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名将・中村順司氏の指導哲学「高校野球は社会の縮図」

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2015/8/6 6:30
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PL学園高(大阪)の監督として春夏の甲子園で計6回の優勝を誇り、甲子園で通算58勝を挙げた中村順司・名古屋商大硬式野球部監督。桑田真澄、清原和博のKKコンビをはじめ、数多くの選手をプロ野球に送り出した名将にとって、今年で全国大会の誕生から100年の節目を迎えた高校野球とは、どんな舞台だったのか。指導哲学などを聞いた。

インタビューに答える中村順司・元PL学園高監督

インタビューに答える中村順司・元PL学園高監督

――監督を務めた1981年からの18年間は、有力な選手が各地から集まった。プロを目指す超高校級の選手もいる中で心がけた指導とは。

「高校生だから、選手たちはみんな甲子園に行きたいと思っている。でも、僕は選手たちに甲子園という言葉をひと言も言わなかった。プロ球界に進めるのは一握りでも、より多くの教え子に大学や社会人でもプレーを続けてもらうのが目標だったから『高校で終わりじゃないぞ』と、ことあるごとに言いながら指導に当たった」

ハードで長時間より効率的な練習

――チームを強くするための練習とは。

「うちは全寮制で部員が最大60人ということもあり、全体練習ではレギュラー組と控え組に分けなかった。全員が同じメニューの中でやることで、互いの力量が分かり、チーム内の競争意識も高まる」

「監督就任の前にコーチを4年間した経験から、ハードな練習を長時間やるよりも、効率的な練習をしたほうがいいと感じていた。全体練習は、例えば午後2時半に始まったら午後6時すぎには終わらせ、あとは自主練習をさせた。それぞれの課題、テーマを自覚させる意味もあるし、疲れ切って寮に帰り、ばたんきゅうの生活で『もう、野球をやりたくない』という燃え尽き症候群になってしまってはいけないと思った」

――甲子園で最も思い出に残る試合は。

「1試合と言われたら困るけど、監督として初めて甲子園に行き、足ががたがた震えながら采配を振るった1981年選抜初戦の岡山理大付高との試合かな。スタンドの大観衆に背後からも見つめられ、追い立てられるような錯覚を起こした。甲子園では何かサインを出して手を打たなきゃと焦ったとき、やるのは選手なんだから、選手が日ごろの力を試合で出せるよう、適切にアドバイスをすればいいんだと思い起こせたのが大きかった」

「その大会の決勝戦では『おい、今日は泥んこになって暴れ回ってこい』と言って選手を送り出した。そうしたら、吉村禎章(元巨人)たちが試合前、一塁側のベンチ前にあるグラウンドの土を顔に塗って試合に臨み、逆転で優勝。汚れた顔で校歌を歌っている姿を見て『勝つぞ』とか『優勝するぞ』と言うよりも、思いが素直に伝わったと思った」

桑田、清原も苦しみと努力で成長

――桑田、清原の1年生コンビを擁し、甲子園3連覇を目指した池田高(徳島)のエース水野雄仁(元巨人)を打ち砕いた83年夏の準決勝が印象深い。

「よく右打者は右方向に打てとかそういう指導をするけれど、水野くんの球はそんなことをできるような球じゃないと思った。ファウルでカウントを稼がれて追い込まれるんだったら『思いっきり振ってこい。インコースに来たら引っ張れ』という表現をした。負けてもともと、ぐらいの気持ちで臨んだのが勝利につながった」

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