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インテル「2兆円買収」で手に入れる3つの未来

伊藤元昭 エンライト代表者

日経テクノロジーオンライン

米Intel(インテル)は、FPGA(ハードウエアの再構成が可能なIC)メーカー大手の米Altera(アルテラ)を現金167億米ドルで買収する。1株当たり54米ドルという買収金額は、両社の交渉が初めて報じられた2015年3月27日の前日の株価である34.58米ドルよりも56%高い。かなり高評価での買収である。

図1 AlteraのFPGA「Stratix 10」

今回の買収話が明らかになった時、業界アナリストの多くは、比較的冷ややかな見方をしていた。パソコン向けマイクロプロセッサー市場に比べてFPGAの市場規模が小さく、噂される買収金額の割に売上高が少ないと見たからだ。確かに、過去また現時点での売り上げだけで見れば、そのような評価も当然である。

しかし最近のFPGAの用途の急拡大を見ると、今回の買収は決して"王様のお戯れ"などではないことが分かる。

過去に組み込みシステムの一部品に過ぎなかったFPGAは、今や今後の電子産業全体をけん引する可能性を秘めたチップとして脚光を浴びている(図1)。一説では、仮に今回の買収交渉が不調に終わった場合、Intelは敵対的買収も視野に入れていたという。同社にとっては、生き残りを掛けてなりふり構わず仕掛けた大戦略なのだ。

スマイルカーブの底に沈む危機

なぜIntelは、それほどAlteraの買収に必死だったのか――。今のコンピューティングの世界でのシステムの価値について、次のような簡単な図を描いて考えると合点がいく(図2)。横軸にシステムの規模の逆数を、縦軸にシステムの価値を取った場合、現在のシステムの価値はいわゆるスマイルカーブのような曲線を描く状況になりつつある。

ムーアの法則」に沿ってマイクロプロセッサーの性能が伸び続けていた時代には、システムのダウンサイジング化の流れに乗って右へ右へと伸び、システムの価値は右肩上がりの曲線を描いていった。これがインターネットが普及した2000年代前半になると、サーバーを置くデータセンターの価値と個人保有の端末の価値が押し上げられた。そして、クラウドコンピューティングの時代となった今、片側にサーバーの集合体であるデータセンターを置き、もう片側にスマートフォン(スマホ)もしくはIoT(Internet of Things)関連の端末を置いたスマイルカーブを描くようになっている。

図2 コンピューティングのスマイルカーブ

Intelのマイクロプロセッサーは将来、このスマイルカーブの底に落ちてしまうという危機感を抱いていたのではないか。

同社のサーバー向けマイクロプロセッサーの売り上げは、2015年1~3月期(第1四半期)には営業利益の半分以上を占めている。スマイルカーブの価値の高い口角の一端を確保しているかたちだ。

ところが、現在絶好調のサーバー向けの分野で、処理エンジンをマイクロプロセッサーからFPGAに移行する動きが急速に進展していくことが明確になってきた。マイクロプロセッサーとFPGAで電力当たりの性能を比較した場合、検索処理では約10倍、複雑な金融モデルの解析では実に約25倍もFPGAの方が性能が高いという。

もう一方の口角の一端であるスマホ向けのマイクロプロセッサーの分野は、英ARM(アーム)の牙城であり、簡単に取って代わることができない。このままでは、スマイルカーブの底に位置するパソコン向け市場だけが同社に残された格好になってしまう。

Microsoftが明かした水面下の動き

一般には、Intelが危機的な状況にあったという認識は持たれていない。その理由は、データセンターで使われている技術はブラックボックスの中にあり、その動向をつまびらかに知ることができなかったからだ。唯一、ブラックボックスの中で起こっていることを垣間見せてくれたのが、米Microsoft(マイクロソフト)だった(図3)。

図3  Microsoftが自社データセンターの頭脳を刷新(出典:Doug Burger"Transitioning from the Era of Multicore to the Era of Specialization"SICS SOFTWARE WEEK 2014)

同社は、2014年6月に自社のデータセンターにFPGAを導入すると表明し、業界関係者を驚かせた。同年10月のイベント「SICS SOFTWARE WEEK 2014」では、技術の詳細も発表した。

ここでFPGAはマイクロプロセッサーをアシストするチップなどではなく、データセンターの中核チップであること、そしてその導入によってデータセンターのコストがおおまかに言って半分になる驚くべき効果を秘めていることを、世に知らしめた。

その後、Microsoft以外にも中国Baidu(百度、バイドゥ)、Facebook(フェイスブック)など巨大なデータセンターを保有する多くの企業が、同様の計画を持っていることが判明した。

Micorosoftの技術発表の資料を見ると、開発当初の2011年時点ではAlteraの競合である米Xilinx(ザイリンクス)のFPGAを使って試作していたことが分かる。そして、途中からAlteraにスイッチしている。

近年、AlteraとXilinxには、開発環境の整備戦略に明確な違いがあった。Xilinxは、ハードウエア開発者が、より大規模で、複雑なシステムを構築できるようにするための、「高位合成」という技術の開発にこだわった。この開発指針は、これまでのFPGA向けEDA(IC設計ツール)の進化としては、極めて真っ当な方向性と言える。

これに対しAlteraは、ソフトウエア技術者によるハード設計を容易化するための技術、「OpenCL」への対応を優先させた。それまでのFPGAユーザーの便宜よりも、新しいFPGAユーザーを取りにいくことを優先したのだ。MicrosoftによるFPGAチップの乗り換えは、こうした指針の成果であったと思われる。

買収で手にする自動車向け半導体市場

Alteraを買収することによって、Intelは次のような3つの未来を手に入れることになる。(1)データセンター向けプロセッサー事業で新基軸の製品を次々と投入、(2)組み込みプロセッサー事業で新機軸の製品を投入、(3)安定したファウンドリー(半導体受託生産)事業を営む――という未来である。

