処理システムは同社内でのサーバー運用から拡張性のより高いクラウド上のプラットフォームを採用するに至っている。現在、既に全国タクシーのダウンロード数は40万件を超えたとしている。
川鍋社長は2015年7月末に東京都内で開催されたIoT開発者向けのカンファレンス「Developers Summit 2015 Summer」に登壇、タクシー配車アプリ開発の現状や課題などについて講演した(図3)。
「ウェブのみの世界では、(アプリやサービスが)ほぼ出尽くした。今後はウェブとリアルの融合が進む。(IoT化により)タクシーのサービスでは、顧客の満足度を高める部分がハードウエアやソフトウエアに移動している」(川鍋社長)。
このため、日本交通では配車アプリやドライブレコーダーなどを自社グループで開発する体制を整えている。現在も技術者の採用を継続しているが、優秀なソフトウエア技術者の採用は困難なため、対策を検討中という。
タクシーに限らずサービス業におけるIoT/IoE化が進むと、価値を生み出す源泉の多くがサービスの業務や人そのものから、ハードウエアやソフトウエアに移行する可能性が高い。このため、サービス業においてアプリや業務用ハードウエアなどを自社開発するといった流れが今後も継続、拡大すると考えられる。
ウェブやアプリの世界では、その分野でトップの企業やブランドが断トツの市場シェアを獲得することが多く、2位以下との差が圧倒的になることも珍しくない。IoTの流れにまだ組み込まれていないサービス業でも、経営者は常に注意を怠らないことが必要だろう。
(テクノアソシエーツ 大場淳一)
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