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日々実践 メンタル向上術 米五輪選手、座禅も活用しメンタルトレーニング

東海大学体育学部教授 高妻容一

前回は、IMGアカデミーというスポーツ選手の英才教育をしている施設を紹介しました。今回は、6月に訪れたコロラドスプリングス・オリンピック・トレーニングセンターでのメンタルトレーニングを紹介しましょう。米国の五輪レベルの選手が集まる施設やメンタルトレーニングの最新情報をお伝えします。

USOC(米オリンピック委員会)オリンピック・トレーニングセンター

米国にはこのような五輪選手用のトレーニングセンターが何カ所もあります。午前9時にセンターに着くと、ショーン・マッカーム博士が出迎えてくれました。彼は1990年からこのトレーニングセンターの専属スポーツ心理学者として活動しています。現在ここでは420人のスタッフが働き、そのうちスポーツ心理学者はマッカーム博士とピーター・ハベル博士、キャロン・コーガン博士の3人がいます。

スポーツ心理学のスタッフのいるパフォーマンスセンターという建物には体育館があり、その1階には各種トレーニング機器が置かれています。また、直線のトラックが体育館の中から外まで続いていました。2階に上がる階段はトレーニングに用いられ、ダッシュ用の坂と階段があります。

私が訪れたときは、体育館の2階にあるトラックを1人の選手が走り、その横のトレーニング場では数人の選手が階段状のトレーニング機器で手と脚を鍛えていました。つまり1、2階を合わせ体育館全体がトレーニングルームになっています。たぶん、これほどの規模のトレーニングジムは日本にはないのではと思います。

パフォーマンスセンターの2階には調理場があり、バスケットボールの米ジュニア代表チームが、スムージー作りの実習をしていました。ここは選手たちに料理を学ばせる施設で、もちろん栄養指導もするのですが、食事の作り方まで教え、実践させているのには驚きました。

パフォーマンスセンターには、私が勤務する東海大の4倍はある低酸素室、ミーティングルーム、リハビリルーム、ニューロサイエンスルーム(バイオフィードバックなど生理学的指標を活用したトレーニングができる部屋)、そして各スタッフの部屋などがありました。

マインドフルネス・クラス(ハベル博士)

「マインドフルネス(今の自分に意識を集中すること)」というセッションは、オリンピック・トレーニングセンターで練習や合宿をしている選手が希望すれば、だれでも参加できるものでした。許可をもらい、このセッションに参加してみました。最初に、自転車の米代表選手が「このクラスには楽しむために来ているわけではない。試合での逆境に打ち勝つのに役立つと思うから来ています」と話してくれました。

まず、全員が座禅用の座布団に座り、メディテーション(めいそう・座禅)を約20分します。そして、テニスの選手の写真を見せて、マインドフルネスの説明がありました。例えば、フェデラー選手が「いつも緊張しています」とコメントしている写真を見せて、「今の自分に意識を集中すること、自分のやっている現在の活動に意識を集中すること」の重要性を説きます。その上で、「心理的な柔軟性を持つこと、自分(の気持ち)をオープンにすること、現在の自分にとって何が重要かを理解することです」と話が進んでいきました。

ハベル博士から「どのようにして今に集中するか、誰か自分の経験を話してください」と問われ、ある選手が「高校での音楽の時間に(そういう経験が)ありました」などと答えていました。参加者はこのように日本でいう座禅を行い、マインドフルネスをやる理由や重要性についてスポーツ心理学的な見地から説明を受け、納得した上で体験していました。

次に、歩く禅(ゆっくりと自分のペースで目を閉じて歩く)を20分行い、参加者に「何を意識し、どこに集中したか、何を考えたか」を聞いていました。ここでは実技を通してマインドフルネスを指導していましたが、座禅や歩く禅も取り入れられており、驚きでした。

日本では禅寺に行って座禅をするスポーツ選手も多いと思いますが、このトレーニングセンターではスポーツ心理学の理論と座禅という実技を組み合わせていました。禅寺に行き、ただ座禅を組むだけではなく、目的や理論的背景を教えながらやれば、日本の伝統文化をうまくスポーツのメンタルトレーニングとして活用できると思いました。

