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自動車メーカーの敵はグーグルではない

みらいのトビラ(5)

日経テクノロジーオンライン
自分の専門性という基盤を生かして、異分野の人々と同じ土俵で対話する自信があるか。そう問われたときに、胸を張って「ある」と答えられる読者はどれくらいいるだろうか。自信を持つためのカギは、さまざまなモノやコトに興味を持つ「好奇心」にある。今後10年超にわたるICT(情報通信技術)やエレクトロニクス業界の長期トレンドを予測したレポート『メガトレンド2015-2024 ICT・エレクトロニクス編』(日経BP社)の著者である川口盛之助氏と山本一郎氏が、これから拡大する市場や、企業・技術者の在り方を語り合う対談の最終回。今回は、複数の分野が融合する"カオス領域"が広がる中、企業および、そこで働く人たちに本当に求められていることについて議論する。

山本 僕は今、プロ野球の仕事をしています。主に編成と育成のデータを担当しています。具体的には、楽天ゴールデンイーグルスのデータ管理です。

選手の育成について「どうやって育てよう」という考え方がコーチになかったら、その選手はどうやって自分のいいところを伸ばしていいか分からないですよね。例えば、体が細くて足の速い選手がいます。彼の持ち味はスピードだと分かりきっている以上、たくさん食わして長距離砲にするというわけにいかないじゃないですか。そういったところから考え直さないとダメじゃないでしょうか。それはエレクトロニクス業界でも共通だと思います。

「今、与えられている条件はこれです」ということがある。選手の専門性というのは、結局ピッチャーはピッチャー、キャッチャーはキャッチャーで、もう決まっているわけで、自分の専門領域の中で最大限のパフォーマンスを出すためのトレーニングをしています。そういう選手たちに、「チームの勝利にどうしたら貢献できるのか」ということをきちんと言ってあげないといけない。選手たちもできることが限られているから、きちんと補助してあげなければならない。

山本 その中で一本立ちする選手というのは、自分で考えて「俺、こういう選手になりたいです」「俺、この待ち球しか待てないんで、ここをしっかり待って頑張っていきます」という人です。そういう選手は勝手に伸びていきます。そうすると「あいつを育てたのは俺だ」とかいう手柄話になるんですが、限られたプロフェッショナルな世界でも自分の進んでいく道をちゃんと選んで、伸びていく人はいるんです。

技術者も同じで、自分が選んだ専門を通じて取り組めることって、本当にたくさんあります。それは15歳だから優れているかというとそうではなくて、45歳でも新しい領域に興味を持って論文を読み始めたらいろんなことが分かるはずです。

「好奇心」というのは、自分が知りたいことに沿って、専門性の幅を広げてくれる心の働きです。それこそエレクトロニクスのように、ある程度一つのストーリーが終わった産業分野でも、「次に何があるんだっけ?」と考えられる人をどうやって大事に、意思決定の中心に置いていくかは、ものすごく重要なマネジメントだと思います。

――なるほど、考えるべき次のストーリーは、エレクトロニクス業界でもまだまだたくさんあると。

山本 いっぱいあります。

――そこをどう考えるかは結局、一人ひとりが好奇心を持って、世界観を持って突き詰めていくしかない。

山本 この対談でも何度か出てきましたけれど、「IoT(Internet of Things)」や「ビッグデータ」というバズワードは過渡的な概念だと思います。「IoTとさえ言っておけば、とりあえずは説明できる」と思っていたら、それはちょっとさすがにまずい。

IoTという言葉が出た瞬間に「これが解だ」と言うのではなく、そういう言葉を理解の中継点にして、「では、ウチの商品はどこを目指すんだ」「ウチはどういうサービスを作っていくんだ」と考えていくべきだと思います。そこから先に「どうやって人間はより便利になっていくのか」「人間に近づいていくのか」ということを精査して、自分たちはどこまでお客さんに向き合って仕事ができるのかを考えていく。こういう検討をやらなさ過ぎているような気がします。

