アマゾンの先行くドローン配送 米企業、スイスで実証へ
宮本和明 米ベンチャークレフ代表
米国のベンチャー企業Matternet(マターネット)が、ドローンを使った配送システムで覇権を狙っている。同社は既に新興国でドローン空輸ネットワークを展開し、実績を積んでいる。このシステムを、今後は米国や欧州などの先進国で展開する。Matternetが開発したドローンは、自律飛行して目的地まで荷物を運ぶ。消費者に商品を空輸するドローン配送技術をレポートする。
次世代ドローンを明らかに
Matternetは、シリコンバレーに拠点を置く新興企業で、ドローンを使った空輸ネットワークを開発している。
このシステムは、既に開発途上国で医薬品の輸送などで使われてきた。Matternet共同創設者のAndreas Raptopoulos氏は、カンファレンス「Drones, Data X Conference」で、次世代ドローン「Matternet ONE」を明らかにした。

ドローンはオペレーターが操縦する必要は無く、自動運転車のように、目的地まで自律的に飛行する(上の写真)。このようなインテリジェントなドローンは「Smart Drone(スマートドローン)」と呼ばれている。ドローンは電子商取引(Eコマース)のパイプラインとして、店舗間で商品を移動したり、顧客に商品を配送したりする役割を担う。
20キロの距離を飛行可能

Matternet ONE(右の写真)は配送専用に設計されたドローンで、都市部での配送を目的としている。重量1キログラムまでの荷物を積み、20キロメートルの距離を飛行できる。Matternet ONEは、クラウド「Matternet CLOUD」と交信しながら飛行する。通信方式の説明はなかったが、LTEなど携帯電話通信を利用するとみられる。
飛行ルートは、地形などを考慮して事前に設定する。FAA(米国連邦航空局)が定める飛行場周辺などの飛行禁止区域や構造物を避けて飛行する。クラウドはドローンの運行状態をモニターするのに加えて、飛行データを蓄積。運行後、それを解析して、飛行に関する知見を得る。
禁止区域や構造物避けて飛行
Matternet ONEは、スマートフォン(スマホ)の専用アプリで操作する。まず、発送人は格納容器「Payload Box」に荷物を搭載し、離陸の準備をする。次に、スマホの専用アプリに目的地を入力する。Autoモードにすると、ドローンは自律的に指定されたルートを飛行する。
目的地では、「Landing Pad」に着陸する。Landing Padにはマーカーが表示されている(下の写真、六角形の目印)。ドローンはカメラでこれを認識し、自律的に着陸する。その後、受取人はPayload Boxを開けて荷物を受け取る。

下の写真は、ドローン配送ルートの事例だ。右側のドットを離陸し、白線に沿って飛行し、左側のドットに着陸する。赤色に影を付けた部分はFAAが規定する飛行禁止区域(空港近辺や市街地など)を示しており、ドローンはこの区域を避けて最短距離を飛行する。

具体的な説明はなかったが、右側のドットは米Tesla Motors(テスラモーターズ)の自動車工場で、左側のドットはMatternetのオフィスと思われる。つまり、工場から自動車部品を消費者に、緊急に配送するシナリオを考えているとみられる。
将来は航続距離を伸ばすため、バッテリー交換スポットの設置なども計画されている。ここで充電されたバッテリーを搭載し、ホップ・ステップで航続距離を伸ばす。現在、バッテリーは人手で交換しているが、これを自動化することも検討している。さらに、他の飛行体との衝突回避システムや、GPS(全地球測位システム)シグナルを受信できない時の対応技術などの開発も進めている。
電子商取引にドローン活躍の機会
Matternetはドローンを活用して、発展途上国で医薬品の輸送などを担ってきた。ブータンではWHO(世界保健機関)と共同で、中央病院から遠隔地の保健所に医薬品を空輸するミッションを展開(下の写真)。パプアニューギニアでは、Doctors Without Borders(国境なき医師団)と共同で、医療支援に従事した。健康診断のため、血液検体などを病院の検査施設に空輸した。これらの実績をベースに、先進国を対象に電子商取引のパイプラインとして事業を展開する。

一般に電子商取引では、「ファーストマイル」と「ラストマイル」が一番コストがかかるとされている。また、電子商取引では配送パッケージの75%が1キログラム以下の重量で、小型貨物の配送セグメントが急拡大している。小型貨物では、ラストマイルの配送コストが全体の70%を占めるとされ、ドローンの活躍が期待されている。
Matternetは、ドローン配送事業を二段階で展開する。最初はアジアやアラブ圏の国々で、企業間取引を支えるインフラを目指す。これらの国々では、経済発展に輸送インフラが追従できておらず、交通渋滞が深刻な問題となっている。これをドローン配送で補完する。
第2段階では、米国におけるドローン空輸事業を展開する。消費者が電子商取引で購入した商品を、ドローンで届けるモデルの確立を目指す。
Matternetのビジネスモデルは、ドローンのシステム販売だ。ドローン単体ではなく、空輸システムを販売する。顧客となる企業はMatternetからMatternet ONEを含むシステムを購入し、自社で運用する。提供するシステムは、Matternet ONEのほかに、クラウド関連ソフトウエア(Matternet CLOUD)とスマホ向け専用アプリで構成される。Matternet ONEの価格は5000ドルから。既に販売が始まっている。
スイス郵便局と実証実験へ
Matternetは、スイスのSwiss Post(スイス郵便事業会社)とSwiss WorldCargo(スイス国際航空の貨物部門)との間で、2015年夏からスイスでMatternet ONEを使った空輸システムの実証試験を開始する(下の写真)。

この試験ではコンセプトの検証を目的とし、本格展開につなげていく。検証事項はドローンの技術面やビジネス面だけでなく、法令順守や地域住民との関係が重要な要素となる。ドローン配送では、国の法令に沿った運用が求められるだけでなく、地域住民の安全性やプライバシーへの配慮がことのほか重要となるからだ。
ドローンを使ったビジネスでは、米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)がサイトで購入した商品をドローンで配送するシステム「Amazon Prime Air」開発を進めている。Google(グーグル)は「Project Wing」というプロジェクトで、高速で長距離飛行できるドローンを開発している。
Matternet共同創設者のRaptopoulosは、「Matternet ONEはAmazonやGoogleと競合するものの、ロジスティックプロバイダー(配送サービス会社)に焦点を当てビジネスを展開するので勝算はある」と自信を見せた。下の写真はカンファレンス会場となったスポーツアリーナの観客席で、講演を聞いたときの様子だ。

日本市場でも、Matternetのビジネスモデルは参考になる。企業が自前でドローン配送システムを保有しておけば、自社内や他社にパーツやサンプルなどを緊急空輸できる。宅配会社や郵便局などは、ドローン配送で他社と差異化できるプレミアムサービスを提供できる。「日本版Matternet」の誕生も期待できそうだ。
米ベンチャークレフ代表 1955年広島県生まれ。1985年、富士通より米国アムダールに赴任。北米でのスーパーコンピューター事業を推進。2003年、シリコンバレーでベンチャークレフを設立。ベンチャー企業を中心とする、ソフトウエア先端技術の研究を行う。20年に及ぶシリコンバレーでのキャリアを背景に、ブログ「Emerging Technology Review」で技術トレンドをレポートしている。
[ITpro 2015年5月19日付の記事を再構成]
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