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勝利の陰に栄養補給 敏腕サッカートレーナー挑む

スポーツライター 木崎伸也

一般的にアスレチックトレーナーと言うと、練習前のウオーミングアップを行ったり、基礎能力を上げるためのフィジカルメニューを作ったりするのが仕事というイメージがあるだろう。

だが、モダンフットボールでは、より多い運動量と強度の高いプレーが求められるようになり、ただ体を鍛えるだけでは不十分になってきた。いかに栄養を取り、いかに回復を早めるかも、トレーナーの仕事の一部になろうとしている。

「科学的見地から、何を口にすべきかはある程度のスタンダードができつつある」とシュレイ氏

練習・試合での栄養補給が重要

来季、ドイツ1部リーグのドルトムントのフィットネス責任者に就任するライナー・シュレイ氏にドイツでインタビューすると、この陸上競技出身のトレーナーは右手を広げて説明した。

「コンディション面で求められる要素は5つある。それを私は指にたとえている。まず親指は『アスリートとしての基本能力』。柔軟さ、パワー、スピード、持久力、バランス、安定性などだ。続いて人さし指は『日常の食事』、中指は『腱(けん)・靱帯のケア』、薬指は『練習・試合における栄養補給』、小指は『回復』。トレーナーはこの5つの要素にアプローチしなければならない」

個人的に驚いたのは、食事に関しての項目が2つも入っていたことだ。「日常の食事」はもちろん、「練習・試合における栄養補給」がパフォーマンスを高めるだけでなく、ケガをしづらい体を作るうえでも極めて重要だと言う。

「たとえば練習と試合では、特別なドリンクを用意している。もちろん選手ごとの好みがあるので、すべて強要するわけではない。話し合いのうえで水のみを飲む選手もいる。だが、科学的見地から、何を口にすべきかはある程度のスタンダードができつつあるんだ」

コンディションの大切さ知らしめる

シュレイ氏はドイツで最も知られたトレーナーのひとりだ。

もともとはケルンの五輪強化センターやグラウンドホッケーのトレーナーとして活躍していたが、2006年にドイツ3部のホッフェンハイムが本格的に強化に乗り出したときに、「プロジェクト・ホッフェンハイム」の一員に抜てきされた。

ラルフ・ラングニック監督(現・RBライプツィヒ監督)が求める「パワーフットボール」(=90分間激しいプレスを続けるサッカー)には、スピード、爆発力、体力が必要だ。シュレイ氏はそれを実現すべく、5つの要素すべてに取り組み、08年の1部昇格に貢献した。そして1部挑戦の初年度、ホッフェンハイムは「秋の王者」(前期首位チーム)に輝き、コンディションの大切さをドイツ中に知らしめた。

「よく対戦相手から『ホッフェンハイムの方が1人多いかのようだ』と言われた。今や他チームも運動量の大切さに気がつき、ドイツでは爆発的な動きを90分間続けることが常識になったんだ」

その後、シュレイ氏は若き戦術家、トーマス・トゥヘル氏に誘われて、マインツのアスレチックトレーナーに就任。マインツでも「パワーフットボール」を実現させた。岡崎慎司が入団するとケガをしづらい体作りをサポートし、ゴールラッシュを支えた。そして来季、トゥヘル氏のドルトムント監督就任に伴い、右腕として新天地に挑む。

パフォーマンスのカギは「油」にあり

では、フィジカルトレーニングを組む一方で、栄養補給に関してはどうアプローチしているのだろう? シュレイ氏は栄養学の専門家、ヴォルフガング・ファイル氏とともに記した指導書『Die Perfekte Fussball Schule』(完璧なサッカー学校)を取り出し、「理想的な栄養補給」というページを開いた。その内容をかいつまんで紹介しよう。

まずは試合前日の食事から。筋肉と肝臓にエネルギーを蓄えるために、炭水化物を適度に取るのはもはや常識だろう。ビタミンやミネラルを補うための野菜も欠かせない。

そういう基礎を踏まえたうえで、パフォーマンスを分ける細かなこだわりは「油」にある――というのがシュレイ氏の考えだ。結論から言うと、試合前日は魚を食べるべき。脂が多い肉は避け、ソーセージは論外だ。

当然、魚食のススメには根拠がある。脂質は大きく「飽和脂肪酸」と「不飽和脂肪酸」に分けられ、さらに後者は主にオメガ3とオメガ6に分けられる。興味深いことに、オメガ3のみが炎症を抑える効果があり、それ以外の多くの脂質は炎症を増進する効果がある。つまりサッカー選手は、いかに適量のオメガ3を取り、いかにそれ以外の油を口にしないかがケガを防止するうえで大切になってくる。