――そんな感じですよね。

山本 世の中ではすごい大ヒット製品の成長ストーリーのようなものを求められている気がするんですけれど、実はそんなことばかりではない。液晶スマートフォンや半導体を見て、「日本の敗戦だ」と論ずるのは自由です。でも、そんなことを言っていても何も始まらない。プロ野球選手が持っている体格や特性を見極めて生き残りを図るのと同じように、次の競争のルールや技術革新の中身を察知して、持っているものの強みを生かして食らいついていく必要があります。

――そうですね。「世界でグローバル競争だ。だから、日本はダメだ」というような話になりがちです。

山本 大手自動車メーカーも「これからは、IoTとクラウドの時代だ」と某幹部の人が言うわけです。えらい人だし、それなりに高齢なのに毎日勉強しているのは分かる。でも、自動車メーカーが「IoT」という大雑把な言葉を手軽に使っちゃいけなんじゃないのかと。「自動車メーカーの敵はグーグルだ!」というような話になりがちですが、それは違うんじゃないでしょうか。

彼らは、ものづくりとして安全な車をどう造るかという技術に磨きをかけてきました。しかし、IoTの時代になって、いずれ人間が運転しない状況も起こり得る。今後の自動車の安全というのは単に自動車の物理的な安全面だけでなく、外部から乗っ取られないようなクルマの仕組みをどうやって作るかとか、クリティカルな状況のときに自動運転車が何を選択するか、とか。「摂理」の問題はたくさん発生します。

自動運転車で走っている最中に道路が陥没したら、避けるためにハンドルを切りますよね。曲がった先に人がいたらひいちゃいます。クルマに乗っている人の安全を最優先するのか、外を歩いている人を助けるのか。究極のことがたくさんあって、それを考えなければならない。

川口 その判断を脳波でやるんだよ、きっと。ドライバーは「どうしよう?」と悩む。さすがに寝てると困るんだけどね。

でも仮に寝てたとしても、最低限の情報だけが脳に入力されて判断を待つというイメージかな。「自動運転の責任問題を回避するために、責任だけを何とか人間から取り出す方法って何だろう?」ということは開発案件になるでしょう。もちろん、自律走行社会が成り立つ条件は、それだけではないだろうけれども、「そのときにトランジスタは何ができるか」ということです。

山本 そうなんです。だから、エレクトロニクス業界ができることは本当にたくさんあります。

川口 だから、やはり世界観が大切になっているんです。「その世界観が正しいかどうか」は、会社が掲げるビジョンです。もちろん、「すべてを自動でやる」という世界観でもいい。いろいろあっていいんじゃないですか。

――確かに、キーワードとしての「自動運転」だけが流行している雰囲気はあります。でも、そういうビジョンは欧米の大手会社にはあると思いますか。

川口 欧米だって、ないと思います。問題は、尖った集団が現れる可能性が日本は低いことです。

山本 それはある意味、プリンシプル(行動原理)なんです。その会社が持っている固有の判断規定のようなものが不文律で根付いている。グーグルはできて、なぜトヨタ自動車はできないんだとか。

問題は、IoTというようなバズワードで逃げていることです。繰り返しになりますけどIoTは単なる概念であって、それが流行したからといって、彼らの固有の価値である「安全で高品質な車づくり」には本質的に何も影響しないはずです。

川口 それは「エコロジー」と同じだよね。

山本 「地球にやさしい」と言って、逃げるんですよ。もちろん、消費者のニーズにきちんと応えていますよ、というメッセージはあるでしょうが。

――そういう意味では、多くの会社にはプリンシプルがありますよね。自動車メーカーも世界観も持っていそうな気がします。

山本 でも、自動車メーカーはやらないんですよ。本当に自動車メーカーに新しい先進技術があって、IoTを使った自動運転技術を実現しようとするならば、交通システムの方により入り込んでいかなければならないわけですよ。

