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王も超えた イチローが書きかえた歴史

スポーツライター 丹羽政善

記録、数字。それらは確実に野球を支える魅力である。本塁打、打率、勝ち星、勝敗そのもの。選手らは日々、数字に囲まれ、例えばタイトル争いは、シーズンの行方同様、ファンの興味をかき立てる。シーズン記録、通算記録といった節目が近づくと、ファンは自然に球場に足を運び、運良く立ち会えた記録達成の瞬間は、勝ち負けを超えて、彼らの記憶にとどまり続ける。(記録は25日現在)

日米通算得点で日本新

そういう世界にあって、イチローほど、記録との関わりが深い選手もなかなかいない。25日のナショナルズ戦では、八回に右前打で出塁、エチャバリアの3ランで生還し、日米通算1968得点目(大リーグでは1310得点目)をマーク。王貞治氏(福岡ソフトバンクホークス球団会長)が持つ日本記録(1967得点)を超えた。王氏は22年。イチローはプロ24年目の春に到達。1968点は、大リーグでも歴代8位にあたる(1位はリッキー・ヘンダーソンの2295点)。日本の場合、王氏に続くのは、福本豊氏(解説者)の1656点だが、その差は300点を超える。そう考えると今後、イチローの得点記録を抜く選手は現れないのではないか。

そもそもイチローの記録にはそういうところがある。圧倒的すぎて、目標にすらならない。

分かりやすいのは、通算安打。日米通算4134安打で、張本勲氏(解説者)が持つ3085安打の日本記録と比較すると、すでに1000本以上も上回っており、メジャーでは、歴代2位のタイ・カッブ(4191安打)、1位のピート・ローズ(4256安打)に迫る。100年を超えるメジャーの歴史でも4000本を超えているのはその2人だけ。メジャーでの安打数に限れば、今まで28人しか達成していない3000本安打にあと144本と迫る。

すでに野村は超える

他にも今後、肩を並べるものが出るとは、想像しがたい数字がある。まず、試合数。日本記録は野村克也氏(解説者)の3017試合だが、イチローは3173試合に達しており、とうに抜き去った。その野村氏は、打席数(1万1970)と打数(1万472)でも日本記録を持っているが、イチローの打席数は1万3808 。打数は1万2625。イチローは、打数で野村氏の打席数を上回っている。二塁打の日本記録は、立浪和義氏(解説者)の487本だが、イチローはといえばすでに547本を打っている。

まだまだ新記録を作る可能性

さらに今後、抜く可能性のある記録もある。三塁打の日本記録は、福本氏の115本だが、イチローが109本で迫る。塁打数は、王氏が5862の日本記録を保持しているが、イチローが5589で続く。

もちろん、すべて日米通算であり、日米、いずれのリーグでも公式記録とは認められないが、メジャーの世界に限っても、今後長く記録であり続けるのではと思える偉業が少なくない。例えば2004年、イチローは262安打を放ち、84年ぶりにジョージ・シスラーが1920年に作った257本という年間最多安打記録を更新したが、この記録の特異性は、表を見てもらえれば分かる。

上位10位までにイチローの記録が2つ入っているが、ほとんどは2004年の時点で、70~80年以上も前に作られたものなのである。

当時、4割を打つ打者は珍しくなく、1920年代、様々なルールの変更により打撃成績が飛躍的に向上。

大リーグ歴代最多安打
イチロー262(2004)
ジョージ・シスラー257(1920)
レフティ・オドゥール254(1929)
ビル・テリー254(1930)
アル・シモンズ253(1925)
ロジャース・ホーンスビー250(1922)
チャック・クライン250(1930)
タイ・カッブ248(1911)
ジョージ・シスラー246(1922)
10イチロー242(2001)

(注)カッコ内の数字はシーズン

それまでの、ボールが飛ばず、投手有利といわれた「デッドボール」時代に対して、「ライブボール」時代と後に呼ばれるようになったが、4割打者が消えたように、この時代の記録を抜くものは現れないとみられていた。それをイチローが超えていった。

ちなみにこれまで多くの記録が誕生しては、破られてきたわけだが、イチローによる84年ぶりという更新期間は、記録が破られるまでにもっとも年数を要したメジャー記録ともなっている。そのことは図らずも、記録更新の難易度を伝えている。

9ボールで四球だった時代

9ボールで四球、ファウルはストライクとカウントされないなど、今とはルールが大きく違い、また、シーズン40勝をマークする投手、あるいは4割を打つ打者が当たり前のようにいて、個人記録が突出しすぎているがため、参考でしかない1900年以前の記録をも、イチローは塗り替えている。

シーズン連続200安打達成者
1イチロー10年(2001-2010年)
2ウィリー・キーラー8年(1894-1901)
3ウェイド・ボッグス7年(1983-1989)
4チャック・クライン5年(1929-1933)
マイケル・ヤング5年(2003-2007)
チャーリー・ゲーリンジャー5年(1933-1937)

1897年に4割2分4厘で首位打者になったウィリー・キーラー(オリオールズなど)は、1894年から1901年まで8年連続で年間200安打以上を放った。その後、完全に忘れ去られた記録となり、ウェイド・ボッグス(ヤンキースなど)が7年に迫ったものの届かず、それから再び歴史に埋もれかけたものの、イチローがその存在をよみがえらせた。

おそらく、この記録も今後、破られることはないのではないか。10度であれば、ローズもマークしているが、連続となると、次元が違ってくる。

それにしても、シスラーやキーラーなど、イチローが記録を破らなければ、日本のファンに名前が知られることはなかったはず。米国の大リーグファンでも、キーラーなど、知る人ぞ知る存在だ。実はそれこそ、イチローの記録の特殊性でもある。超えようとするのは、5年、10年前に作られた新しいものではない。80年、100年といった、遠い過去のものだ。追いかける中で、往年の名選手の名前が次々と出てくる。同時に、その時代の野球に触れることができ、調べているうちについつい時間を忘れる。

歴史を変える記録に、「まあ、またか」

そのことを一度、本人に聞いたことがある。2007年、イチローは7年連続200安打、100得点、30盗塁をマーク。それまで球聖タイ・カッブとキーラーがその組み合わせで6度を記録していたが、イチローはそれを連続で超えた。100得点に達し3つの数字がそろったとき、古い選手をよみがえらせる感覚はどういうものか、と。そのとき、こんな答えが帰ってきた。

「最近、僕がかかわる記録ってそういうのが多い。まあ、またかって感じだね」

あっさりしたものだが、その後イチローは、シスラーとキーラーの墓を訪れている。古い時代の記録との戦いの中で、イチローが何よりも大切にしているのは、そんな選手とのつながりなのかもしれない。

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