(1)と(2)は、コンピューティングのスマイルカーブで、笑った口の口角の部分を自社製品が占めるために欠かせない要素だ。このうち、ここまで解説してこなかった(2)について、もう少し詳しく紹介したい。

実は、FPGAはデータセンター向けマイクロプロセッサーを置き換えるだけではなく、組み込みシステムのマイコンも置き換えつつある。特に重要な点は、自動車向けマイコンでの置き換えが進む動きが見えてきたことだ。

その応用先は広く、エンタテインメント、高度運転支援システム(ADAS)、電気自動車(EV)などのバッテリーやモーターの制御をカバーしている(図4)。Alteraは、ローコストの製品からハイエンドの製品まで、あらゆる品種で自動車用半導体の品質規格である「AEC-Q100」に対応した製品を既に提供している。自動車向け製品の累積出荷実績は4000万個以上に達し、採用の広がりが加速している。

図4  FPGAの応用が想定されている自動車内の機能(出典:日本アルテラ)

今回の買収によって、Intelは待望の自動車用半導体市場を手中にしたことになる。特に自動運転システムの要所に、自社製品の楔を打ち込むことが出来た点は大きい。さらに、自動車以外の組み込みシステム向け市場での事業拡大も見込める。

元々、Alteraにとって、組み込みシステム向け市場は主力市場である。携帯電話の基地局やテレコム機器、テレビなど家電製品にもFPGAが搭載されている。登場当初のFPGAは、開発用チップとしての利用が中心だった経緯から、電子システムを開発するあらゆる分野のエンジニアにとって使い慣れたチップであることも、Intelが組み込みシステム向け市場を開拓する上での力になるだろう。

最先端工場の立ち上げに好影響

(3)は、Intelが最先端の工場を維持していくためには欠かせない要素となる。最先端工場を、効率よく、かつ一定の収益を得ながら立ち上げるために、FPGAは最善のチップなのだ。

ファウンドリー企業である台湾TSMCでは、新しい製造技術を使って最も早く量産するチップとして、FPGAを当てていた。FPGAには最新製造技術の立ち上げ用のチップとして、他にはない好ましい性質があるからだ。かつて日本の半導体メーカーの多くは、新しい工場の製造プロセス立ち上げをSRAMの量産を通じて行うことが多かった。汎用性が高いために大量生産が見込め、回路が規則的で製造条件の調整に向けた解析が容易であり、論理LSIと同じプロセスで製造できるためだ。

現在のファウンドリーのように論理LSIを専ら製造する工場において、SRAMに替わる役割を果たせたのがFPGAだ。そもそもFPGAとは、内部構造をかなりデフォルメして考えると、クロスバースイッチの上に複数のSRAMを浮かべた構造の論理LSIである。

チップの大半は、メモリーと見間違うほど規則的なパターンで覆われている。さまざまな機能のハードウエアをプログラミングで実現できる高い汎用性は、少品種大量生産に向く。このため、製造技術を立ち上げるためのデータを十分に取得するに足る生産量を見込める。

Intelは、「14nmトライゲート・プロセス」の立ち上げに手こずり、製品投入の延期を余儀なくされた経緯がある。FPGAの獲得は、マイクロプロセッサー事業にとっても好結果をもたらす可能性が高い。

Intelが非ノイマン型に手を掛けた

筆者は、2014年末にAlteraのPresident兼 CEO(最高経営責任者)であるJohn Daane氏の話を伺う機会を得た。その時の取材テーマは、2014年の事業総括と2015年の展望という毎年恒例のものだった。奇しくも、米国半導体協会(SIA)最高の栄誉である「Robert N. Noyce Award」の受賞が決まった直後の同氏がその時に語った内容は、7割方データセンターについてであった。

これまでFPGAは、電子システムの中で、開発時の試作用チップとして、また主な半導体チップ同士のつなぎ役として、どちらかと言えば"裏方"の仕事をしてきた。しかし、Daane氏の話からは、コンピューティングの表街道を歩み始めた自信と高揚感が伝わってきた。「AlteraのFPGAが、Intelのマイクロプロセッサーのコ・プロセッサーとして、初めてデータセンターのサーバーにデザインインされた。データセンター向けチップとしての、FPGAの筋の良さを証明するものだ」(Daane氏)。

2015年1月、筆者は日経BP半導体リサーチのコラム「SCR大喜利」において、「突然訪れた非ノイマン型コンピューターの時代」をテーマにノイマン型コンピューター(現在主流の方式で、プログラムをデータとして記憶装置に格納し、これを順次読み込んで実行)の行く末について議論した。

この時の回答者の一人である慶應義塾大学の田口眞男氏は、「非ノイマン型の風はFPGAへと吹いているように見えてならない。これまでノイマン型のメリットを最大限享受してきたのはIntelである。今後、どうFPGA戦略を構築して行くのか注目される」としていた。

そして記事校正時の私信の中で同氏と、IntelによるAlteraの買収の可能性について議論した。田口氏の見方は、「十分あり得る」。こうした私信の内容を踏まえて、同氏の回答記事に「寵児FPGAに接近する黄昏の巨人の思惑」というタイトルを付けた。今思えば、状況証拠から今回の買収を事前に予測していた人は、意外と多かったのではないか。

IntelがFPGAを得たことは、同社が非ノイマン型コンピューターの進化に寄与する足がかりを得たということだ。この点は、歴史的な意義さえ感じる。半導体の技術開発、そして応用開拓において数々の実績を残してきたIntelの手で、FPGAをどのように磨き上げ、浸透させていくのか。産業界の期待は大きい。

[日経テクノロジーオンライン2015年6月2日付の記事を再構成]

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