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高度1万mでテレビ番組を生視聴 進化する空のエンタメ

日経情報ストラテジー

全日本空輸(ANA)が機内エンターテインメントの世界を一変させようとしている。2015年5月に就航した国際線用のボーイング「787-9型」機で、国内航空会社として初となるテレビ放送の視聴サービスを開始。高度1万mの上空を飛行中に、地上で放送中のテレビ番組をほぼリアルタイムに視聴できるようにしたのだ。

長ければ半日近くを過ごす長距離国際線の機内。見慣れた日本のテレビ番組が楽しめるようになれば、機内の過ごし方が大きく変わる可能性がある。使い勝手を検証するとともに、ANAの戦略をひもとく。

大人気だった「数時間遅れのニュース」

5月末のある日、東京・羽田空港の一角にあるANAの格納庫前に、ミュンヘンからの長旅を終えたボーイング787-9型機が羽を休めていた。これが国内初となる機内テレビサービス「ANA SKY LIVE TV」を搭載した1号機だ(写真1、写真2)。

「機内向けのネットサービスと違い、テレビはIT(情報技術)リテラシーに関わらず多くの人に楽しんでもらえる可能性がある。ライブ性の高いコンテンツを自宅と同様に見られるのは訴求力が高いと考え、ぜひ導入したかった」。機内テレビサービス「ANA SKY LIVE TV」の導入を主導したCS&プロダクト・サービス室商品戦略部の茅順一朗主席部員は、今回のサービスに懸ける思いをこう明かす。

実は、国際線の機内でテレビ番組がこれまで見られなかったわけではない。ANAや日本航空(JAL)は地上アナログ放送の停波前、空港で録画しておいたNHKのニュースを機内で再生するサービスを古くからやっていた。「毎月苦心して面白い映画などをそろえているのに、地上より数時間遅れのNHKニュースが利用率の3位以内をずっと維持し続けていた」というほど大人気だったという。

新サービスは、機内で生放送の番組が見られるのが最大の特徴だ。それを実現したのが、機体中央上部に載せたアンテナである。普段は丸いカバー(レドーム)の中に格納されており見えないが、内部には電動で360度回転する「Kuバンド」と呼ばれる12G~18GHz帯のアンテナが格納されている。飛行しているエリアに応じ、最寄りの通信衛星の方を向いて電波を送受信する。

このアンテナは機内ネットサービス「ANA Wi-Fi Service」向けのもので、テレビサービスもこれに相乗りしている。映像はIP(インターネット・プロトコル)ベースのストリーミング映像として受信している。787-9向けの機内ネットサービスは、米パナソニック・アビオニクスの「eXConnect」が唯一米ボーイングの認証を受けている。ANAはeXConnectの姉妹サービス「eXTV」を採用することで、機内テレビを実現させた。

NHK、CNN、スポーツ専門局も

では、機上で見るテレビは本当に革新的なのか。記者は、通常離陸後の巡航中のみ提供しているANA SKY LIVE TVを、取材のため地上で体験する機会を得た。

まず、各座席に配置されているタッチ操作に対応した個人向けモニターにメーンメニューを表示させると、上段中央の一番目立つ場所に「スカイ ライブTV」と書かれたテレビのアイコンを発見。これを押すと、3つのチャンネルを選ぶボタンが現れた。

日本放送協会(NHK)の在外邦人向け日本語放送「NHKワールドプレミアム」、米CNNの国際放送版である「CNN International」、米IMG Mediaが運営するスポーツ専門局「Sport 24」だ(写真3、写真4)。

NHKを選択すると、映ったのは国内ではBS1で放送されている「BSニュース」。若干の遅延はあるものの、国内向けとほぼ同時放映の番組だ(写真5)。

「まれ」や「花燃ゆ」をリアルタイムに

画質はハイビジョンではなく標準画質のようである。ただビジネスクラスの17型モニターで視聴しても特に画質の粗さは感じない。音声はヘッドホンで聴くことになるが、全般的に明瞭で、アナウンサーの声が聞き取りづらかったり、音声が途切れて意味が分からなくなったりといったことはなかった。ただ、数十秒に1回程度プツッという短い雑音が入ったのが気になった。

しばらく見続けていると、この後の放送予定として「ニュース7」や「クローズアップ現代」を予告する画面が出た。後で番組表を確認したところ、おおむね1~2時間ごとにニュースを流すほか、合間に「まれ」「花燃ゆ」などのドラマ、「鶴瓶の家族に乾杯」「ブラタモリ」などのバラエティー、そして教育番組まで、地上波とBSの各局の番組を流している。

