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サッカー日本代表よ、どっち見て戦っているのか

引き分けスタートになった、サッカーの2018年ワールドカップ(W杯)ロシア大会アジア2次予選。6月16日のシンガポール戦で無得点に終わった日本代表の戦いを見ながら「選手はどちらを見て、戦っているのか」という疑問をぬぐえなかった。

ピーキングを誤ったシンガポール戦

当初、この試合はシンガポールに日本が乗り込んで戦うアウェーゲームのはずだった。しかし、試合が行われる日付の前後でシンガポールでは重要なイベントが行われていて、同国が誇る最新のスタジアムが使えない事情があった。そこで、シンガポールと日本のサッカー協会が話し合い、11月12日にやるはずだった日本のホームゲームと交換した経緯がある。

この決定を受けて、日本代表の関係者は「ホームからスタートできる。ラッキー。これで一気に走れる」と思ったことだろう。それが、よもやの引き分け。逆に一気にピンチに立たされた感がある。

シンガポール戦を見て、すぐに感じたのはコンディション調整の失敗だった。日本はその5日前、横浜の日産スタジアムでイラクと親善試合を行った。スコアは4-0の快勝だったが、この時、イラクを相手にできたことがシンガポール戦ではまったくできなかった。体が動いていなかった。

もちろん、イラクとシンガポールとでは戦い方に違いがあったことは確かだ。単なる親善試合で失うものは何もないイラクは、ノーマルというか、DFラインを高い位置に敷いて日本とがっぷり四つに組もうとした。

対する日本は、本田(ACミラン)や香川(ドルトムント)ら、5日後に控えたシンガポール戦を見据えたメンバーを先発させた。彼らはイラク戦で手抜きを一切しなかった。ロシアに向けた船出の試合で先発のピッチに立ちたいという強い思いがあったのだろう。監督に課されたテストで満点解答を狙ったかのように、本来ならシンガポール戦に取っておかなければならないエネルギーまでイラク戦で爆発させた感じだった。それとほぼ同じメンバーでシンガポール戦を戦い、海外組には長いシーズンを終えたばかりの疲労もあって、ピーキングを誤った感じの試合になった。

ハリル監督、アジアの厄介さ知ったか

選手がイラク戦で張り切りすぎたのは、そこでエネルギーをある程度使っても、シンガポールには勝てるという読みがあったからだろう。その甘い読みが、イラク戦で消費した精神的なエネルギーの回復を遅らせたようにも思う。この辺のさじ加減はチームを預かる監督やコーチの仕事であり、コンディショニング方面を担当するスタッフの意見にしっかり耳を傾ける気持ちがあれば、防げたはずである。

イラクDF陣のライン設定は中途半端でライン自体にも適当にギャップがあった。日本の攻撃陣が駆け抜けるスペースはいくらもあった。ハリルホジッチ監督が日本代表に吹き込む、守から攻への世界基準の切り替えの速さが生きやすい状況だった。

シンガポールはまったく違った。イラクよりも確実に20メートルはDFラインの位置を下げてきた。日本と真っ向から勝負する気などさらさらなく、「シンプルに前へ」というハリルホジッチ監督のサッカーが通用しにくい状況だった。アジアの大抵のチームが日本とやるときに採る戦法でもある。

「アジアは世界とは違う」。頭では分かっていたかもしれないが、ハリルホジッチ監督もこれでようやく、アジアの厄介さが分かったことだろう。

ブラジル大会までの4年間、チームづくりを任されたザッケローニ監督の時代には遠藤(G大阪)という、こういうときに非常に気の利いたことをしてくれるMFがいた。「押してもダメなら引いてみな」という風情で仲間を束ね、「じっくり料理しようや」と前に急ぎがちな選手の手綱を絞ってみせた。

引いた相手にはサイドから、という原則すら時に無視して、いなして、いなして、真ん中をスルーパスで突く、というような芸当も得意だった。長谷部(フランクフルト)や長友(インテル・ミラノ)のフリーランニングをうまく使い、バイタルエリアやDFの裏を崩すのに長じていた。決定的なシュートやパスの、その一つ前の仕事のうまさ。そこに遠藤の真骨頂があった。

