宅配サービスに人工知能、買い物や外食に「ウーバー革命」 - 日本経済新聞
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宅配サービスに人工知能、買い物や外食に「ウーバー革命」

宮本和明 米ベンチャークレフ代表

シリコンバレーで、ベンチャーキャピタルの投資が過熱している。1999年のインターネットバブルの投資金額を上回り、第二のブームになっている。インターネットバブルでは、Webサービスが中心だったが、今回はリアル社会のサービスが中心となる。その中で、人工知能を駆使した宅配サービスが波紋を広げている。宅配は日本企業の得意分野であるが、IT(情報技術)を駆使したシステムからは学ぶところが少なくない。宅配サービスで横着になった、シリコンバレーの生活をレポートする。

生鮮食料品宅配サービスを提供する新興企業「Instacart(インスタカート)」は2014年12月、大手ベンチャーキャピタルから、2億2千万ドル(264億円)の投資を受けた。ベンチャーキャピタルの投資が活発だが、誕生まもない新興企業にこれだけの規模の資金が集まるのは異例だ。

Instacartは、生鮮食料品を"オンデマンド"で配送する。スマホ専用アプリ「Instacart」から商品を注文すると、宅配スタッフ(Shopperと呼ばれる)が指定したスーパーマーケットで買い物をして、自宅まで届けてくれる(下の写真)。宅配費用は安く、配送時間を1時間ごとに指定できるのがうれしい。

スーパーで販売されている商品を購買

このサービスが大人気で、筆者もスーパーマーケットに買い物に行く代わりに、スマホで宅配サービスを利用するようになった。

操作は簡単だ。アプリで行きつけのスーパーマーケット「Whole Foods」を選ぶと、ホーム画面に商品一覧が表示される(下の写真左側)。野菜やフルーツの他に、食肉や魚介類(写真右側)、デリ、牛乳や卵、食パン、パスタ、調味料など、スーパーマーケットで販売されている商品が全てそろっている。通常のショッピングアプリと同じで、アイコンににタッチし、個数を指定して商品をカートに入れる。

商品の選定が終わると、カートアイコンにタッチして精算する(下の写真左側)。登録しているApple Payで決済できるので、新興企業のサービスでも安心して利用できる。従来通りにクレジットカードを登録して、支払いするオプションもある。最後に、配送時間の指定画面で、希望する時間帯を1時間単位で選ぶ(下の写真右側、別の日の事例)。

通常は、注文から1~2時間程度で配送される。商品は、店舗と同じ価格に設定されている。配送手数料は3.99ドルだが、混雑時は4.99ドルかかる。購買金額が35ドル以下の場合は、配送手数料が7.99ドルに跳ね上がる。

日本では時間単位の同日配送はもはや当たり前だが、シリコンバレーではInstacartが初めて手掛けた。明日の朝食用のシリアルを切らしたときも、すぐに注文できる。今では筆者の生活に手放せないサービスになった。

柔軟な勤務体系がサービス品質向上の鍵

筆者が注文した商品は、Instacart専用のショッピングバッグで時間通りに届けられた(下の写真)。ただし、注文したブロッコリーは在庫がなかったため、その旨はボイスメッセージで連絡を受けた。後ほど、この代金が払い戻された。

米国企業のサービス品質は日本企業と比較すると必ずしも良くないが、商品が時間通りに届く上に欠品について細かい対応をしてくれたことに正直驚いた。

宅配スタッフはJimという名前の男性で、自分の自動車を運転して商品を届けてくれた。JimはWhole Foods店舗を担当する配達員で、スマホで注文を受けて、それに従って買い物をし、商品を顧客に届ける。毎週5日程度の勤務で、その日は10時から14時までと16時から18時まで勤務していた。このように宅配スタッフは、自分の都合のいい時間帯だけ仕事ができる。

宅配スタッフの多くは20歳代を中心とする、若い労働層が中心になる。しかし、Jimは60歳を過ぎた男性で、仕事を引退して宅配スタッフをしているようであった。

彼が乗っている自動車はトヨタ「プリウス」で、身なりや話し方からすると、生活に困っている様子ではなかった。引退後も社会にかかわっていたい、という雰囲気を感じた。Instacartは柔軟な勤務体系を提供し、これが優秀な人材をひきつけている。