国内向けと放送時間の異なる番組もあるが、上述の各番組はほぼ同じタイミングになるよう編成しているようだ。日によってはプロ野球も生中継で見られる。

次にチャンネルをCNN Internationalに変えてみた。「Breaking News」の文字が飛び込んできて、イラクの最新情勢を伝える速報ニュースを放送していた(写真6)。もう一つのSport 24も見てみたが、こちらはサッカー主体の番組編成。欧州プレミアリーグは録画中継で、2015年6月下旬から7月上旬に開催された女子ワールドカップの一部試合も生放送したという。このほかゴルフやラグビー、F1なども生中継するそうだ。

茅主席部員ら企画担当者たちの悲願だったリアルタイムの機内テレビサービスが、実現に向け動き出したのは2012年夏のこと。国際線向け787-9の客室仕様の検討を始めたころだ。

実現を後押しした2つの幸運

このときANAにとって、機内テレビの実現を後押しする2つの幸運があった。1つは、787-8までは就航後に装着する必要があった機内ネットの設備が、最新型の787-9ではボーイングが機体を製造する際に併せて装着可能になったことである。「就航してからアンテナを後付けするとなると、さらに何年も遅れてしまう。座席や機内エンターテインメント設備の選定時に、機内ネットも併せて発注することにした」(茅主席部員)。

もう1つは、787-9の機内ネットではボーイング認定の選択肢がパナソニック・アビオニクスしかなかったこと。ANAはボーイング767型機や同777型機で先行して機内ネットサービスを導入し、そちらでは欧州エアバスの子会社オンエアーのシステムを採用していた。

オンエアーが787でも使えるなら共通化を優先して採用するところだが、残念ながら未対応だった。NHKの日本語放送も見られる機内テレビサービスeXTVを提供するパナソニック・アビオニクスを選択せざるを得ない事情だったからこそ、いち早く機内テレビを実現できたわけである(写真7)。

導入に当たって、まったく悩みがなかったわけではない。頭を抱えたのはコストの問題だ。eXTVの利用料は契約チャンネル数に応じて増えていくというもの。しかも月払いなので、ひとたび導入すれば運用費の負担がずっと続くことになる。映画やオーディオ番組もこれまで通り調達しなければならず、おのずと機内エンタテインメントの総コストが増えてしまう。

付加機能として有料にするというアイデアもあったが、機内テレビは無料でなければダメだとこだわり、社内を説得して回った。「多くの日本人は『機内サービスは無料が当たり前』と認識している。幅広い乗客に使ってほしい機内テレビに有料はそぐわない。コスト増は厳しいが『テレビが見られて良かった』と、格安航空会社(LCC)ではなくANAを選んでもらう付加価値にしたいと考えた」(茅主席部員、写真8)。

だからといって、機内テレビばかりに無尽蔵にコストをかけるわけにはいかない。ANAに先駆けてeXTVを導入したエミレーツ航空やカタール航空など中東系航空会社は、資金力にモノを言わせて多いところで8つものチャンネルを提供している。ANAはコストと付加価値のバランスをとることにし、3チャンネルを厳選した。

スポーツ中継こそ空のキラーコンテンツ

人気のニュースに重きを置くならNHKとCNNだけでも良かったが、多少のコスト増を覚悟でもう1チャンネル増やしたのは理由がある。スポーツなら日本人乗客も外国人の乗客も放送の言語が分からなくても楽しめるうえ、多くの人がリアルタイムだからこそ熱狂して見たくなる"キラーコンテンツ"だと判断したからだ。

「外国人の乗客の中には、びっくりするぐらいサッカーに対して強い反応を示す人もいる。実際、2014年のワールドカップ(W杯)では、eXTVを導入済みの海外航空会社が『機内でW杯を観戦できます』と大々的に宣伝したほど。実際、大きな反響があったようだ」(茅主席部員)。

茅主席部員らANA社員たちの思いを乗せた787-9は、隔日で羽田-ミュンヘン間を往復している。今は1機のみの787-9だが、ANAは同型機を国際線用・国内線用合わせて44機導入予定。2020年に開催される東京五輪のころには、テレビ視聴可能な機体も大幅に増える見通しだ。地上での熱狂を、時を同じくして上空でも味わうのが当たり前になっているかもしれない。

(日経情報ストラテジー 金子寛人)

[ITpro 2015年6月22日付の記事を再構成]

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