「2.5次元」ファン熱狂 憧れキャラ、現実で会える
2次元でも3次元でもないアニメやゲームを題材にした「2.5次元」市場がエンターテインメントの世界で脚光を浴びている。漫画「ナルト」を題材にした2.5次元ミュージカルは大人気で、海外上演の予定も。アニメに登場する声優たちのライブ会場には6万人超が詰めかける。熱烈なファンを深掘りし、チケットと物販で稼ぐ2.5次元市場の裏側をのぞいた。
舞台・ライブ・物販で稼ぐ

4月4日、福岡市中心部の「キャナルシティ劇場」が熱気に包まれた。この日は「ミュージカル『テニスの王子様』」の上演日。「大阪から早朝の新幹線で駆けつけた」という女子大生や「仮病で仕事を休んだ」と笑うOLも。母娘の親子連れも目立つ。
テニスの王子様は2.5次元ミュージカルの代表作で「テニミュ」と呼ばれる。2003年からの上演回数は千回を超える。原作漫画の連載は08年に終わったが、ミュージカル人気は連載終了後に過熱。今年3月には累計動員が200万人を突破した。
2.5次元市場は熱烈なファンを深掘りするビジネスだ。日本2.5次元ミュージカル協会の理事も務める主催者、マーベラスの中山晴喜会長兼社長は「チケットと物販で収益は半々」と打ち明ける。テニミュのチケット価格は5800円だから1人あたり約1万円を投じることになる。
物販スペースにできる長蛇の列は2.5次元ミュージカルの恒例だ。出演者が登場人物の姿で写る生写真(2枚組で350円)やパンフレット(1500円)が飛ぶように売れ、1万円超の大商いも多い。「きょうでテニミュは5回目だけど、いつも公演グッズを買ってしまう」と話すのは福岡市に住む23歳の女性。グッズを購入するのはその日、その瞬間にしか見られない一期一会の上演を観劇した「物証」になる。
同じテニミュでも、ファンから見れば東京公演と福岡公演は別物。経験を重ねるたびに歌唱力や演技力に磨きがかかっていく若手俳優の成長を目の当たりにする楽しみもある。この"中毒性"こそが収益の源泉だ。
キャラ好き転じて俳優も

キャラクター(2次元)と演者(3次元)のはざまでときめきを楽しむのも2.5次元の醍醐味だ。天才テニスプレーヤー「不二周助」になりきった若手俳優・神里優希さんの生写真を購入した20代女性は「昔から冷静沈着な不二のファン。だから神里さんも好きになっちゃいそう」とにっこり。
キャラクター好きが転じて、それを演じる俳優までも好きになるケースが多い。生写真やパンフレットは漫画やアニメの中でしか会えなかった憧れの人物との距離を縮める魔法の道具だ。
深掘りするための仕掛けは会場選びにも。収容人数が千人前後の中規模会場が多く、舞台と観客席が近い。役者の息づかいも聞こえてきそうな距離だ。最近の人気ぶりを考えれば大会場でも埋まりそうだが「2.5次元ミュージカルで8千人を集めるのは難しい。800人を10回集める方が得策」と中山氏。同じファンが何度も足を運ぶ機会をあえて設ける。

2.5次元市場はライブにも広がる。1月31日と2月1日のさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)。アニメ制作のサンライズなどが主催し、2日間で計6万人超の観客を集めたのはアニメやゲームで人気の「ラブライブ!」に登場する女子高生アイドルグループ「ミューズ」だ。作中のメンバーを演じる9人の声優がアニメと同様に歌や踊りを披露した。
「ごはん炊けたよー」。小泉花陽役を演じる久保ユリカさんが呼びかけると「ラブライバー」と呼ばれる熱烈なファンで埋まった会場から大歓声が上がった。小泉花陽は「ごはん好き」という設定。ファンだからこそわかるアニメやゲームの小ネタを上手に挟み込むのが2.5次元を盛り上げるコツだ。「内輪ネタ」が飛び出すほど会場の温度は上がる。ライブをすることでラブライバーたちはさらに"忠誠心"を高め、DVD、衣料品など数多くの関連商品の販売につながっていく。

「完成したアイドルではなく、成長していく過程を見守りたい」という今どきの10~20代のニーズに着目したのはディー・エヌ・エー。配信者と視聴者が交流できる動画配信サイト「ショールーム」で昨年11月から始めたのは2.5次元アイドルプロジェクト「にごどる!」だ。11人の声優の卵を登場させ、彼女たちの声にぴったりのアニメキャラクターのデザインを広く募集した。にごどる!では未熟な声優たちがキャラクターになりきっていく一部始終をつまびらかにする。
キャラクターの名前や性格、口癖などはショールームの生放送で声優と視聴者が一緒に決めた。例えば、寺島あかりさんが演じる「結城真朱」はリーダータイプのケチャップ好き。部活動は弓道部といった具合だ。
にごどるたちは生放送でキャラクターになりきりながらも、演じきれなくなって「素顔」に戻る瞬間がある。「その瞬間が一番盛り上がる」と前田裕二総合プロデューサー。「視聴者は2次元と3次元の自由な行き来を楽しんでいる」。インターネットが今までは見えなかった2次元(アニメやゲーム)と3次元(生身の俳優や声優)の境目をのぞき込むスコープになっているようだ。
人気マンガも続々、専用劇場も

「デスノート」「弱虫ペダル」「東京喰種トーキョーグール」――。人気漫画やアニメの2.5次元化が止まらないのは、消費の意思決定権を握るとされる女性の取り込みに力を発揮するからだ。芸能事務所も2.5次元ミュージカルを駆け出し俳優の登竜門に位置づけ、有望な若手を送り込む。これまでに城田優さんや斎藤工さんら人気俳優を輩出している。
ライブ・エンタテインメント調査委員会の調べによると、2013年のミュージカル市場は前年比13%減の472億円、動員数も7%減の715万人だった。劇団四季の公演数減が響いた。一方、2.5次元の動員数は右肩上がりで、14年は前年比2~3割増の200万人近い動員があったとみられる。
動画配信などデジタルコンテンツが普及するほど、ライブコンテンツは人気が高まる。その中でも2.5次元ミュージカルに注目が集まるのは、原作に固定ファンがいて収益の見通しが立ちやすく、難しい知識や教養がなくても誰でも気軽に楽しめるからだ。
日本の漫画に登場するキャラクターは特徴が際立っていたり、性格などの設定が詳細だったりするため舞台化にも向いている。

マーベラスの中山晴喜会長兼社長が注目するのは、2.5次元ミュージカルの1人あたり課金額の高さ。「テレビアニメは無料で見られるし、ゲームも数千円のソフトを1本買うだけ。2.5次元は1人の観客がたくさんのグッズを繰り返し買っていく」と話す。漫画やアニメで囲い込んだ原作の熱烈なファンの誘導先に2.5次元ミュージカルは最適だ。
こうした2.5次元ミュージカルの盛り上がりに着目し、今年3月には東京・渋谷に2.5次元ミュージカルの専用劇場「アイア2.5シアタートーキョー」がオープンした。「ナルト」を題材にした公演はすぐにチケットが完売になる人気となっている。
女性や訪日客を魅了
2.5次元ミュージカルは日本が世界に誇るサブカルの漫画やアニメが題材とあって、インバウンド需要の取り込みも期待される。
専用劇場のアイアでは外国人客にセイコーエプソン製などの眼鏡型端末を配布。装着すると、舞台上に英語や中国語の字幕を重ねて投映する仕組みを取り入れた。
英国から福岡市内の大学に留学中のハリエット・クックさん(21)は4日、初めての2.5次元ミュージカルを体験した。「英国でも動画配信サイトで『テニスの王子様』のミュージカルを見ていた。漫画よりも人気が高い」という。
(新田祐司)
[日経MJ2015年4月24日掲載]
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