/

ウィンブルドン棄権の錦織、トップ10の疲労が一気に

「疲れていたかな」。テニスのウィンブルドン2回戦棄権の理由になった左ふくらはぎ痛の原因を聞かれ、錦織圭(日清食品)はこう答えた。今季は1月から一度も棄権もなければ、試合中にトレーナーを呼ぶこともなかったのに、ウィンブルドンでの落とし穴。棄権を発表する記者会見では、ショックより疲れ果てた姿があった。

錦織にとって鬼門の欧州サーキット

「頭が疲れていた」とは、5月初旬のマスターズ大会、マドリード・オープン準決勝でアンディ・マリー(英国)に負けた時の敗戦の弁。「平常心を失っていた」は、全仏オープン準々決勝でジョーウィルフリード・ツォンガ(フランス)に負けた時の言葉だ。第1、第2セットとツォンガの苦手なバックハンドを攻めず、不可解な戦い方をして落としたのも、頭がクリアに働いていなかったからだろう。

そして、ウィンブルドンのケガの理由も「ヨーロッパ(滞在)が長かったし、疲れていたのかな」。全仏は組み合わせに恵まれたが、初戦から芝巧者に当たってしまったウィンブルドンはツキもなかった。

毎年、4月中旬のマスターズ・モンテカルロ大会から7月前半のウィンブルドンが終わるまでの欧州サーキットは、錦織にとって鬼門だった。ちょうどシーズン半ばにさしかかり、疲れがたまってくるころだ。

マイケル・チャン・コーチとの1年目だった昨季、自信もついてきて、誰も予期していなかったクレーコートでの初優勝をバルセロナ・オープンで飾った。その勢いに乗ってマドリード・オープンでマスターズ大会初の決勝進出を果たしたものの、途中で負傷棄権。ぶっつけ本番となった全仏は初戦敗退したが、おかげでたっぷり休養がとれた。ドイツ・ハレでのゲリー・ウェバー・オープンを経てウィンブルドンでは初めて4回戦に進出している。

昨季の反省を生かし、体を強くして臨んだ今季、4月にバルセロナ・オープンで連覇し、マドリード・オープンでは4強入りした。続くイタリア国際と全仏もベスト8。これまでこんなに安定して成績を残したことはない。だがその間、体にどれほどの負担がかかっていたのだろうか。ウィンブルドンの1週間前、ついにハレの大会で体が悲鳴を上げた。

頭も疲れて楽しむどころではなく

クレーコートから芝へ短期間で移行するこの時期は、どの選手にとっても難しい。錦織は「テニス自体はよくなっている」と話し、ウィンブルドン開幕前の練習ではストロークは切れわたっていたが、錦織の場合、頭もさえていないといけない。

「こうリターンが来たら、このあたりに誘い球を打つか。いや、思ったよりリターンが甘いから苦手のバックサイドにアプローチを打って前へ出ようか。いや、思ったより回転がかかってるから、ここは丁寧につないでおこう」。こうしたことを1球ごと、コンマ数秒の間に考えないといけないわけで、それを楽しめるのが錦織だ。しかし、頭が疲れていたら楽しむどころではなく、集中力も欠いてしまう。こんなとき、全仏準々決勝で戦ったツォンガのように「一発ドカン」で決まるサーブがあったら楽だなと、はた目にも思う。

バルセロナでは緩い球を上手に使ってミスを誘っていたが、マドリード、イタリア国際、全仏と進むにつれて単調な強打が目立った。「早い攻めを心がけているので」と話し、クレーで無駄にラリーを続けて体力を消耗しないためには効果的でもあった。しかし、どこか焦っているような感じも受けた。2月、3連覇したメンフィス・オープンではどんなに不利な戦況でも落ち着いていたのに。

一時帰宅も「すっきりした感じない」

大会の格が低いので単純比較はできないが、メンフィスでは準決勝まで格下相手にすべて第1セットを落とし、ハラハラさせる試合ばかり。しかし「大事なポイントが分かってきて、攻撃的にいくのか、絶対ミスしないようにプレーするのか、感覚的に分かってきた」と、さらっと言い放った。一方、この時点で「もう半年くらい戦ったような疲れが出ている」とも話していた。

今季、初めて世界トップ10でシーズンを迎えた。テニスの世界ランキングを維持するには、年間を通じて安定してポイントを稼がないといけない。覚悟はしていたが、その重圧は予想以上。2月の時点では「まだプレッシャーに負けてない(自分は)すごいですね」と話していたが……。