例えば、道路の作り方一つをとっても、クルマ側の要請に対してセンサーがきちんと反応するような仕組みをつくるべきですよね。要は、「日本全体を便利にして、安全に自動運転できるようなインフラを作るために自動車メーカーはもっと投資しましょうよ」ということです。でも、必ずしもそういう方向への投資は積極的にならない。

ある意味、公的セクターにコミットしたくないという気持ちがあるのかもしれません。「それは国がやるはずだ。もしくは地球がやるはずだ。我々はその上を走らせていただく自動車メーカーでございます」ということですから。

そうなると、どうしても自動車業界の中で納まることばかりやろうするんです。人工知能はクルマの中で完結するもの、クラウドでやる部分はネットにアクセスできない地域もあるからやらないとか…。そう言っていたら、できることがどんどん限られていきます。

――日経エレクトロニクスは2015年3月号で「クルマの未来」を特集しました。その中で、自動運転が実用化されたらクルマがスーパーコンピューター(スパコン)並みの処理能力を持つようになる。一家に1台スパコンがあるんだから、クルマの中だけではなく、いろいろと利用できる可能性がある、と指摘しています。

川口 自動車自体がクラウドになるんだ。

――自動車業界の外にいる人たちは、そういうことを考えているわけです。

山本 「今、まさにそういうことが起きているからきちんと実験していきましょう」というような発想にはならないですよね。だいたい、四つのタイヤの上に乗っかっているもののことしか考えないと行き詰ってしまいます。

――「メーカーズ」など、ベンチャー企業からは未来に関する話が出てきますが、国が掲げるインフラになると、やはり自動車メーカーをはじめとする大手企業しかできないわけですよね。

山本 それは、この対談の中で取り上げてきた「好奇心」に通じる話で、「大八車に人間が乗っていようが、豚や野菜が載っていようが変わらない」という発想で仕事をしていたら限界があるんじゃないですか。

クルマ自体がサーバーになる、クラウド化するという世界になったとき、「人がクルマに乗っている利便性とは何だろう」「人が運転していないかもしれないクルマが自分の近くを通過するとき、安全がどう確保されるのだろう」ということを規定して、クルマは単に移動するだけの機械じゃないというところまで自動車メーカーが業務領域を広げていかなければならない。

川口 でも、自動車メーカーの姿勢は、「我々は、与えられた条件下で最高のパフォーマンスのいいモノをつくります」というものです。これでは、敗戦を経験した家電メーカーと同じです。自動車業界は周回遅れな分だけ、たちが悪いかもしれません。「新しいことには投資せず、過去の延長線上で進んでよかった」と考える前世代の人たちが傷を負っていないから。

例えば今、自動運転の世界でグーグル台風が来ていますが、頭を下げて耐えていたら、そのうち台風は去るかもしれない。その後に出てくるであろう「ほら、新しいことをやらなくてよかったじゃん」という意見には抗えないですよね。自動車メーカーの社内力学としては、「ディーラーが売ってくれるから大丈夫だ」と考えている人たちが今も元気なので。

山本 それで実際に売れてるから、また困るんです。

(聞き手:日経エレクトロニクス編集長 今井拓司)

[日経テクノロジーオンライン2015年3月20日付の記事を基に再構成]

[参考]日経BP社は2014年12月28日、調査レポート「メガトレンド2015-2024 ICT・エレクトロニクス編」を発行した。成熟期に近づいたエレクトロニクス分野が、バイオ、脳科学、ICT、情報サービスといった萌芽・成長分野と融合する新しい潮流を洞察した。「ムーアの法則」終焉と市場ニーズの多角化を分析し、大変化が起こるクラウド、IoT、人工知能、3Dプリンター、ロボット、ロジスティクス、ビッグデータなどの未来像を予測分析。10年後のICT・エレクトロニクス産業の姿を提示した。詳細は、http://www.nikkeibp.co.jp/lab/mirai/megatrend2015/megatrend2015-ict.html

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