2019年9月21日(土)

高齢者の地方移住、自治体間連携で杉並区が先行

2015/6/20付
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日経アーキテクチュア

高齢者が希望に沿って地方に移住できる環境を整備すべきだ――。民間有識者で構成する日本創成会議(座長:増田寛也元総務相)が2015年6月4日に公表した「東京圏高齢化危機回避戦略」という提言に波紋が広がっている。高齢者の地方移住に実現性はあるのだろうか。

日本創成会議が焦点を当てたのは、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の高齢化問題だ。現状では慢性期医療(療養病床)や介護に関して東京都区部が周辺地域に依存し、逆に急性期医療(一般病床)に関しては周辺地域が都区部に依存している。だが、10年後には3県の方が都よりも高齢化率が高くなり、東京圏全域で医療・介護施設や人材の不足が深刻化すると分析している。

1都3県の後期高齢者収容能力を比較したグラフ。現状では、東京23区のマイナスを近隣県が補っているが、10年後には全地域でマイナスに傾き依存することが難しくなる(資料:日本創成会議)

1都3県の後期高齢者収容能力を比較したグラフ。現状では、東京23区のマイナスを近隣県が補っているが、10年後には全地域でマイナスに傾き依存することが難しくなる(資料:日本創成会議)

対策では、国や自治体に対し、移住費用の支援やお試し移住の導入、日本版CCRC構想の促進などに積極的に取り組むべきだと言及した。CCRCとは、米国で普及しているモデルで、健常時から要介護時まで同じ施設で暮らせる、高齢者のための複合型コミュニティーを指す。企業に対しても、定年前から勤務地を選択できる制度や、地方移住を見据えた老後生活の支援を促した。

移住先候補として、具体的に「医療・介護に余力のある41地域」を挙げた。医療・介護サービスの提供能力を、1人当たりの急性期医療密度と介護ベッド準備率の指標を使って分類し、数字の高い地域を選んだ。ただし生活の利便性から過疎地は除いている。

日本創成会議のメンバーである国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授が試算。全国を344に分けた二次医療圏を使い、1人当たりの急性期医療密度を7段階、介護ベッド準備率を7段階で評価した(資料:日本創成会議)

日本創成会議のメンバーである国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授が試算。全国を344に分けた二次医療圏を使い、1人当たりの急性期医療密度を7段階、介護ベッド準備率を7段階で評価した(資料:日本創成会議)

提言では、高齢化問題への対策として地方移住のほか、地域への集住化の促進や大規模団地の再生、空き家の有効活用などを挙げた。宅地価格の下落に備え、早期の住み替えを促進するような税制措置、公的な買い上げシステムの整備も検討課題だと指摘している。

■政府や自治体などから賛否の声

提言に対し、国や自治体などからは賛否の声が相次いだ。公表翌日の5日、塩崎恭久厚生労働相は記者会見で「基本線は地域包括ケアシステムをしっかりと整えていく」と言及するにとどめた。

9日、石破茂地方創生担当相は日本記者クラブの会見で、「地方に移住したいという希望を妨げる要因があるなら、それを除去することは政治の仕事だと考えている」と語った。さらに、「日本版CCRCの実現を検討している。要介護になってからではなく、希望があれば元気なうちから地方に行くことが今までの地方移住の考え方と違う」とも話した。

政府が設置した「まち・ひと・しごと創生本部」では2014年8月、東京在住者1200人を対象に意向調査を実施した。その結果、50代男性の51%、女性の34%が地方移住を予定または検討したいと回答した。

しかし、その調査をもとに地方移住のニーズがあると考えるのは早計かもしれない。医療・介護を意識する70代以上は調査に含まれていない。「実際に健康な高齢者が移住を希望するのだろうか」と、疑問を呈するのはサービス付き高齢者向け住宅協会の向井幸一副会長。自身も宇都宮市などで高齢者住宅を複数経営し、「都心から転居して来る高齢者もいるが、近くに家族が住んでいるケースがほとんど」と言う。

今後を占ううえで参考となるのが、東京都杉並区の例だ。杉並区は提言よりも早く、全国に先駆けて10年度から自治体間連携で特別養護老人ホーム(特養)の整備を進めている。

静岡県や同県南伊豆町と連携し、町有地に100床の特養を整備する計画だ。開設は18年1月ごろを予定している。15年3月に区と町、静岡県の3者で施設概要などについて覚書を締結し、5月から運営事業者の公募を開始した。

計画を進めるために区は2年前、区民の特養入居待機者のうち優先度の高い人に、南伊豆町の特養が開所したら入所を希望するか質問し、ニーズを探った。回答者814人のうち、「すぐにも入居を希望」が101人、「検討する」が171人いた。

杉並区が13年5月に実施したアンケート結果。自治体間で連携して整備計画を進めている南伊豆町の特別養護老人ホームに入所するか、区内で優先度の高い入居待機者に尋ねた。814人が回答し、1割強が入所を希望、2割が検討するとした(資料:杉並区の資料をもとに日経アーキテクチュアが作成)

杉並区が13年5月に実施したアンケート結果。自治体間で連携して整備計画を進めている南伊豆町の特別養護老人ホームに入所するか、区内で優先度の高い入居待機者に尋ねた。814人が回答し、1割強が入所を希望、2割が検討するとした(資料:杉並区の資料をもとに日経アーキテクチュアが作成)

得をするのは杉並区ばかりではない。「南伊豆町だけでは施設の運営が成り立たず、10年以上新設できなかった。杉並区と連携することで、100床と運営が成り立つ規模の施設整備が可能になった」と南伊豆町健康福祉課の担当者は話す。ほかにも施設が食材や日用品などを購入したり、入居者の家族が面会に来たりすることで、地元への経済効果も見込む。

自治体が連携することで施設建設が進み、複数のメリットが生まれる。いいことずくめのようだが、他の自治体が追随することは簡単ではない。「杉並区は南伊豆町と40年以上交流があり、素地があったから連携できた」と杉並区保健福祉部の森山光雄高齢者施設整備担当課長は話す。

高齢者の地方移住を進めるには、課題が山積している。提言が浮き彫りにした人口減少と超高齢社会の新たな住まい方のモデルを構築できるか、建築界に課題が突き付けられている。

(日経アーキテクチュア 菅原由依子)

[ケンプラッツ 2015年6月19日掲載]

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