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日本経済新聞 5月30日付朝刊に「京都特集 支社開設30年」を掲載しています。

任天堂マリオ、愛され続ける理由

2015/5/30 3:30
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メルセデス・ベンツのテレビ広告に登場したスーパーマリオブラザーズ(C)Nintendo

メルセデス・ベンツのテレビ広告に登場したスーパーマリオブラザーズ(C)Nintendo

コンピューターゲーム史上、世界で最も知られているゲームキャラクターである任天堂の「スーパーマリオブラザーズ」は30年前の1985年、わずか5人の開発チームによって誕生した。現専務の宮本茂氏や、ゲームプロデューサーで現在は情報開発本部・制作部統括の肩書の手塚卓志氏らだ。

■開発チームわずか5人

手塚氏は大阪芸術大学を84年に卒業し、ゲームデザイナーとして入社したばかりだった。「遊ぶ人にとって分かりやすいシンプルなゲームを心がけた」という。手塚氏は主にマリオが進むコースのデザインを担当した。

任天堂スーパーマリオブラザーズの当初からの開発メンバー、手塚卓志さん

任天堂スーパーマリオブラザーズの当初からの開発メンバー、手塚卓志さん

80年代前半に任天堂の携帯型ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」が大ヒット。この利益を原資に、任天堂はゲームセンターの業務用機から家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」の開発にシフトした。手塚氏は「開発にかかる費用のことを気にしないでソフト作りができる良い雰囲気だった」と振り返る。

マリオのキャラクターの元祖は81年。ゲームセンターや喫茶店のゲーム機の「ドンキーコング」の主人公として初登場した。人気や認知度が急上昇したのは85年9月にファミコン用ソフトのスーパーマリオブラザーズを発売してからだった。

職人のマリオと双子の弟ルイージが大魔王を倒し、さらわれた姫を助けて、キノコ王国を救う冒険ストーリー。マリオが全世界で愛される理由について、手塚氏は「穴に落ちたら怖いとか、火の玉を相手にめがけて投げたら気持ちいいとか、ゲームをしながら主人公になりきって楽しむ基本的な感覚は世界共通だから」と話す。

■団子っ鼻に「つなぎ服」、1985年の事情

キャラクターの外見的特徴も世界で親しまれている。マリオは団子っ鼻が特徴。当時のテレビゲームはまだ1画素あたりの情報量が小さく、激しい動きをするマリオの顔が右左のどちらを向いているのかを分かりやすくするために、大きな鼻にしたという。口ひげで顔のメリハリを作り、髪がなびかないよう帽子をかぶらせ、手の動きが分かるように「つなぎの作業服」を着させた。どれもがマリオにとって欠かせないトレードマークになった。

スーパーマリオブラザーズのゲーム画面(C)Nintendo

スーパーマリオブラザーズのゲーム画面(C)Nintendo

ちなみに、マリオの生みの親の宮本専務がイタリアの芸術家が好きということで、マリオはイタリア人という設定。マリオの名前は、当時の米国任天堂が借りていた倉庫のオーナーの名前から拝借した。マリオの弟のルイージは双子で似ているので、日本語の「類似」からルイージと名付けたという。

スーパーマリオブラザーズの30周年にあたる今年、任天堂はホームページに専用コーナーを設けたほか、様々な企画やイベントを催していく方針だ。「たくさんの人に祝ってもらい、さらにファンを増やしていきたい」と手塚氏は話している。

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