宅配スタッフを希望する人は、Instacart専用サイトから応募する。応募者は履歴などの調査の後、面接と教育を受けて採用される。右の写真は応募のプロセスを示したもので、氏名などの基本情報に加えて、希望の勤務体系を記載する。ここで、仕事をする曜日や勤務時間などを指定する。希望する勤務地域も指定できる。自家用車を持っていれば、その情報を記載する。Webサイトで応募するだけで、簡単に宅配スタッフになれる。

通常のパートタイムの仕事なら、企業が勤務時間を指定する。だが、Instacartは従業員が勤務時間を選択できる点で、パートタイムとは異なる。こうした自由度が高い勤務体系は「アラカルト勤務」とも呼ばれており、今の時代の労働者にアピールしている。

一方雇用側は、配送スタッフの数が曜日や時間帯により大きく変わるため、需要に合わせた労働力の確保が新たな課題となる。マニュアルでの調整では間に合わず、人工知能などソフトウエアを駆使して最適化している。

顧客に対して1時間以内に配送できるシステムの構築は、ソフトウエアの機能によるところが大きい。配送員の位置情報をGPS(全地球測位システム)で把握、日時や天候などの要因を勘案し、最適なロジスティックスを構成する。パターンの数が膨大なので、機械学習(Machine Learning)などの手法を活用。過去の事例を学習し、労働力の最適化を図っている。

Uberのモデルをコピー

Instacartのシステムは完成している訳ではなく、まだ学習を続けている。宅配スタッフは、正社員ではなくコントラクター(契約社員)で4000人いるとされる。

宅配スタッフの給与は、配送件数と商品アイテムの数から算出される。Instacartは時給25ドル程度としているが、閑散期には時給10ドル程度ともいわれている。顧客からの注文が少ない時は、配送員は自動車の中で待機し、次の注文を待つことになる。

Instacartのシステムは、スマートフォンを使った配車サービス大手の米Uber(ウーバー)のモデルをコピーしたものである。Uberはライドシェアと呼ばれる運輸ネットワークを展開し、45か国130都市でビジネスを展開している。ドライバーは自家用車を使って、自分の都合に合わせ働くことができる。この労働形態がドライバーに訴求し、サンフランシスコ地区ではタクシードライバーが、雪崩を打ってUberに移行している。

好きなレストランから出前

宅配サービスは、スーパーマーケットの買い物だけに留まらない。出前サービス「DoorDash(ドアダッシュ)」が破竹の勢いで事業を拡大している。同社は、地域のレストランと提携し、出前サービスを展開している。スマホ専用アプリから、レストランの料理を注文すると、DoorDashの宅配スタッフ(Dasherと呼ばれる)が届けてくれる。

アプリには近所のレストランが掲載され(下の写真左側)、希望のレストランのメニューから料理を選ぶ(同右側)。写真は、この日は昼ごはんに、クレープを注文しているところである。

ここで料理を選んで、チェックアウト画面で支払いをする。Apple Payで決済できる。料理の値段は同じだが、配送手数料が一律に5.99ドルかかる。チップはオプションで、「パーセントボタン」を押して支払う。

注文が終わると、アプリには配送プロセスが表示される。11時2分に注文を受け付け、到着予定時刻は11時49分と表示された。実際には11時38分に料理が届けられたので、配達されるまでの時間は36分だった。だいたい30分程度で料理が届くので、一回使い始めると止められなくなった。

レストランで食事するより早い

この日は「Crepevine」というレストランで、Siena CrepeとPattaya Crepeを注文した(下の写真)。サラダとスプーンやフォークがついてきて、そのまま食事ができる。ここは大人気のレストランだが、予約を取らないので店に行って席が空くのを待たなくてはならない。ところが、DoorDashを使うと30分程度で食事が届く。レストランで食事するより早く食べられる、というわけだ。

出前スタッフは女子学生で、自分の車で配送してくれた。女性は時間がある時に、DoorDashで出前サービスをしているとのこと。忙しそうでゆっくり話を聞けなかったが、学費や生活費を稼ぐため、働いている様子であった。

出前で使う自動車には、フロントグラスにDoorDashのプレートが付いているだけで、特別な仕様にはなっていない。配送スタッフはDoorDashのTシャツを着ているが(下の写真)、私服で来る人も少なくない。つまりDoorDashは、出前サービスのインフラには、ほとんどコストをかけていない。

ハードウエアにはお金をかけないで、ITを駆使して身軽に配送事業を展開するのがビジネスモデルである。ただ、DoorDashのケースでは、調理というプロセスが入るので、ロジスティックスが格段に複雑となる。調理時間や間違った料理への対応などが必要となるため、人工知能の手法である機械学習を使っていると言われている。

Googleのサービスは"重厚長大"?

こうしたベンチャー企業の登場で、米Google(グーグル)が苦戦している。Googleは、独自の配送サービス「Shopping Express」を展開しているが、伸び悩んでいるのだ。同社は米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)対抗のサービスとして開始したが、実際には小回りの利くベンチャー企業との競合に勝てずにいる。

例えば、Shopping Expressで注文すると、配送は翌日でしかも時間帯は午前・午後・夜の枠から選ぶこととなる。同日配送や1時間ごとの指定ができない。配送手数料も4.99ドルと、やや高めの設定である。

しかもShopping Expressは、生鮮食料品を取り扱っておらず、衣料品や家庭用品などが中心となる。そのため、毎日利用する人はほとんどいないと想像できる。筆者はずっとShopping Expressを使ってきたが、今ではInstacartに乗り換えた格好となっている。

上の写真はShopping Express専用車両で、通りで頻繁に目にする。裏を返せば、インフラにコストがかかっているということ。Googleのサービスは"重厚長大"で、時代の波に乗り遅れているのを感じる。

シリコンバレーの生活パターンが変わる

Instacartは、ニューヨークなど15の主要都市で事業を展開しており、シリコンバレーでは多くの家庭が利用している。また、DoorDashはサンフランシスコを中心に7都市でサービスを展開中。シリコンバレーのパロアルトでは、4軒に1軒が利用しているといわれている。

DoorDashの出前料金は少し高いので、筆者宅では友人と一緒にレストランに行く代わりに、DoorDashを利用している。出前サービスで料理を注文すると、自宅でくつろいで食事ができるからだ。

InstacartやDoorDashなどの登場で、シリコンバレーでの働き方も大きく変わった。パートタイムとして企業に就職する代わりに、自分の都合のいい時間に働くスタイルが広まってきたのだ。

複数の仕事を掛け持ちし、時給が最大になる組み合わせで働く。稼ぐ人であれば、年収6万ドル(720万円)になる人もでてきている。Uberが仕掛けたビジネスモデルが、幅広い分野で波紋を広げている。

店にとっては新規販売チャネル

大手ベンチャーキャピタルがInstacartに大規模な投資をし、DoorDashに注目しているのは、このビジネスモデルを高く評価しているためだ。

通常、Instacartで買い物をしても、価格はスーパーマーケットと同じ設定だ。これが可能なのは、Instacartがスーパーマーケットから、販売コミッションをもらう仕組みがあるからだ。つまり、スーパーマーケットはInstacartを、新規顧客を呼び込み売り上げが増える新しい販売チャネルと位置づけている。

例外もある。例えば、大手スーパーマーケット「Safeway」で買い物をすると、商品価格は15%増しとなる。これはコミッションを貰えないケースで、追加料金がInstacartの事業収益となる。実は、Safewayは独自の配送サービスを展開しており、Instacartとは競合する関係にあるのだ。

DoorDashも同じ構造で、レストランからコミッションをもらっているといわれている。レストラン側としては、DoorDashの出前サービスが新たな販売チャネルで、売り上げの伸びを期待している。

下の写真はクレープを注文したCrepevineで、食事時はいつも満席の状態。Webサイトでは前面にDoorDashを紹介し、出前サービスを積極的にプロモーションしている。

ただし、レストランの出前サービスは乱立状態にある。消費者は、受け取る料理の品質に大きな幅があり、レストランの選択には注意が必要だ。

高齢化社会の重要なインフラに

このモデルは、日本の都市部での配送システムに応用できるかもしれない。日本では、既に大手企業の宅配サービスが充実している。だが、もっとフットワークの軽いモデルを構築できれば、誰でも気軽に安い値段で利用できるようになる。

特に、自由に買い物に行けないシニア層向けに提供できれば、高齢化社会の重要なインフラとして機能しそうだ。これらのサービスを支えているのが人工知能で、IT企業の果たす役割はますます重要になっている。

宮本和明(みやもと・かずあき)
米ベンチャークレフ代表 1955年広島県生まれ。1985年、富士通より米国アムダールに赴任。北米でのスーパーコンピューター事業を推進。2003年、シリコンバレーでベンチャークレフを設立。ベンチャー企業を中心とする、ソフトウエア先端技術の研究を行う。20年に及ぶシリコンバレーでのキャリアを背景に、ブログ「Emerging Technology Review」で技術トレンドをレポートしている。

[ITpro 2015年6月16日付の記事を再構成]

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