サイド攻撃、遠すぎたクロスの位置

それはたぶん、遠藤がいない今の代表でもある程度はできたはずである。ザッケローニ元監督の下で培った蓄積はあるはずだから。それがシンガポール戦でうまく出なかったのは、ハリルホジッチ監督が選手に語って聞かせた「私がイメージする勝ち方」の総量に比べたら、選手からの「アジア相手にはこういうことが起こる」という話に耳を傾けた量はほとんどなかったせいだろう。

「世界はこうだけど、アジアはこうだ」という話ができる経験豊富な選手は今の代表にはいくらでもいるのだから、そういう話をもっと真剣に聞いて、選手の自主性もうまく引き出す導き方をしていれば、あそこまで監督のやり方に選手が縛られることはなかっただろう。

ハリルホジッチ監督は後半、引いたシンガポールを崩すのにサイド攻撃を多用した。しかし、あの程度のサイド攻撃では、シンガポールが相手ならシュートまで持っていけたけれど、韓国やオーストラリア、イランあたりが相手だと、シュートにもならなかっただろう。

簡単にいえば、クロスの位置が遠すぎるのである。日本のFWで韓国やオーストラリアのDFと競り勝って、あんな遠い位置からのクロスを頭でたたきこめる選手など、皆無に近い。いい時の豊田(鳥栖)くらいだろう。その豊田はベンチにもいなかった。

どうせサイドを崩すなら、もっと工夫としつこさが必要だった。同じサイドでもタッチラインに沿ってではなく、ペナルティーエリアの縦のラインに向かって崩しの作業が入っていかないと日本の場合、ゴールは奪えない。ペナルティーエリア内からのクロスを可能にするにはバイタルエリアに縦パスを入れ、それをワンタッチでさばいて3人目の動きを絡めることを繰り返せば可能だったはず。そこまでの連動性が今回の日本にはなかった。

アジア勢相手に大切なセットプレー

無得点に終わった日本の攻撃について、セットプレーの完成度の低さにも大きな不満が残った。シンガポールのような引いた相手にはセットプレーでこじ開けてしまえば試合は終わる。岡田武史監督の時代には中村(横浜M)、遠藤の精度の高いキックに中沢(横浜M)、闘莉王(名古屋)の高さを絡めて、この手の相手は処理したものだ。それが今回は14本もCKがありながら、ショートコーナーを交ぜるような工夫もないまま、漫然と本数を重ねただけだった。

FKに関しては「左の本田」に対する「右」の脅威を育てなければならないだろう。左は太田(FC東京)がいいFKを持っているが、同じ左の本田に遠慮してか、スポットに近づいても自分が蹴るよという雰囲気がまるでない。「右」は柴崎(鹿島)がベンチに下がると、スポットに近づく選手すらいない。これでは相手のGKをけん制することすらできない。残念すぎる。

CKやFKといったセットプレーは練習をすればするほど確実に精度は上がるものである。しかし、練習に参加する者と手持ち無沙汰になる者に分かれるなど、真剣にやらないと時間を無駄にするだけ。それで敬遠する監督や選手は多い。非公開練習が多いハリルホジッチ監督がどれくらい根を詰めてセットプレーの練習をやらせているかは不明だが、アジア勢から得点するには今後も外せない要素になるはずだ。

シンガポール戦の前、ハリルホジッチ監督とそのスタッフは、代表の仕事を始めてからJリーグを522試合も視察したと語っていた。そんな数字を誇るよりも、シンガポールの試合を穴が開くほど見た方がよかったのではないか。日本戦に先立って行われた、シンガポールとカンボジアの試合を現地に飛んでスカウティングした者はいたのか。いたとしたら、その偵察要員はどんな報告をあげていたのか。終盤、シンガポールは足をつる選手が続出したが、そういう情報があるだけでも攻め方は変わってくるものだ。

