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福島瑞穂・前社民党党首「全てを失うと思った」
(8月9日付朝刊 日曜に考える・政界面関連インタビュー)

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2015/8/9 3:30
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2009年の衆院選で勝利した民主党中心の連立政権が誕生してから8カ月半後の10年5月。社民党党首として沖縄県の米軍普天間基地の辺野古移設に反対する福島瑞穂消費者・少子化担当相は、移設先を「辺野古」と明記した政府方針への署名を拒否し、鳩山由紀夫首相に閣僚を罷免された。その後、社民党は連立を離脱し、鳩山政権もまもなく退陣に追い込まれた。福島氏に連立離脱に至る経緯を聞いた。

――政権交代前から移設先について「国外・県外」を主張し続けていた鳩山氏が、自公政権時代と同じ「名護市辺野古」に回帰したのはいつごろですか。

「署名しなくてよかった。政治判断は絶対に間違っていなかった」と語る福島氏

「署名しなくてよかった。政治判断は絶対に間違っていなかった」と語る福島氏

「09年12月25日に鳩山さんが記者会見で『10年5月までに移設先を決定したい』と表明してしまった。この会見以降、官邸の首相執務室で2人になったときに『国外・県外という約束は守ってください』と数回にわたって話した。ただ鳩山さんは移設先を辺野古にするとは、会見の段階では思ってなかったと思う。鳩山さんは首相就任当初から『国外・県外』を言い続け、10年3月31日の党首討論で『腹案がある』と言った時点の腹案の中身も『県外』だった。最後に腹案がつぶれていく中で、辺野古しかないと決断したのは、5月4日の沖縄訪問の直前だったと思う」

――当時の社民党内には「辺野古」を明記した政府方針について、閣議決定ではなく首相談話にすれば受け入れの余地があったとする連立維持派も多かったと聞きます。

「そういうテクニカルなことより、何とかして辺野古での新基地建設を止めたいと思っていた。閣議決定から首相談話にランクダウンしたり、文言をちょっと変えたりしても、結局、辺野古の新基地建設賛成ということになるのであれば、それはダメだと思っていた。文言調整だけしたところで、沖縄の人は辺野古の新基地建設を容認したと見て、だまされないぞとなる」

■「署名しても大したことはない、と言われた」

――政府方針に署名しなかった判断について、どのように総括していますか。

「当時、ある閣僚から『署名しようが署名しまいが、沖縄の人たちがこれだけ反対しているんだから、辺野古に新基地は作れない。署名しても大したことはない』と説得された。社民党内からも、政府方針が示される5月28日の臨時閣議直前になって『署名をすべきだ』とものすごく言われた。でも署名しなくてよかった。その政治判断は絶対に間違っていなかった」

「官邸や霞が関の狭い範囲で考えていては物事の本質は見えない。沖縄の人々とこの問題を解決すべきだと思っていた。それで沖縄に行って力をもらおうと思い、与党内の調整が大詰めだった5月25日に名護市に向かった。そこで私が『誰と一緒に戦っているのか』『何のために戦っているか』について再確認できた。名護市での住民との意見交換会が、署名拒否の最大の原動力となった」

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