「日本でなきゃダメ」 米国発技術で産業ロボに革新


「今までの産業用ロボットは、単なる製造機械にすぎなかった」――。東京大学にほど近い文京区・湯島にある32坪のオフィス。技術者の大半が外国人で、活発な英語が飛び交う中、ロセン氏は丁寧な日本語で話し始めた。
かつて産業用ロボットを動かすには、専門のオペレーターが試行錯誤しながら手作業で関節の動きを指定する必要があった。作業には膨大な手間がかかり、ロボットは教えた通りの動作を延々と繰り返すだけで応用がきかない。これがロセン氏が言う「単なる製造機械だった」という理由だ。
MUJINコントローラを使えば「周囲の環境を検知して、それに合わせてリアルタイムに自律的に動作を作り出す」という真のロボットの姿を実現できる。「工場内で自動化が必要とされている作業の中で、95%はリアルタイム制御が必要」とロセン氏は分析する。
キヤノン、日産自動車、日立製作所、富士通、ホンダなど、日本のものづくりを支える企業がMUJINの技術を既に利用し始めている。
既存のロボットで困難だった「ピッキング」
実現できる作業の具体例が、ケース内にばらばらに入った部品を拾い上げる「ばら積みピッキング」作業だ。ロボットが手先についた指で部品を拾い上げ、近くのケースに並び替えたり、別の部品に取り付けたりする。
部品を拾い上げるだけ、というと簡単に聞こえるが、従来の産業用ロボが苦手とする困難な作業だった。部品の山を3Dカメラで捉え、拾い上げる1つの部品を捕捉して向きや高さを認識する。そのうえで、ケースなどの障害物にぶつかることなく、アームをどの方向から差し込めばいいのかを判断し、ロボットに動作の指令値を送る。

こうした臨機応変さを、オペレーターが動作を手作業で指定していく従来の方法で実現することは難しかった。「ばら積みピッキングを従来の方法で実現するには、少なくとも1~2年はかかった。我々の技術を使えば最短1カ月で構築できる」とロセン氏は見積もる。導入コストも削減できる。ばら積みピッキングの場合、システム開発コストの50%を削減できる例もあるという。
従来は、製造ラインに立つ人間の工員が作業を担ってきたが、ロボットに代替させるメリットは多い。重いものを運んでも疲れないし、休まずに24時間働き続ける「止まらない工場」が実現できる。人為的なミスを防ぐための検査工程も削減できる可能性もある。
米国は産業用ロボットに抵抗感
「自分の技術を製品化するために日本に来た。日本でなければ、どうしてもダメだった」――。博士号を取得した米国ではなく、日本で起業する道を選んだ。理由は、労働人口が減り、工場の海外移転による空洞化の問題がある日本で最もニーズが高いと考えたからだ。
カーネギーメロン大学ではロボット工学の権威である金出武雄教授に師事し、研究室を訪れた多数の日本の技術者とふれ合った影響も大きかった。


米国の製造現場では、産業用ロボットに対する抵抗感が強い。導入を持ちかけると「我々の仕事を奪うのか」と反発を受けてしまう。米国では、効率を高めることで仕事を削減すれば、誰かが会社をクビになるという考え方が一般的だからだ。一方で終身雇用が残る日本では、積極的に「カイゼン」しようという土壌がある。
その前から、日本とのつながりは意識していた。カリフォルニア大学バークレー校の1年生だったころだ。ゲーム機「プレイステーション2」のシステム構成や並列処理の技術力の高さに衝撃を受け、高度な技術を生み出す秘訣を日本で学びたいと考えた。それからは図書館に泊まり込み、徹夜で日本語の本を読みあさることで、言葉を習得した。

カーネギーメロン時代には焦りも感じていた。米国では、優秀な学生ほど修士や博士課程に在籍しながら、自らのベンチャーを立ち上げて大学を離れていく。博士号を取るまで大学に残っていたら、何をやっていたの、と冗談交じりに言われてしまうほどだ。「まあ、私は博士号をゲットしてしまったわけですが」とロセン氏は苦笑する。
安全性重視の日本の工場に洗礼
「必ず自分の技術を製品化する」と誓ったロセン氏は2010年、日本の地を踏んだ。カーネギーメロン大の卒業からわずか1週間後だった。ただ、当初は日本の製造現場の事情が把握しきれていなかった。そこで東京大学の情報システム工学の研究室にポスドクとして在籍し、技術を製品化するための研究を続けることにした。
11年7月、営業のプロフェッショナルとしてのパートナーである滝野一征氏を得て、ついにMUJINを立ち上げる。
「自動で動作を決めるなんて本当に安全なのか」「事故が起きないと保証できるのか」「実績がないと判断ができない」――。全国の会社を回ると、製造の現場からは厳しい洗礼を受けた。安全性や信頼性を重視し、成功事例がないと導入しようとしない企業が多かった。「もちろん安全性は大切なこと。大事なことを学んだ」と振り返る。
根気よく交渉を続けるうちに、先進技術の導入に積極的な顧客とのテストプロジェクトが進み、12年に初めての顧客を獲得した。それからは順調に実績を積み上げていった。同年には東大のエッジキャピタルからも投資を受けた。

現在の従業員は約15人。文京区・湯島のオフィスを借りていたが、既に手狭になっており、8月末には4倍の広さを持つ本郷の新オフィスに移転する。東京大学の周辺にこだわる理由は「慣れてしまったし、東大生のインターンも受け付ける」からだ。
現在は年間10~20のプロジェクトを受けている。今後は従業員を2年以内に倍以上に増やし「4年後までに売り上げは10億円を超える規模に成長させる」と目標を立てる。
「製造業に衝撃を与える技術を提供したい。我々のチームにも、日本の社会全体にも活力を与える」と、ロセン氏は自信を見せる。産業用ロボットを受け入れる土壌を持つ日本に、MUJINの技術が根付くことで、ロボット先進国としての勢いは加速するはずだ。
(電子編集部 松元英樹)