2018年9月20日(木)

岸信介が眺めた地球儀(風見鶏)

(1/2ページ)
2015/7/19付
保存
共有
印刷
その他

 静岡県御殿場市にある岸信介元首相の旧邸は、玄関を入り、ホールを抜けた右側に書斎がある。岸は親しい人とはここで会ったらしい。執務机の右に、直径1メートルに近い、立派な地球儀が置かれている。

 1970年から17年間、岸は御殿場に住んだ。若き日の安倍晋三首相は地球儀を眺める祖父を見た。安倍政権の「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」は、これと無縁でないのだろう。

 岸は地球全体を見渡す国際派よりも、日米基軸論者の印象が強い。60年に日米安全保障条約を改定したためである。例えば田中秀征氏(元経済企画庁長官)は次のように語る(朝日新聞2015年5月15日)。

 「安倍晋三首相が祖父、岸信介元首相の同盟強化路線を引き継ぐのではなく、岸氏の先代である石橋湛山元首相の国際協調路線に転換すべきだった」

 「2カ月で石橋氏は病気退陣し、岸氏が後継首相となります。石橋氏が集団的自衛権(同盟)よりも集団安全保障(国連)を重要視した点で2人の首相には大きな違いがありました」

 見出しは「国連重視の石橋構想、今こそ」だった。石橋内閣の官房長官だった石田博英の秘書をつとめた田中氏は石橋の政治的な孫にあたる。

 が、実は石田は岸内閣の最初の5カ月間も官房長官をつとめた。岸首相、石田官房長官の下で57年5月20日に閣議決定した「国防の基本方針」をみる限り、岸が国連より同盟を重視したとは断定しにくい。

 「国防の基本方針」の決定は、日本の国連加盟の5カ月後である。第1項は「国際連合の活動を支持し、国際間の協調をはかり、世界平和の実現を期する」とある。国連中心の国際協調主義である。

 最後の第4項で日米安保体制に触れる。だが「外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する」と、国連への期待を捨てない。

  • 1
  • 2
  • 次へ

秋割実施中!日経Wプランが12月末までお得!

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報