フルスイングの余韻(山崎武司)

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高校で得た「理不尽への免疫」 野球人生の糧に

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2015/8/16 6:30
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甲子園に最も近づいたのは1985年、2年生の夏だった。後に中日にドラフト1位で入り、巨人とのデビュー戦でノーヒットノーランを達成する近藤真一(現中日投手コーチ、現在の登録名は真市)を擁する優勝候補の享栄を準々決勝で倒した。準決勝では中京を撃破。決勝の東邦は享栄などに比べて力が落ちるから、当然勝てると思い込んでいた。同点の九回裏の攻撃は無死満塁で3ボール。あと1ボールでサヨナラ押し出しというところまで追い詰めた。ところが相手投手がそこから粘り、得点できず。延長戦で負けてしまった。一発勝負では力があるから勝てるとは限らないことを学んだ。

同期・近藤の衝撃デビューに悔しさ

翌年のドラフトで近藤は5球団競合の末、抽選で中日に入団した。その時の2位が僕だった。同期入団とはいっても実力、注目度とも近藤はずばぬけていて、僕のことなど眼中になかっただろう。それでもこちらは対抗意識満々で、しゃべることもなかった。近藤が衝撃のデビューを飾ったときは取り残された気がして、喜ぶどころではなく、悔しかった。

ところが近藤はその後、肩や肘の故障に悩まされ、わずか8年で現役生活を終えた。口を利くようになったのは彼が引退してからだ。スコアラーやスカウトなど裏方としてチームに携わるようになった近藤は、僕のことを何かと気にかけてくれた。子供のころから「怪物」といわれ、王道を歩き続けた男にとってプロでの挫折はつらかったと思う。それがお互いに立場が変わると、腹を割って話せる間柄になるのだから面白い。高校2年の夏の準々決勝は今でも話題になる。あの試合、享栄ベンチの指示で僕は2回敬遠された。「勝負してほしかったな」「俺も勝負したかったよ」と言って笑うのだ。

忍耐の大事さ、プロ入り後も実感

もう一度、高校時代に戻りたいかと聞かれたら絶対に嫌だ。しかし、あの3年間で身につけたものは確かにあって、それは野球よりも、「理不尽への免疫」というようなものだ。例えばプロ入り後、目的のよく分からない練習をやらされた時でも、「3時間もすれば終わるんだから」と考えられるようになった。高校時代、延々と続いた先輩の理不尽に比べれば、3時間などたかが知れている。

納得できないことも、いずれ時間が解決してくれると思えば、簡単に投げ出すことはない。プロ入りした時、やんちゃな僕は同期の中で一番早くクビになるだろうといわれていた。それが、色々と腹の立つこともありながら27年も現役生活を送れたのだから、やはり高校時代に獲得した「理不尽への免疫」には感謝しなければならない。

(野球評論家)

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