日々実践 メンタル向上術 意図して「ゾーン」状態に 最高のプレーで実力発揮 - 日本経済新聞
/

日々実践 メンタル向上術 意図して「ゾーン」状態に 最高のプレーで実力発揮

東海大学体育学部教授 高妻容一

私たちは、スポーツ選手が最高のプレーをして実力を発揮する状態を「ゾーン」とか「フロー」と呼ぶことがあります。日本では昔から、ある状況において信じられない力を人間が発揮する状態を表現する「火事場のばか力」という言葉があります。自分の家が燃えているという緊急時に、何十キロもある非常に大切なもの、普段なら持ち上げられないタンスなどを家の外まで運び出したといった逸話からきた言葉のようです。

最高の力、五輪など大舞台でいかに

このような状況はスポーツ界でも多く語られ、スポーツ心理学で研究されてきました。ゾーン、フローと呼ばれる理想的な心理状態、ピークパフォーマンス状態をいかにしてつくり上げ、オリンピックなどの大舞台で最高の力を発揮させるかという試みがなされてきたのです。

ゾーンには意図的に入ることができるといわれています。そのためには、以前に紹介したリラクセーションやサイキングアップを行うだけでなく、イメージ、目標設定、集中力、セルフトーク、プラス思考、またこの後に紹介する試合(本番)に対する心理的準備などが組み合わさり、総合的に作用する必要があります。簡単にいえば、メンタルトレーニングをすること自体が、ゾーンといわれる心理状態(火事場のばか力状態)に入るためのプログラムだということです。

メンタルトレーニングの目的の一つは、スポーツ選手に最高のパフォーマンスを発揮してもらうことです。それには選手がどんな心理状態のときに最高のパフォーマンスを発揮するのか理解する必要があります。また一般の方々も、最高のパフォーマンスを発揮する心理面や、その強化や準備の方法を理解しておくことは、仕事・受験・試合などの本番で実力を発揮したいときに役立つものだと考えます。

今回はゾーン、フローと呼ばれる「理想的な心理状態、ピークパフォーマンス状態、火事場のばか力」とはどのようなものか。そして、その状態で人間が最高の力を発揮するための方法を紹介しましょう。

火事場のばか力状態に入ると…

ゾーンに入ると「楽しい、リラックス、気楽な気持ち、疲れない、時間の遅延を感じる、まわりの動きがスローモーションに感じる、相手の動きが読める、体が自然に動く、集中、強気、プラス思考、開き直り、自信、ほどよい緊張、結果を考えない、無意識、やる気、いけるという気持ち、いい心理状態」などを感じ、信じられないプレーができることを多くの選手が報告しています。

もし選手がいつでもゾーンに入ることができれば、「いつでも自分の実力が発揮できるはず」という考え方が出てきます。この連載で紹介しているメンタルトレーニングは、いかにして自分の実力を発揮するかという目的のもとに、セルフコントロールをして、リラクセーションやサイキングアップ、目標設定(やる気)、集中、イメージ、プラス思考、心理的準備などを組み合わせて、ゾーンに入る可能性を高くする方法です。

そのためには、ある特定の気持ち(心理状態)をつくることが重要です。以下に示すのは、多くのスポーツ選手がゾーンを体験した時に感じたものを具体的に紹介したものです。

選手のゾーン体験談

野球=高校3年の最後の夏の大会で、バットが届きそうもない外角のボールでも届き、苦手の内角カーブにもバットが出て、1大会で4本の三塁打や1大会で7割近い打率を残した。
水泳=マイナスなことを全く考えなかった。日本選手権の100メートル背泳ぎで、私が苦手としている種目なのだが、怖いと思わず前向きで、かなりリラックスしていた。結果は日本新。この時、私はなぜか優勝できると思って泳いでいた。
ゾーンの感覚=疲れなかった 身体が軽かった 身体が自然に動いた 目覚めがよかった 朝食がおいしかった ウオーミングアップがいい感じだった 焦りがない 勝てると思った まわりがよく見えた まわりの動きを把握していた 今まで感じたことのない力を感じた、出せた 成功のイメージ ミスがなかった 時間が短く感じた ボールが止まって見えた 観客を味方にできた 彼女や親をエネルギーに まわりがゆっくり見えた 自分を中心にプレーが進む感じ 笑っていた 速く反応ができた 平常心 自分が自分じゃない感じ まわりの雑音が聞こえなかった 相手の動きがよく見えた 負ける感じがしない 勝つことがわかっていた ある種の快感があった 独特の興奮があった 不思議な気持ち コントロールができている感じ 無意識・直感的・自動的にプレーをしていた 何か肉体的な変化が起こった 誰かが手伝ってくれた感じ 近くが高揚する感じ 遊離感を覚えた

これらは多くの一流選手たちが口にした言葉をまとめたものです。みなさんもこのような経験をしたり、感覚を持ったりしたことがありませんか。自分が追い込まれた状態であるとか、交通事故などの危険を体験した状態で経験したという人もいます。これは、自らの危険を感じて無意識・本能的に、または偶然にゾーンの状態に入ることができるのだと思います。

スポーツ心理学の研究において、自分の最高のパフォーマンスを発揮したことのある一流選手の79%が、このゾーンの状態を意図的につくれると答えています。このような研究の成果から、このゾーンといわれる理想的な心理状態をつくるためのプログラムが多くの国で試され、五輪で勝つことを目的にメンタルトレーニングができあがってきた経緯があります。

何をすればゾーンに入れるのか?

スポーツ心理学では、理想的な心理状態に入れる要因・条件を次の10個にまとめています。それらがそろったときに、可能性が高くなると報告されています。

(1)試合前のプラン(2)自信と心理状態(3)身体的準備と心理的準備(4)興奮のレベル(5)自分のプレーをどう感じるか、自分の進歩をどう感じるか(6)プレーへのやる気(7)環境と状況の条件(8)集中力(9)チームプレーと相互作用(10)経験

この10要因が組み合わさり、総合的に作用して、ゾーンに入るのですが、メンタルトレーニングでは心理的スキルをコツコツと強化・準備・トレーニングすることで、選手に最高のパフォーマンスを発揮させようと考えています。一流選手の多くは、自分の経験の中で方法を見つけたり、メンタルトレーニングを学び活用したりすることでコンスタントに実力を発揮できるようになり、結果を出せるようになっていると考えられます。

たとえば、イチロー選手の打席でのバット回しなどの手順や毎日の生活の中でのルーティンなどは、多くの人が知るところです。こうした一流選手から学び、自分の独自のテクニックを見つけることで、コンスタントに結果を出せるようにするための強化・準備・メンタルトレーニングをするのです。自分の実力をいかにして本番で出し、コンスタントに発揮するか。その方法があることを、まずはみなさんに理解してほしいと思います。

春割ですべての記事が読み放題
有料会員が2カ月無料

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン

権限不足のため、フォローできません