今季は全仏からウィンブルドンまでの間隔が1週間広がったおかげで、米フロリダ州の自宅にいったん戻ることができた。「5日くらいしかなかったけれど、ないよりはまし。時差とかは完璧に直せないけれど、体力的には助かった」。ただ「すっきりとした感じはなかった」とも。完全にリフレッシュできないまま、再び欧州へ旅立った。

今季を振り返ると、約1カ月半のオフの後、1月にオーストラリアで戦い、2、3月は米国内での転戦。欧州サーキットの前は拠点とするフロリダ州で2週間ほど過ごせた。6月半ばからの芝シーズンにはその余裕がなかった。

芝は他のどのサーフェス(表面)より負荷がかかる。錦織は「少なからずフットワークが速くなり、サーブもよりスピードを出すようになるから。ケガは急にくるものだけれど、疲れはたまっていた」と正直に話す。「(ウィンブルドンの)1回戦を3セットで終えていたら……」と悔やんだが、もし頭がすっきりしていたら、冷静に状況を読んで戦うこともできたろうに。

トップ選手は棄権含め「サボり上手」

トップ選手は「サボり上手」というか、うまく優先順位をつけ、それが低いものはさっさと見切ってしまう。全仏で優勝したスタン・バブリンカ(スイス)はウィンブルドン前哨戦で2回戦負け。全仏準優勝のノバク・ジョコビッチ(セルビア)は全仏後、ウィンブルドンまで一試合も出ていない。女子優勝のセリーナ・ウィリアムズ(米国)も試合に出ず、地元フロリダ州で「ゴルフの帝王」ジャック・ニクラウスの持つ「すばらしい」芝のコートで備えた。とはいえ、スポンサー関連のイベントはささっとこなしている。

ハレの大会で痛みが出たのは準々決勝だが、錦織は準決勝もプレーして途中棄権した。同じ状況で迎えたウィンブルドン2回戦は試合前に棄権した。「ハレのように数ゲームして痛めると思った。試合はできても勝てないなと思って決めた。ハレ以上には悪くないけれど」。ハレで「来週、ウィンブルドンだから」と、試合前に準決勝を棄権するか、そもそも大会出場をやめていたら……。トップ10デビューしたばかりの錦織には、そのあたりの案配は難しい。

ロジャー・フェデラー(スイス)の賢さを思い出した。昨年11月、ATPツアー・ファイナル決勝のジョコビッチ戦を、すでにスタンドが観客で埋まり始めた試合開始1時間余り前に、「背中に痛みがある」と棄権した。誰もが思った。「ああ、翌週の国別対抗戦、デ杯に備えたのね」と。

悲しみ経て夏の米国シーズンに期待

四大大会17勝のスターへの露骨な批判はなかったが、冷ややかな視線はあった。フェデラーはそんな外部の視線は気にしない。四大大会や五輪などあらゆるテニスタイトルを持つフェデラーにとって、唯一ないのがデ杯での戴冠。スイスはバブリンカも好調で、優勝の千載一遇のチャンスだった。フェデラーはデ杯では3試合も出場、チームは悲願の頂点に立った。

四大大会以外の大会では、疲労がたまっていると「体調不良」などと理由をつけ、スパッと直前に出場をとりやめる。出ても無理せず、通常の半分くらいの力でプレーするトップ選手は珍しくない。それで負けてもさわやかに相手をたたえ、感じよく敗戦理由を述べてみせる。錦織だけでなく、日本人には苦手な分野だが、賢くやりくりするのも能力のうちなのだ。

そもそも、いい意味で手を抜くことが錦織にはなかなかできない。「僕はたいてい100%の力ですべての試合をする。ケガをしないよう準備はするけれど、いつもケガを止められるわけじゃない」。体の大きくない錦織は、こうやって戦わないとトップ10を維持できないし、四大大会も勝ち進めない。

「ケガが起きたのが四大大会だったのは、とってもとっても悲しいし、残念。でも僕にはまだ何年もここに来る機会はある」。心身ともに痛い思いをすると、次の機会に、はじけることが多いのも錦織。8月のワシントンDCの大会までたっぷり1カ月、夏の米国シーズンは、やりなれたハードコートが舞台となる。

(原真子)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン