FAXは日本だけ? まだあるガラパゴスに市場も注目
日本の携帯メーカーが従来型携帯電話、通称「ガラケー」の生産を打ち切る方針を決めた。国内で独自の進化をとげたが世界から取り残され、各社は大幅な損失計上や人員削減を迫られた。ほかにもファクス、カーナビゲーションシステムなど「ガラパゴス化」が進みかねない商品は数多い。将来の企業の業績や株価を左右しかねないため株式市場の関係者も注視している。
スミソニアン博物館が収集
米国から来日し住宅関連のデザイン会社を立ち上げたテディ・ジェニングスさんが驚いたのは「ファクスが今でもビジネスの重要な手段として使われている」ことだ。米国では連絡ならメール、図面ならパソコンで作成してそのまま添付ファイルで送って済ませる。「ファクスが使われていたのは6~7年ほど前までだったはず」と振り返る。

欧州でも同様だ。邦銀の欧州在住の為替担当者は「ファクスを使ったのはこの半年で数えるほど。きちんと動くかテストしたのと、どうしてもファクスで資料が欲しいというお客さん向けに送った程度」という。ファクスは産業遺産の収集で知られる米国のスミソニアン博物館がコレクションの一つに加えたほどだ。
経済産業省によると2014年の国内ファクス販売台数は約3万台。ピークに比べて減ったが高水準を保つ。業界団体の情報通信ネットワーク産業協会は「日本では手書き文化が根強く、手で書いた通りの文面をやりとりできるファクスの支持につながっている」とみる。
業務用ファクス大手の村田機械(京都市)も「国内のファクス需要は根強い」と楽観的だ。家庭用ファクス大手のパナソニックが昨年、送られてきた画像を外出先のスマートフォンで確認できるファクスを発売するなど独自の進化も続く。
ただ、NECが13年3月に業務用ファクスから撤退するなど一部には事業の縮小を探る動きも出始めた。NECは「キヤノンや富士ゼロックスのようにコピー機の強力な販路を持っていないと厳しい」と振り返る。
大和総研エコノミック・インテリジェンス・チームの長内智エコノミストは「ガラパゴス商品は情報通信や音楽関連の電気製品に多い」と指摘する。「ファクスのほか高機能のデジタルカメラなども日本人の要求レベルの高さに合わせて機能が高まったが、海外では過剰な機能がネックとなり拡販がしにくく、事業がじり貧になる懸念がある」と分析する。
CDは握手券が目当て
音楽CDの健闘も日本独特だ。国際レコード連盟によると日本は13年に音楽CDの販売高で世界の31%を占めて首位に立った。2位の米国(17%)に2倍近くの差をつけており、その後もCD大国の地位は揺らいでいないとみられる。