自分たちのサッカーに相変わらず固執

2次予選の次の相手、カンボジアについてはしっかり情報を持っているのか。そういう謙虚さがないと、この後も日本は足をすくわれるのではないかと本当に心配になる。

シンガポール戦で浮き彫りになったのは、ブラジル大会で「自分たちのサッカー」に固執して敗れた反省から再出発したチームが、スタイルこそ違え、相も変わらず「自分たちのサッカー」にこだわって自滅した姿だった。相手の弱点は何だったのか。研究しろよ、突けよ、と試合を見ながら何度も心の中で叫んだほど。引かれたらセットプレー、ドリブルで突っかけろ、と相場は決まっているが、例えば、宇佐美(G大阪)は強く仕掛けてペナルティーエリア内でファウルを誘う気もなかった。

選手交代も機能したとはいい難かった。特に柴崎を下げての原口(ヘルタ)投入はミスだろう。柴崎の出来はチームの中で一番良かった。相手にとって一番厳しいところにパスを入れていて、特に本田との連係は一番得点の可能性があった。パスの通しどころを狭くされた中で、それでも通せる繊細さを柴崎は持っている。あの交代によって日本は貴重な武器である、それすらも失った。原口と柴崎が対極の特長を持つ選手であることはいうまでもない。

最後のカードになった武藤(FC東京)もスペースがない状況では武器のスピードを生かしにくかった。40メートルを走り切る力、言い換えれば、世界を相手にしたときは使い道のある武藤だが、アジア予選のあの時間帯で使われてはきつい。

W杯アジア2次予選の最初の試合で何か結論めいたことを語る気はない。予選は本当に始まったばかりだ。ただ、ハリルホジッチ監督を含めスタッフに、選手をピックアップするのが精いっぱいで、準備期間が足りなかった印象は強く受けた。そうでないと、あの体たらくは説明できない。

自信持ち、自分の特長生かすプレーを

相手に対するリスペクト、研究心の足りなさは、シンガポールだから引き分けで済んだだけで、トップランクの相手にはきついしっぺ返しを食らうことをしつこく強調しておきたい。暑熱、ピッチ、気候、移動条件なども含めて、今後は厳しく戦う相手を精査して臨むことが大切だ。

今回の引き分けを1月のアジアカップ準々決勝のアラブ首長国連邦(UAE)戦になぞらえる人もいるが、UAEはもうアジアのトップクラスのチームである。あの相手から引き分けたとはいえ、大量の得点機をつくったアジアカップの日本代表はある意味で大したものだったと私は思っている。

しかし、今回の引き分けはシンガポールが相手。W杯アジア予選のポッドでいえば、第4ポッドにいるチームで、第1ポッドの日本より3ランク下の相手である。とても2つの引き分けを同列に論じる気に私はならない。

自身の勝利イメージを強烈にプッシュするハリルホジッチ監督は、私が一緒に仕事をしたトルシエ氏(02年日韓大会日本代表監督)と雰囲気が似ている。トルシエ氏と当時の大黒柱だったヒデ(中田英寿氏)はいろんな局面で衝突したが、今はそんな選手はいそうにない。

私は、選手に、監督との対立や摩擦を奨励する気はない。が、一つだけ、監督にいいところを見せるより、自分に自信を持ってプレーする方が大事だということは強調しておきたい。先に述べた遠藤のような自分の特長を生かしたプレーである。シンガポール戦は監督も選手も、シンガポールのことを見ないで、自分たちがイメージする世界基準に沿って試合をしただけのように見えた。シンガポールを見てではなく、ハリルホジッチ監督を見て戦っているような印象である。

監督の言葉を重く受け止めすぎることの弊害は、実際のピッチ上での瞬間、瞬間の現場での駆け引きに選手の個性が出なくなるという形で表れる。本来なら、もっと余裕を持って、相手をおちょくるくらいのことができる選手までが生硬なプレーを繰り返すばかりになって正面衝突を繰り返すことになる。

監督の一番の仕事は選手を輝かせて素晴らしいチームにすること。その原点に立ち戻って、次戦以降は戦ってほしい。

(サッカー解説者)

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