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日本刀、世界に比類なき強さの秘密

神が宿る武器「日本刀」(2)

 信じがたいほど切れるのに、折れずに曲がらない――。切れ味を増そうとすれば折れやすくなり、折れにくくすれば曲がりやすくなるという、「鉄の本性」さえ覆してしまう日本刀。この比類なき刃物の原型が現れたのは、今から900年近く前の平安時代末期。続く鎌倉時代には、一つの頂点を迎えたという。以来、日本刀はそれぞれの時代の刀工によって綿々と作り続けられ、今日に至るまで健全な姿で伝えられている。

日本刀特有のその姿。特徴的なのは、反りと鎬造(しのぎづくり)だろう。刃を外周として弧状に反らし、さらに強度を損なわないように注意深く肉をそぎ落とした日本刀は、軽く、振り回しやすい。

断面形状も独特で、刀身の背側にあたる棟に沿って小高い線の鎬(しのぎ)を通している。こうすることで断面は複雑な六角形となり、強度が増すのである。

刃文の意味

そんな日本刀の素材である玉鋼(たまはがね)は、良質の砂鉄を木炭で低温還元する日本古来のたたら製鉄法を使って作られた鋼だ。

炭素以外の不純物、中でも脆さなどの要因となる硫黄やリンをほとんど含まない、極めて純度の高い鋼である。この玉鋼に古い鉄などを混ぜて鍛えて地鉄とする。さらに刃の部分は炭素含量が多く硬いものを、内側の芯には炭素含量が少なく軟らかいものをというように、硬度の異なる地鉄を組み合わせる。こうすることで、信じがたい強靭(きょうじん)さが生み出されるのだ。

刃文は刀身に描かれる模様である。刃の部分が強く焼入れされた状態となっており、焼きの入っていない地鉄の部分との境界部分が刃文として現れる。

写真:宮田昌彦
伊勢神宮式年遷宮矛(写真:宮田昌彦)

焼入れの際は、刀身を加熱して赤めた後、水に入れて急冷する。こうすることで鋼の組織が安定的なオーステナイト(面心立方格子)からマルテンサイト(体心正方格子)に変わる(マルテンサイト変態)。こうしてできたマルテンサイトは、極めて硬く、よく切れる。しかし、脆い。

だから、必要不可欠な刃の部分にのみ強く焼きを入れ、さらに焼戻しをかけて靭性を出す。これも「よく切れる」のに「折れず曲がらず」という特性をもたらす一つの要因である。

日本刀独特の反りも、この焼入れをルーツとして生まれたものだといわれている。鋼は、マルテンサイト変態に伴い体積を増す。このため、刃の側が伸び、全体として反りが生まれる。

さらにこの反りが生じる過程で、刃の部分には強い圧縮応力が蓄えられることになる。この内部応力が切る際に刀身に加わる力を相殺し、折れを防ぐ。

世界に比類なき存在

こうした要素を一つずつ抜き出してみれば、他国の刃物や刀剣類にも類似のものを発見することができる。けれど、これだけ理に適った要素がことごとく詰め込まれたものは、まず見当たらない。

河内國平作の大小刀と古原秀樹の蒔絵による拵。大小刀には禅語の「百花為誰開」の銘があり、それに呼応するように、拵には花寄せ文が蒔絵で描かれている(写真:宮田昌彦)

例えば、中国には青龍刀というものがあり、反りがある。けれど、単一材料で作ったもので、鎬造りのような凝った構造にはなっていない。インドでかつて作られていたといわれる幻の素材、ダマスカス鋼を使った刀剣類も多く残っており、その地鉄には折返し鍛錬によって鍛えられた日本刀の鋼にも似た地紋が現れている。

しかし、日本刀に施されているような繊細な地紋はない。西洋の伝統的な刀に至っては、そのほとんどが両刃の剣形で、一般的には鉄鉱石を溶解して作られた鋼を単独で使ったものである。力強さや装飾の豪華さはあっても、日本刀のような鋭い切れ味や強靭さは望むべくもない。

そんな日本刀が、存亡の危機に立たされたことがあった。第二次世界大戦後、連合軍によって日本は武装解除を申し渡され、その際に日本刀も没収の対象となったのである。

事態を受け、有志たちが立ち上がった。彼らの働きかけで、審査によって「正しく伝統的な製法で作られた日本刀である」ことが証明されれば、登録などの手続きを経て日本刀を所有することが可能になったのである。作刀も、許可制ながら昭和28年には解禁になった。