世界ではネットを通じた音楽の有料配信が拡大しており、14年時点でCDなどのパッケージと有料配信の売上高が共に69億ドル(現行レートでは約8500億円)で拮抗している。一方、日本は14年の国内の楽曲向けCDの生産額は1840億円(日本レコード協会まとめ)と音楽配信(音楽ビデオなどを除く)の売り上げの約6倍もある。
音楽情報会社、オリコンの14年のシングルCDの販売ランキングでは上位25作のうちAKB48グループが14、アイドル歌手を多く抱えるジャニーズ事務所に所属するグループが10を占める。つまり、熱烈なファンを持つ「2大グループ」が市場を支えていることがわかる。
AKBの場合、同封されている握手券を目当てに複数枚を買うファンも多い。年に1回開催される選抜メンバーを決める「選抜総選挙」の際には投票権が同封される。6日に開催された7回目の選抜総選挙では、3000枚以上のCDを買ったファンがネット上で話題になった。ジャニーズ事務所のシングルCDは音楽ビデオのDVDなどの特典付き限定版がファンを引き付ける。
全国に2400軒以上あるレンタルCD店も音楽CDの普及を後押ししている。日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合の若松修専務理事は「レンタルCD店が存在するのは日本だけ」と語る。音楽の著作権保護に関する国際的な取り決めができた際、先行してレンタルCD店が存在した日本は例外扱いされ今日に至ったという。
CDの牙城が今度こそ揺らぐと指摘されるのが「ストリーミング」と呼ばれる定額聞き放題の配信サービスの台頭だ。月額数百円~1000円程度で数百~数千万曲が聞き放題となるのが特徴。世界ではスウェーデン発のスポティファイが先行し、約6000万人が利用する。8日には米アップルも新しい定額サービスを発表した。
国内でも5月にIT大手のサイバーエージェントとレコード会社のエイベックス・グループ・ホールディングスが手掛ける「AWA」(アワ)が参入。11日には無料対話アプリのLINE(東京・渋谷)も新サービス「LINE MUSIC」を開始した。LINEは今年4月に東証への上場を申請している。同社は音楽配信で「音楽とコミュニケーションを近づける」としており、事業拡大に弾みをつけたい考えだ。
カーナビ、海外はスマホ相手に苦戦
日本では乗用車に欠かせない装備になったカーナビゲーションシステム。大手メーカーが電子情報技術産業協会(JEITA)のデータを基に推計したカーナビの国内市場は14年度で約3700億円。ピークだった09年度に比べ25%縮小した。各社は機能を高めた個性的な商品を競っており、普段の走行を記憶して「お気に入りのルート」を表示する機種や、音楽配信の受信機能付きのカーナビが登場した。その結果、市場の縮小には歯止めがかかりつつあるが、反転拡大の兆しは乏しい。
パイオニアやクラリオンは海外のニーズに合わせラジオや車載カメラ搭載の商品を展開しているものの競争は厳しい。据え置き型が強い日本と異なり、海外はPNDと呼ばれる簡易型カーナビが主流のうえ、最近はスマートフォン(スマホ)をカーナビ代わりに利用する運転手が多いためだ。
さらにあらかじめ新車に装備されるカーナビはあるものの、日本のようにカー用品店で気に入った商品を購入して愛車に後付けすることは少ないため「市販品は苦戦している」(クラリオン)という。
各社はカーナビの技術が次世代自動車のカギとなるコンピューター制御の安全走行や自動運転車に応用できる可能性があると強調する。ただ、実際に利益が上がる事業になるかは未知数だ。
株価を見ると12日時点でパイオニアが年初比3%安、クラリオンが同7%安と市場全体の株高の波に乗れていない。いちよしアセットマネジメントの秋野充成執行役員は、カーナビ関連株について「自動運転の期待感からすでに上がってしまい、足元では材料が見当たらない」と話す。
軽自動車、販売最高でも岐路
岐路に立つのが軽自動車だ。排気量660cc以下という日本独自の規格で、車体の大きさについても基準のある軽自動車は、厳しい制限下で技術やデザインを磨いて市場を取り込んできた。

川崎市の住宅街に住む関山武男さん(80)はスズキの新型「アルト」を2月に購入し、横浜市内までの買い物などに利用する。車好きで40年余りの間に20台以上の車を乗り継いできた。軽を利用するようになって驚いたのは走りの良さや車内の空間の広さだ。「軽は買い替えるごとに使いやすさや性能が上がっている」と満足そうに話す。
車種も多様化している。スズキが14年に販売した「ハスラー」は軽の多目的スポーツ車(SUV)として、子供を持つ若いファミリー層などの人気をつかんだ。ホンダの「N-BOX」やダイハツ工業の「タント」は床面を低くすると同時に車高を高くして室内の居住性を高めたことなどが評価された。
14年の新車全体の国内販売台数は556万2888台とピークだった1990年(777万7493台)の7割程度まで縮小した。しかし軽自動車は227万2790台と過去最高を記録。全自動車の保有台数に占める軽の比率も37.9%と01年比で10ポイント強も高まった。
ただ、限界も見え始めている。14年に販売が過去最高を記録したのは、メーカー各社が市場を取り込むための値下げ競争に力を入れた影響も大きい。スズキとダイハツの販売競争は大量の流通在庫を生む結果になった。今年4月に軽に対する自動車税が年1万800円とこれまでの1.5倍に増えるなど税制面でのメリットは縮小。4月以降の販売は前年比で2割の落ち込みとなっている。団塊世代の高齢化や大市場の地方の人口減少が今後本格化する。日本独特の規格で輸出が期待できない軽自動車の先行きには不透明感も漂う。
スズキ株は4日に過去最高値を付けた。株価は堅調に推移しているが、野村証券の桾本将隆シニアアナリストは「中長期的に軽の国内市場は大幅な拡大は見込めない。軽自動車税の負担が重くなる可能性もあり状況は厳しさを増すのでは」と語る。スズキは軽の車体を使った車種をインドで販売。現地子会社のマルチ・スズキの市場シェアは4割強に上る。ダイハツも昨年発売した小型車「アジア」が、マレーシアで好調に販売を伸ばす。「日本で独自に磨いてきた軽の開発・生産ノウハウを海外市場でどれだけ生かせるかが今後の各社の成長のカギを握る」(桾本氏)ことになりそうだ。〔日経QUICKニュース(NQN) 後藤宏光、依田翼、谷翔太朗、石川隆彦〕
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