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「都立の星」の甲子園 国立高・元ナインに聞く(下)

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2015/8/5 6:30
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二塁手・村松氏「甲子園、試合出られず悔しい思い。今は輝く宝物に」

甲子園に出場した国立高で背番号「4」をつけながら都大会の途中からレギュラーを外れた村松一樹さん。現在は帯広日産自動車社長

甲子園に出場した国立高で背番号「4」をつけながら都大会の途中からレギュラーを外れた村松一樹さん。現在は帯広日産自動車社長

都立国立高校で背番号「4」をつけた村松一樹さん(53)の高校最後の夏は、予選の都大会3回戦で終わった。次の試合からレギュラーを外れ、甲子園ではベンチ入りしたものの一度も出番がなかった。この経験は野球少年だった村松さんが30歳をすぎるまで野球を観戦することができないほどのつらいものとなったが、帯広日産自動車の社長となったいまは「あの経験があったからこそ、経営者として自信がもてる」と語る。

――二塁手のレギュラー背番号「4」をつけながらも甲子園ではベンチを温めていました。

「監督から『代打の用意をしておけ』と言われ、三回からベンチ裏でずっと素振りをしていて試合を見ていない。結局、代打の機会はなく、夢の舞台は実感がないままに終わってしまった」

「高校最後の夏は予選の1回戦と3回戦に出たっきりで、その後は一度も試合に出ていない。あの夏は自分に対する反省の気持ちしかない。一時は寝ても覚めても思い出していたくらい強烈な記憶だ」

前向きさ欠き、気持ちで負けていた

――負傷をしたわけでもなかった。

「問題は努力を怠ったこと。小学校からリトルリーグに入り中学でも野球部だったので入部当初はそこそこの自信があった。2年時から背番号『4』をつけ幸先がよいスタートだったが、その後(市川)武史らと同じ努力とをしたかといえば決してそうではない。前向きに目標へ向かって熱く進む思いにおいて武史らと自分とでは確実に差があった」

――そんなに差がありましたか。

「私は甲子園に行けるとはまったく思っていなかったが、武史は自分の机の前に『目指せ甲子園』と書き、本気で甲子園を目指していたと聞く。雨天の練習で校内の階段を上り下りしたとき、私は嫌で嫌でたまらなく苦渋の一歩だったが、武史はトントンと跳びはねるように一歩一歩積み上げていった。下から見上げたその後ろ姿はまるで天に昇っていくようにも見えた。その光景はいまでもよく覚えている」

「あの夏は自分への反省の気持ちしかない」。その後、30歳をすぎるまで野球を観戦することができなかった

「あの夏は自分への反省の気持ちしかない」。その後、30歳をすぎるまで野球を観戦することができなかった

「もちろん自分も毎日練習はしていたから、見た目には差はなかったかもしれないが、自分を鍛錬する気持ちや技術を上げようとする気持ちは、最後までレギュラーになった選手に負けていた。これは当時はわからなかったが、その後メンバーと話して違いに気づいた」

――夏の予選でチームは勝ち進んでいきました。

「武史のピッチングも良かったが運の良さもある。決勝相手の駒沢大学高はシード校ではなかった。予選直前の練習試合で14点も取られた日大二高のような優勝候補といわれた強豪が途中で負けていたことは運が良かった。決勝でも九回表に武史の失敗にみえたスクイズを駒大高のピッチャーが捕れなかったなど、予選を通じて運がいいと思える場面が何度もあった」

「私がスタメンから外れた4回戦でシード校の錦城に勝ったあたりから、試合に勝つごとにバッテリーや野手の実力が着実に上がっていった。どんどんと自分の手の届かないレベルに選手がいってしまい、レギュラー選手以外のメンバーが入る余地がなくなっていた。ただ、守備はできなくても代打にでることはできただろうし、やりたかった」

――悔しい高校野球人生の締めくくりでしたね。

「甲子園出場後もレギュラーから外れたことを引きずり勉強に身が入らなかった。結果、大学受験に失敗し取り残された気持ちでいっぱいだった」

「しかし浪人中に『このままでは本当に俺はダメになってしまう』と気づき、『それでいいのか。俺もあの素晴らしい仲間の中にいたことがあるじゃないか』と自分を鼓舞した。問題は皆のように熱くなれなかったこと、努力を怠ったことにあるわけで、逆に自分も熱くなれば、努力すれば、また仲間に入って生きていけると思えるようになった。大学に入り社会復帰した感じだ」

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