それは、日本刀が単なる武器ではないことの証明でもある。たとえば現在、国宝に指定されている刀剣類は約110点にのぼる。これは全国宝1076点の約10%に当たり、工芸品252点の約40%を占める計算になる。武器ではなく文化財として、それだけの重みを占めているのである。

現代に限ったことではない。日本刀はずっと昔から、道具でありながら美術品でもあり、さらにいえば、神器でもあったのだ。

使う気にさせないのが名刀

世に「三種の神器」と呼ばれるものがある。本来は天孫降臨の際に天照大神から授けられ、歴代天皇が継承してきたとされる三つの宝物を指すが、その中に天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)がある。

このほかにも、たとえばご神体として崇拝の対象となっている刀剣類は数知れない。この世のものと思えないほど美しく鋭利な刀には必ずや神が宿り、邪なるものを両断し滅ぼしてくれると古人は考え、畏れ、奉ったのだろう。

こうして、日本刀は生き続けてきた。今でも国内に300万振(ふり)ほどは現存するとの推計がある。これらの大多数は審査済みだから、簡単な手続きさえすれば普通に所有もできる。

けれどもそれらは、その気になって使えば相当に強力な武器にもなるものだ。ところが膨大にあり、かつ入手も容易であるにもかかわらず、それらが実際に犯罪で使われる例は極めて少ない。

それが日本刀の力ということなのか。ある刀匠はこう語ったという。名刀とは「それを見ただけで争いの愚かさを悟らせ、お互いに刀をおさめようという気持ちにさせるもの」なのだと。名刀にあらずとも、正統な製法で作り出された日本刀は、強さや美しさ、そしてその先に、ある種の畏れを感じさせるものであるらしい。

そして当然のごとく、その作り手になるための道は、険しく狭い。

作ることができる刀は月二本まで

今でも一般に350人から400人の刀匠がいるとされるが、その一員となるためには、すでに作刀許可を持つ刀匠のもとで4年以上修業をした上で都道府県の教育委員会の推薦を取り付け、毎年1回行う文化庁主催の「美術刀剣刀匠技術保存研修会」を受講し修了しなければならない。

写真:宮田昌彦
写真:宮田昌彦

研修会とはいうものの、実際は受講者の作刀技術を見極める実地試験のようなものである。そこで、講師たちに技術が未熟と判断されると途中でも受講停止を言い渡され、翌年再受講しなければならない。無事受講を修了し、作刀許可を持つと晴れて「刀匠」となる。

その先がまた厳しい。刀剣の需要の少ない現代において、作刀のみで暮らして行ける刀匠はほんの一握りにすぎないからだ。実際、修業を経て資格を得ながらも、ほとんど作刀は行なっていない刀匠がかなりの数にのぼるという。

さまざまな面から見て逆風の状況にもかかわらず、ふるいにふるわれた少数精鋭の刀匠たちは、文化庁の規定に従い、二尺以上の刀、太刀などは月に二振、二尺以下の脇差し、短刀などは月に三振まで、という原則の範囲で作刀を続けている。

伝統工芸の世界において、作り手の高齢化、後継者不足が顕在化しているが、刀剣界では、他に比べればまだ若い作り手の割合も多いようだ。日本刀には、伝統文化などあまり学んだこともない若い人さえもひき付ける、普遍的な魅力が備わっているのだろうか。

そう想像したくなるほど、日本人と日本刀の関係は長い。その原型が現れたのは平安末期、何と今から900年近くも前なのである。

(ライター 服部夏生、日経BP未来研究所 仲森智博)

[日経BPムック『日本刀 神が宿る武器』の記事を再構成]

[参考]日経BP社は2015年6月30日、ムック「日本刀 神が宿る武器」を発売した。世界最強の刃物とされる日本刀は、武器であると同時に美術品であり、ときとして神器として崇められる存在である。平安期にさかのぼる歴史、驚異的な機能の秘密を探るとともに材料となる玉鋼の選別から鍛え、焼入れ、研ぎ(鍛冶押し)まで、日本刀作製の全工程を、当代随一の刀匠、河内國平氏の作刀作業を豊富な写真とともに開示する。

日本刀 神が宿る武器(日経BPムック) (日経BPムック)

著者:服部夏生, 仲森智博
出版:日経BP社
価格:1,800円(税込み)

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