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物理学者・益川敏英氏「学問より人類愛せ」(戦争と私)

戦後70年インタビュー

近現代史において、科学技術の進歩は、社会の発展に寄与する一方で、原子爆弾をはじめ、新たな兵器を生み出してきた。科学者は先の大戦をどう受け止めているのか。戦後70年。名古屋空襲を経験し、護憲活動にも参加するノーベル物理学賞受賞者の益川敏英氏に聞いた。

――戦争の体験を教えて下さい。

「5歳だった1945年3月12日に名古屋空襲があった。自宅の屋根と2階を突き破って1階の土間まで焼夷弾(しょういだん)が落ちてきて、目の前でコロコロッと転がっていった。たまたま不発弾だったが、爆発していたら、大やけどするか死んでいた。次に覚えているのはおやじが家財道具をリヤカーに積んで、その上に僕をちょこんと乗っけて必死に逃げている姿だ。両親の顔が炎で赤く照らされていた。それが戦争中の記憶だ」

益川敏英(ますかわ・としひで)氏 愛知県生まれ。名古屋大大学院博士課程修了。専門は素粒子論。2008年ノーベル物理学賞受賞。名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長、京都大名誉教授。75歳。

「戦後は生活の大変さはあるけども、青空天井みたいにのびのびとしていた。軍政下から解放されてみんな精神的に明るかった。日に日に生活が改善されていくから、希望があったんだと思う」

――日本はなぜ戦争をしたと思いますか。

「日清戦争や日露戦争で勝って、味を占めたんでしょうね。それで軍部が独走していく。今なら戦争したくないって思ったら公にできたが、当時はできなかった」

「僕は戦争は生理的に受け付けない。戦前に朝鮮半島へ渡った祖父母がいて、現地で農地を貸して生活していた。妹が祖母に話を聞きたがる。でも僕はそういう話が大嫌いで、『それは侵略じゃないか』と怒鳴ったことがあったそうだ」

「虫も殺せないような人が平気で人を殺せるようになってしまうのが戦争だ。組織の中で動いてしまう。だから恐ろしい」

――1955年に世界の科学者らが「ラッセル・アインシュタイン宣言」で核廃絶を訴えました。

「宣言を読むと、人類滅亡への強い危機感で書かれているのが分かる。僕はそれより少し身近に1人1人の今の生活を守りたいという思いで話をしている。少数の意思で多くの人が亡くなるなんて許されることじゃない」

「『科学者は科学者として学問を愛するより以前に、まず人間として人類を愛さなければならない』。恩師の坂田昌一先生(元名古屋大教授)から頂いた言葉だ。坂田先生は平和運動に熱心に取り組まれていた。原子力について『民主』『自主』『公開』と平和に管理していく必要があると主張していた」

――平和に対する科学者の責任についてどう考えますか。

「科学者は放っておいたら自分の研究室で研究している方が面白い。本人にそのつもりがなくても、自分が開発した技術が戦闘機に使われるようなことも起こりうる。それに気付いたら科学者は社会に報告すべきなんでしょうね。でも普通はしない。だから集会や社会に連れ出したらいいんだ。すると、平和が危ういということはすぐに分かるんだから」

――ノーベル賞受賞後に「戦争は200年もすればなくなる」と発言し注目されました。

「友達にも能天気だなと笑われた。戦争をなくすのはそう単純なことじゃない。でも歴史を100年単位で見てみると、確実に人類は進歩している。例えば19世紀までは皇帝や王様の欲望で戦争していたのが、20世紀には近代国家が国家の名の下に戦争するようになった。今では油の輸送路を確保したいとか経済的な独立を勝ちとろうという動きが争いの火種となっている。実質植民地的な支配を受けているところはあるし、宗教上のぶつかり合いなどは起こっているが、世界大戦のような事態にはならないんじゃないか。戦争はよくないという価値観が生まれ始めている。それがだんだん強くなっていくと思う」

――講演会などで積極的に戦争体験をお話しされていますね。

「僕に課せられた責任だと思っている。僕は京都大で小林誠君と一緒に素粒子理論を研究していた時も京大職員組合の書記長をやっていた。人間二足のわらじがはけないようじゃいけねえなんて粋がっていた。だから僕の人生は、必ずほかのことをやっている。おそらく自分が戦争の記憶がある最後の年代でしょうね。それも何度も戦争のことを話す理由の一つになっている」

戦争体験を話すことは「僕に課せられた責任」と語る益川氏

「広島出身の名古屋大の先輩が原爆の時の体験を書いた手記を読んだことがある。爆風で家が倒れてお母さんが下敷きになって逃げ出せない。辺りから火が迫ってくる。お母さんが、おまえだけ逃げなさいと言って、それが最後だったというのが書いてあった。僕の記憶なんか足元にも及ばないような大変なことがたくさんあった」

――「九条科学者の会」や「安全保障関連法案に反対する学者の会」に参加し、護憲活動にも取り組まれています。

「一緒にやりませんかという誘いを受け、最後を歩いて行きますかという思いだった。最近は3人ぐらい前に行くべきかなと思っている。日本の動きを見ると、それだけ緊迫感がある。いろいろな集会なんかで取ったアンケートでは、半分を少し上回るぐらいの人が憲法改正に賛成らしい。僕も憲法全体で考えたら改正すべきだと思う点があるけれど、今それを言って改憲論でまとめられたら、憲法9条改正に使われるのは明らかでしょう。だから改憲論は主張しない」

――平和を守るために必要なことは何でしょうか。

「基本的にはその問題を常に語り続けることなんでしょうね。科学者だろうが誰だろうが。この間言ったからもういいやなんて言っていると押し込まれてしまうと思う」

(聞き手は社会部 小川知世)

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