/

八百長騒動から土俵復帰 大相撲・蒼国来(上)

大相撲の荒汐部屋(元小結大豊、60)の蒼国来(31)は、2003年、19歳で中国内モンゴル自治区から来日、部屋創設9年目の10年1月に言葉や食習慣の壁を越えて十両に昇進、中国で生まれ育った初の関取となった。同年9月には晴れて入幕。だが、その努力や栄光は「八百長騒動」にのみ込まれて暗転する。

中国内モンゴル自治区で生まれ育った初の関取となった

11年4月14日、八百長相撲への関与を理由に日本相撲協会から引退を勧告されたが、応じないため「解雇処分」を受けた。師匠の荒汐親方も降格処分。蒼国来は「いわれなき汚名をすすぎ、私の人生を懸けてきた土俵に復帰する」と、身の潔白を証明するため裁判を起こした。それが力士生命を脅かす2年余のブランクを生むとは。

師匠は弟子を信じて疑わない。「いい格好して言えば(弟子は)自分の子供なんだから、やっていないというものを、人がやったと言っているから、じゃあ『おまえ、やったんだろう、留置場に入れ』みたいな、極端に言うとそんなことでしょう。できますか。本人がやってないといい、証拠もない。こっちが(調査委員会に)出そうとしてもいらないと言うんですから」

誠実な人柄から6人の弁護団結成

後援会や蒼国来を前に師匠は「こういう結果になって本当に申し訳ない。こんなことになるなら中国から連れてこなければよかった」と泣いてわびたという。

解雇の翌日には3つの弁護士事務所から6人の弁護団ができあがっていた。蒼国来の誠実な人柄に触れて「一度顔合わせしただけで、弁護士の先生たちがやってあげたいと」(おかみさん)総力をあげた。

裁判中、師匠は協会の理事室に再三呼ばれて蒼国来を部屋から立ち退かせるよう警告された。しかし師匠は「別に出ていく必要はない。理事長に言われたって裁判が終わるまで大丈夫だよ」。とはいうものの、協会と板挟みの師匠に蒼国来は「迷惑をかけてはいけない」と友人宅などを転々とした。日野自動車のラグビー部や代々木公園でのブフ(モンゴル相撲)の稽古に参加して体を慣らしていたが「さすがに2年目は少しきついなと。だけどここで折れてはいけない、心は一番だから。でもイライラして早く裁判の結果を出してくれと願いました」。

「今だから言えますが、判決が出る前から裁判長が『稽古を再開したら』という感じで言ってましたね」

理事長の謝罪「心に響く言葉だった」

13年3月25日、東京地裁は「解雇無効」の判決を出した。相撲協会も4月3日に臨時理事会を開き、控訴を断念した。放駒理事長の定年の後を受けた北の湖理事長が謝罪した。「私(師匠)と蒼国来と弁護士に頭を下げて『この2年間、力士として一番大事な時期をこんなつらい思いをさせて本当に申し訳なかった』と言ってくれました」。蒼国来にとってもそれは「心に響く言葉だった」という。

「正直、最近まで八百長問題は一切しゃべらなかった。思い出したくないほど心がささくれました。一生忘れないと思う。でもみんなが応援してくれたおかげです。一人だったら国へ帰っていたはずです」。感謝の気持ちが新たな意欲を生んでいる。

(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊4月20日掲載〕

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連企業・業界

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン