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スポーツ界に足りぬ「見る力」 目を鍛え能力アップ

飯田覚士氏に聞く

世界ボクシング協会(WBA)スーパーフライ級元王者の飯田覚士氏(45)が、目で見る力を鍛える「ビジョントレーニング」の普及を目指して、今月中にも一般社団法人「日本視覚能力トレーニング協会」(代表理事・飯田氏)を設立する。現役時代からビジョントレーニングを続け、現在もスポーツ選手を指導する飯田氏に、協会設立の狙いなどを聞いた。

飯田氏は現役時からビジョントレーニングを続け今も選手を指導

目から入った情報、素早く正確に判断

――ビジョントレーニングとは何か。

「視力という言葉はみなさん知っているけれど、視覚能力となるとピンとこないと思う。見るということに関して、遠くの物をはっきり見る以外にも目の使い方はいっぱいある。わかりやすくいうと、動体視力や視野の広さなどがそう。携帯電話でメールを打つときに変換候補がいっぱい出てくるけれど、数ある変換候補の中からパッと目標の物を見つけるということもそうだ。物が陰に隠れて一部分しか見えていないのに、隠れた部分が何かをちゃんと判断するというのも目の力。目から入った視覚情報を素早く正確に脳で判断し、体を使って出力する。それをスムーズにするのがビジョントレーニングだ」

「スポーツだったら、例えば相手の動きやボールを見て、素早く判断し、打ったり取ったりよけたりすること。トレーニングは最初は両目が上手に使えているかというところから始め、いろいろな見え方、見る力をつけていく。0.1秒の時間で右に動くとか左に動くとか瞬時に判断するような競技なら、そこをクローズアップしてトレーニングして伸ばしていく」

「相撲界からも指導の依頼があるが、力士だったら一瞬の動きで勝負が決まるので立ち合いの判断のスピードを上げていく必要があるし、ボクサーだったら相手の動きを見て打ってくるパンチを判断しなくてはならない。野球であれば投手の投げる球の見極めのほか、最初に打席に立ったときと同じように最後の打席でも見続けられるスタミナが必要。目にはいろいろな力があるし、種目によってアプローチするところが違う」

目には様々な力がある。トレーニングではいろいろな見え方、見る力をつけていく

1日3回各5分、約3カ月で効果実感

――現役時代の飯田氏のビジョントレーニングの成果は。

「僕は日本ランキングに入ったときから始め、朝昼晩と1日3回、各5分くらいトレーニングをした。それまでは上目遣いができておらず、顎が全然引けなかった。上目遣いで焦点を合わせるところからトレーニングをして、3カ月くらいたってから効果を実感し始めた。本当にパンチがよけやすくなって、相手の動きが読めるようになってきた。視野も広がり、頭からつま先まで相手の体全体を見て、ほんのちょっとしたパンチの打ち出しの動きで、フックなのかストレートなのか読めた。相手がストレートを振ってきたらギリギリでよけて、すぐに打ち返しの構えをしていた」

「自分の目の反応スピードが速くなってくると、相手の動きが遅く感じられる。その究極が野球でいわれるような『ボールが止まって見える』ということだと思う。僕は世界王者になれたが、もしビジョントレーニングをしていなかったら、日本王者にすらなれなかったと思う」

――5月に国内最速のプロ5戦目で世界王者になった田中恒成(畑中)をはじめ多くのボクサーを指導している。

米国では、ナショナルトレーニングセンターのような施設で選手が当たり前のようにビジョントレーニングをやると聞く

「ボクシングはフットワークで動くので、視野を広げたり、バランスをしっかりとって自分の中心線をはっきりさせたりするトレーニングを行う。自分がどのくらい傾いているか、相手との距離や位置をはっきりさせて、どのパンチなら当たるかを瞬時に判断する。恒成のトレーニングでは平均台に立たせて、前方の左右に目標物を置いた。顔は動かさずに目だけを動かしてパッ、パッ、パッ、パッと右を見たり、左を見たりと繰り返し、メトロノームの音に合わせてスピードも上げながら平均台を渡らせた。平均台を歩きながらだと、目を動かした途端に視覚は厳しくなるが、平衡感覚やバランス感覚は養われる」

84年ロス五輪、米男子バレーで金も

「ある元世界王者は、パンチを受けたことで両目で物をしっかりとらえることがうまくできなくなっていた。本人は両目で見ているつもりだったけれど、実際は右目だけを使って左目が使えておらず、見えている画像が脳に送られていなかった。片目でしか見ていないので、より正確な距離感や立体感がないなかで戦っていて、相手の左側から来るパンチをもらっていた。だが、10日くらいトレーニングをしたら『あっ、これまでこんなふうに見えていた』と両目で見ることができるようになり、スパーリングでもパンチをよけるようになった」

――海外や日本のスポーツ界の動向は。

「1984年ロサンゼルス五輪では米国の男子バレーボールチームがビジョントレーニングを行い、潜在能力がありながら目に問題を抱えている選手のパフォーマンスがアップして金メダルを取ったことが話題になった。米国ではナショナルトレーニングセンターのような施設でビジョントレーニングの機器が数多くあり、選手たちは当たり前のようにビジョントレーニングをやっていると聞く。日本ではプロ野球の一部球団が取り入れているが、普及はまだまだ。五輪の強化選手や五輪を目指している選手でさえビジョントレーニングを知らない人もいるし、指導者や競技にもバラツキがあり、目のことをうるさく言うコーチもいれば、全然そんなことをやらずに実戦練習ばかりするコーチもいる」

――日本視覚能力トレーニング協会設立の目的は。

「一番はビジョントレーニングの普及。五輪を目指す人はどんな競技でもビジョントレーニングをやるべきだと思うし、現状は本当にもったいないと感じている。東京五輪まであと5年に迫り焦っている。目の問題で本来のパフォーマンスを発揮できず、ぎりぎり4位になってしまう人もいるはずで、トレーニングをしていたら堂々の金メダルを取れるかもしれない。そういう差は絶対にあると思う。選手には、自分の目はここが弱点で、競技にはこの部分が必要だからここを強化しようなどと、意識してトレーニングをするようになってほしい」

「日本視覚能力トレーニング協会」を設立し、セミナー開催やトレーナー資格なども視野に入れる

子供たちにも…文化、教育と幅広く

「ビジョントレーニング自体が視力回復と誤解されることが多いし、トップアスリートだけがやるものだと思っている方もいる。だが、アスリートに限らず、目が原因で失敗したり、困ったりしているのに、そのことに気づいていない人たちがいっぱいいる」

「特に子供たちは絶対に自分では気づけない。右目と左目の焦点が合わずに物が二重に見えてしまい、『なんでこんなわけのわからない字を書くんだ』と学校の先生や親に怒られて勉強についていけなくなったり、コップの中身をこぼしてしまったりする子もいる。生まれてからずっとそう見えているので、他のみんなもそういう世界にいると思っている。普及活動のなかでビジョントレーニングというものがあることを告知していきたいし、親御さんやスポーツ指導者、学校の先生に『ひょっとしたらあの子は目が原因なのでは』と気づいてもらえたらいい」

「目に問題を抱えた人たちが自分のボクシングジムのホームページを訪れることが多くなり、スポーツ指導者の問い合わせも増えてきた。ただ、全国あちこちで講演活動もしているが、発信力が弱い。他の専門家の方も"点"で活動しているので、うまくネットワークをつくり、興味を持った人が勉強できるセミナーの開催やトレーナーの資格認定などをつくってレベルを上げていければ。指導者も育っていないので養成していきたい。スポーツは一つの大きな柱ではあるけど、文化、教育と幅広い分野で活動していきたい」

(聞き手は金子英介)

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