2019年3月26日(火)

小説家・浅田次郎氏 「死者の重圧、筆震えた」(戦争と私)
戦後70年インタビュー

2015/8/13 2:00
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日本ペンクラブ会長で、歴史小説など数多くの作品を書いてきた浅田次郎さん(63)に、戦争小説を書いた時の経験などについて聞いた。

――戦争に対するイメージを教えてください。

「戦後生まれだから直接の影響はほとんど受けていない。父親は終戦の年に招集され、母親は軍需工場で働いていたが、当時の話はあまり聞かなかった。失敗とか苦労とか負の記憶はあまり子供に言わないよ。むしろ祖父母からは聞いた。若い時は口に出したくなくても、年をとって考えがまとまり、『語り継がなきゃいけない』となる人は多い。だから70年たって風化しているとはいえ、今だからこそ出てくる戦争の記憶もあると思う」

浅田次郎(あさだ・じろう)氏 東京都生まれ。1991年デビュー。著書に「鉄道員」(直木賞)、「蒼穹の昴」、「壬生義士伝」など。2011年日本ペンクラブ会長。63歳。 

浅田次郎(あさだ・じろう)氏 東京都生まれ。1991年デビュー。著書に「鉄道員」(直木賞)、「蒼穹の昴」、「壬生義士伝」など。2011年日本ペンクラブ会長。63歳。 

「最も実感として戦争を考えたのは、三島由紀夫の自殺に衝撃を受け、18歳で入隊した自衛隊の時。当時は戦争経験がある上官も多くいて、旧日本軍の乱暴な習慣が色濃く残っていた。演習で小銃や機関銃の弾が飛んできて、『これが実際の戦場ならどんなに怖いだろう。地獄だ』と感じた。3日間飯を食えないような訓練もあり、そこで初めて『飢え、寝られない、喉が渇くってこういうことか』と実感した」

――2010年に出版した長編「終わらざる夏」では、玉音放送の3日後に千島列島の占守島で始まったソ連との戦いを、直前に招集されて島に向かう兵士の目線で書きました。

「昔から書きたいテーマで、ある程度知識には自信があったけど、連載中『あの内容は違う』とか『言葉遣いがちがう』とか、戦闘の経験者から手紙や電話でおしかりをもらう。そのうち『これも間違えているかも』と怖くなって筆が鈍る。筆が進むと怖さが異質なものに変わった。同じ経験者でも戦死者や戦後亡くなった人は、僕が間違ったことを書いても何も言えない。その人達に対して、小説家としてどう責任を取れるのか。沈黙しかできない死者の重圧は、生きている人のおしかりとは比べものにならない。重要な局面にくると、筆を持つ手が震えるくらい怖かった」

「出版後のサイン会で、占守島の通信隊にいたというおじいさんに会い、経験談を聞いた。戦闘中も無線を打ち続け、ソ連兵が迫ってきた時、『そこまで!』と隊長が叫んで、無線機のコードを引きちぎって、銃で片っ端からたたき壊して、弾を詰めて駆けだしたという。事実は小説より奇なりだね。そんなシーンは小説家の頭では思いつかない。経験者からソ連兵が登場することに『どうしてソ連兵の肩を持つのか』と言われたこともある。気持ちはわかるけど、あの小説は、あくまで戦争という犯罪を書いている。戦争の中ではソ連兵も被害者だったと思う」

――「戦争という犯罪」とはどういうことですか?

「どんな大義があっても、人殺しだから。自衛隊の時に忘れられない経験がある。歩哨について『相手に問いただしても返答がなければ射殺してよい』と教わった時、隣の奴が『教えてくれ。射殺って、俺が殺人犯になって、警察に捕まるんじゃないのか』って言うんだよ。本当に素朴な疑問なんだけど、真理なんだ。やっぱり犯罪なんだよ。殺人が合法的に許される行為ともいえる。そんな行為が国家単位で行われるのが戦争。誰もが呪わなきゃいけないし、絶やすための努力を続けないといけない」

「70年間戦争をしないでいたことを、日本はもっと胸を張って世界にアピールできる」と語る浅田氏

「70年間戦争をしないでいたことを、日本はもっと胸を張って世界にアピールできる」と語る浅田氏

「軍隊=悪、国民=善という見方も多いけど、徴兵制がある限り、軍隊=国民だ。運転手、八百屋といった職業を持ち、家族もいる人たちが、召集令状1枚で動員され、国民の義務として、どこでも行って、命令の下で銃を持って殺し合い、飢え死にしなければならない。『終わらざる夏』の冒頭、召集令状が届くまでの一連の流れを書いた。参謀本部で人数をはじきだし、全国に振り分け、支管区、連隊区に下ろす。最終的に名簿の中から戦地に行く人の名前を決める人や、赤紙を届ける人がいる。そういう残酷なシステムだった」

「占守島の戦いはソ連軍が明らかに恣意的に攻撃を仕掛けてきた。2万人以上の精鋭部隊が守ると知っていながら、8000人で上陸するのは明らかに無謀で、ソ連側に何か謎がある。『終わらざる夏』ではその謎を、ある仮説に基づいて解いてみた。小説家は歴史学者と違い、想像してウソをつける商売だ。仮説でも堂々と書くことに小説家の使命があるし、戦争を小説の形にして世に示すことこそ、僕の仕事だと思う。ウソをつく以上、最低限の責任として、勉強はするし、史実を覆すようなウソはつかない。その上で『確証はないけど、こういうことがあってもいい』というストーリーをのせている」

――安全保障関連法案について、日本ペンクラブで「全ての廃案を求める」とする抗議声明を出しました。

「今回、国民の了解を得る前に、米議会で(首相の)安倍(晋三)さんが法案を通すと約束したことは、全く納得できない。衆議院の数の優位を見越してるわけで、少数派を説得して理解を得て総意をつくる、という民主主義の考えが抜けている。内容についても、あそこまでいくと軍事同盟だから、専守防衛にはならない。僕らの年代の人は実感として、あの法律の危険性がわかる」

「日本は世界平和に対していろんな資格がある。唯一核攻撃を浴びた国として、世界で核廃絶を呼びかける中心になれる。70年間戦争をしないでいたことは、もっと胸を張って世界にアピールできる。国家的にこうした運動を毅然と続けていれば、世界から尊敬されたと思いますよ」

(聞き手は社会部 伴正春)

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緒方氏は「安保法案でどのように世界に役立てるのか、見取り図をもっとしっかり出すべきだ」と指摘する。

緒方貞子氏「ODA超えた貢献を」[有料会員限定]

2015/8/13 2:00

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