米国の五輪チームにスポーツ心理学を導入したデック・スイン博士が86年に来日した時、私が通訳やお世話係をして、日本体育協会関係者に向けて講演をしてもらいました。その際に日本のメンタルトレーニングの方法を説明すると、「なぜ西洋のまねをするのですか。日本には武道や禅などの伝統があるのに。私たちは東洋の神秘といわれる武道、禅、ヨガ、太極拳などに注目し、そこにスポーツ心理学の理論を組み合わせて活用していますよ」と言われました。私が空手6段だと知ると「なぜ空手のアイデアをうまく利用しないのですか」などとアドバイスをもらいました。

この29年前の体験を思い出しながら、米国の五輪選手たちが禅をマインドフルネスという形で実践しているのを見ていました。世界の最先端のメンタルトレーニングを学びに米国まで来て、スイン博士の言った「足元を見なさい」というアドバイスを思い出していたのです。

ハベル博士

朝からハベル博士が時間を取ってくれ、情報交換をしました。私が東海大学で実践しているメンタルトレーニング専門家の育成システムと、私が心理的サポートをしたプロ野球2チームの内容をパワーポイントで紹介し、そこからいろいろな話に発展しました。また、前日のマインドフルネスのセッションについて質問をし、日本の禅や禅寺についての話をしました。

日本のスポーツメンタルトレーニング指導士の資格取得者は研究者がほとんどで、現場で実践している資格保持者はそれほど多くない。それに対し、オリンピック・トレーニングセンターは研究ではなく、選手のパフォーマンスをどう向上させるかに集中した活動をしているということでした。

その後、彼がサポートしている自転車チームの低酸素室でのトレーニングを見学。トレーニングセンターの近くにサイクリング場があり、そこではバイクが自転車を引っ張るようなトレーニングをしていました。もうすぐ屋根ができ、冬でもトレーニングができるようになるといいます。キッチンでは五輪の自転車競技で金メダルを獲得したプロのシェフが料理を教えていました。普段は、栄養士がスポーツ選手用の料理を指導するそうです。

マッカーム博士

マッカーム博士とも1日半にわたり、情報交換をしました。私が東海大学で行っているメンタルトレーニングの専門家育成システムの話をし、彼からはオリンピック・トレーニングセンターで指導、サポートしていることを説明してもらいました。彼が私と同じようなやり方で五輪選手を指導しているのを聞いて、安心すると同時に、海外で研修した成果が日本での私たちの指導、サポートで役立っていることを再確認しました。

特別に米国代表選手向けのメンタルトレーニング講習会で使う資料も見せてくれました。以下のような内容が含まれていました。

チームUSAとして「あなたは準備ができていますか」「あなたが最も重要なパフォーマンスを発揮するとき、何をしますか」「どのようにトレーニングを試合で活用しますか」「金メダリストの何%が、どんな無意識の行動(習慣)をしていると思いますか」

「ルーティンのパワーを知っていますか。選手の行動の40%は無意識のもの(習慣)です。その習慣があると簡単にすばらしいプレーができるのです。考え方の習慣をつくることが重要で、試合のときにどんな無意識の考えができるかが、あなたの成功を左右します」「あなたはどれだけ無意識に、プラス・マイナス思考になりますか」「どれだけ新しい習慣をつくるかが重要です。そのためには、メンタル面のトレーニングが必要です」

「スティーブ・ナッシュ選手というバスケットボールのフリースローの得点王は、いつも同じルーティンをしています」「私たちは、練習時のフリースローの成功率と試合での成功率を20選手で比較したデータを見せ、いくら練習でできても試合で成功しなければ問題だという話をコーチや選手にします」

「どのようにして無意識の行動ができるようにトレーニングしますか」「プレッシャーがかかる状況になったとき、どんなキュー(合図・気持ちの切り替え)を使いますか」「プレッシャーの下でもゾーンに入れますか」「試合のプレッシャーの中で、いかにしてベストを出せるかの準備が必要です。プレッシャーの下では習慣、自動化、プランが必要なのです」「あなたはどんなプレー、レースがしたいのか? スタートは?途中では?ラストでは?などのプランができていますか」「プレッシャーの下でのパフォーマンス発揮、習慣づけ、そして気持ちのパワーの使い方はどうしていますか」

このように、今回は米国の五輪代表レベルでのメンタルトレーニングを学ぶことができました。そして、私たちが指導・サポートしている方法も彼らと違わないと確認でき、自信を持つことができました。

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