グアルディオラ氏は魚食を推奨

残念ながら、ヒマワリ油、トウモロコシ油、日本独特のサラダ油など、日常的に使われている油のほとんどが「飽和脂肪酸」のかたまりだ。肝心なオメガ3はほぼゼロ。これらの油で揚げたフライはパフォーマンスを落とす遠因になる。

オメガ3が豊富に含まれている油は、亜麻仁油、ナタネ油、クルミ油、エゴマ油。どれもスーパーでは高額なもので、オメガ3は火に弱いので生で口にするのがいい。食物ではクルミなどのナッツ類、そして青魚だ。

「週に2回魚を食べ、1日スプーン1杯の亜麻仁油を飲み、1日1回ひとつかみのクルミを食べる。そうすると適度な量のオメガ3を日常的に取ることができる。オメガ3が筋膜に蓄えられると、柔軟性が増して負荷への耐性が強くなる」

ペップ・グアルディオラ氏がスペイン1部リーグ、バルセロナ監督時代に選手たちに魚を中心に食べさせるようになったのは有名な話だ。同じ根拠からの発想だろう。メッシのケガが減ったのも、食事の改善のおかげだと言われている。

話を試合前日に戻そう。要はオメガ3を含んだ魚を食べれば、ケガを防止できるとは断言できないが、ケガをしづらい状態に近づけられるということだ。

また、シュレイ氏はノジチャのサラダを勧める。日本ではなじみが薄いが「小さい葉っぱのサラダ」という感じで、ドイツでは「Feldsalat」と呼ばれてどのスーパーにも並んでいる。根と葉に神経の高ぶりを抑える成分があり、試合前日にリラックスするのを助ける。ただ、試合当日はいい意味で緊張しなければならないため、当日はもう必要ない。

カツ丼は勝つための食事にあらず

試合当日の朝食は、オート麦のフレークやミュズリをヨーグルトに入れ、好みでオムレツ、もしくはサーモンとチーズを挟んだ全粒粉のパンを合わせる。注意点は、血糖値を正常値に保つために、炭水化物を食べ過ぎないようにすること。パンや果物だけ、というのは好ましくない。

ランチは軽めにして、豚肉と鶏肉は避けるようにする。それらの肉に多く含まれるアラキドン酸(不飽和脂肪酸のひとつ)が炎症を増進してしまうからだ。魚がいいが、もし肉を食べたいなら脂身の少ない牛肉にする。カツ丼では勝てないのだ。

さらに試合の2、3時間前にはハーブを取るようにする。ハーブにも炎症を防ぐ栄養素が含まれているからだ。代用品として本で紹介されているのは「ファイアー・ココア」。砂糖は一切使わず、カップ1杯の牛乳にスプーン2杯のカカオパウダーと蜂蜜、少量のシナモン、ひとつまみのトウガラシを入れたものだ。

「ショウガとトウガラシには、胃腸を整える効果がある。試合当日は胃腸が緊張するので、それをリラックスさせてくれる」

まだ栄養補給は終わっていない。キックオフの10分前には、スペシャルドリンクが用意される。ナトリウム、炭水化物、タンパク質が少量入った薄いスポーツドリンクで、さらにプロの場合、試合限定でアルギニン(アミノ酸の一種)が加えられる。疲労物質となる乳酸の分解とアンモニアの解毒を助けるからだ。

サッカーの場合、蓄えたエネルギーは60分から70分でなくなるため、ハーフタイムには炭水化物の量をやや増やしたバージョンのドリンクを飲む。ジェル状の補給食を利用するのも手だ。

パワーフットボールの進化見もの

現代サッカーでは、技術や戦術の追求だけでなく、栄養面の取り組みもどんどん細かくなっている。食に恵まれた日本の場合、バランス良く食事を取っていれば問題なさそうだが、オメガ3を中心とした油へのこだわりや、炎症を抑える食べ物を選ぶ意識は参考になりそうだ。

今、シュレイ氏は新たな挑戦に燃えている。

「ドルトムントの選手たちは、車でたとえたら高級スポーツカーのようなもの。香川真司は世界でもトップクラスの俊敏性を持っている。選手たちがトレーニングによってどう変化していくのか、とても楽しみだ」

きっとさらに進化したパワーフットボールを見せてくれるに違いない。

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