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シマンスキー教授「世界サッカー、強さと収益は別物」

サッカーの巨大産業化、有力クラブのグローバル化が急速に進んでいる。欧州にサッカービジネスの強力な「極」が形成されている中で、アジアのリーグはどんな道を歩むことになるのか。サッカークラブの経営に精通した米ミシガン大学のステファン・シマンスキー教授(55)にサッカービジネスの現状と将来について語ってもらった。

少数のビッグクラブがタイトル独占

――サッカーにまつわる世界のマネーと有力選手が欧州に集中している。この状況は変わらないのか。

「世界のサッカー市場がどのように機能しているのかの説明から始めましょう」

「世界のほとんどのリーグで1つ、もしくは2つ、3つのクラブが独占的な力を持っている。イングランドではマンチェスター・ユナイテッド、チェルシー、アーセナル。スペインではレアル・マドリードとバルセロナ。イタリアではユベントス、ACミラン、インテル・ミラノ。ドイツではバイエルン・ミュンヘン。実は人口5万人のフェロー諸島のリーグでもHBトースハウンというクラブが長い間、タイトルを独占してきた。小さなリーグでも同じことが起きている」

「その一方で、世界のすべてのリーグに経営危機に陥っているクラブがある。イングランドではこの30年に70クラブが破綻、もしくは清算に向けた法的手続きに入った。もちろん、イタリアにはたくさんの同様の例があるし、フランスでも1974年以降に80クラブ、クラブ経営が健全といわれるドイツでも85年以降に80クラブが経営危機に陥った。より小さなリーグはさらにひどい状況にある」

「これはむかしからある問題で、イングランドでは1892年に清算したクラブがある。しかし、クラブの運営会社が破産しても、クラブ自体は消えていない。地域のコミュニティーがクラブを存続させている」

厳しい自由競争、クラブ収入にも直結

――なぜ世界中のサッカーリーグでこのような共通した現象が起きているのか。

「世界のサッカーリーグは、野球のMLB、アメリカンフットボールのNFL、バスケットボールのNBAなど米国のプロスポーツのようにチーム数が定まった、閉じられたリーグとは構造が違う。サッカーリーグには昇格・降格があり、新しいクラブが常に入れ替わる。誰でもクラブを新しくつくって、上のリーグを目指せる自由な状態にある。その分、常に激しい競争が行われている」

「もう一つのポイントは、いい選手を高いお金で買えば好成績に結びつき、クラブは成功するということ。チームの成功はお金で買える」

「優勝を重ねて成功しているクラブには必ずファンがつき、入場料収入、テレビ放送権収入、スポンサー収入が増える。選手補強にお金を使えばリターンがあり、その資金でまた、いい選手を買ってチーム強化に充てられる。逆に、勝てなければ営業収益は激減する」

「サッカー市場がこのように機能しているから、世界のサッカーリーグには共通して独占と経営危機が同時に起きる。これは経済学者のジョン・サットンが唱えた理論に当てはまる。彼は、非常に競争的な市場で少数の独占的な成功した企業と多数のいつ失敗してもおかしくない小さい企業が併存する状況がいかに生じるかを、均衡理論を使って説明している」

戦力補強、一般企業の広告宣伝に相当

――ごく限られたクラブの独占はいつまでも続くのか。

「サットンはこの理論を、飲料業界を例にとって説明している。電力会社のように初期投資がさほど大きくないので、飲料会社をつくるのは難しくない。たとえば庭先でレモネードを売ることもできる」

「しかし、清涼飲料水の世界市場のシェアはコカ・コーラとペプシが合わせて70%を占めている。それは両社が巨額の広告費を使っているから。人は名前を知っている商品を買いたがる。ただし、この独占的な立場を維持しようと思ったら、巨額の広告費を使い続けなくてはならない」

「サッカー業界にも同じことが言える。リーグやカップ戦の優勝がいわばコカ・コーラの広告費に当たる。タイトルを数多く取るクラブには当然ファンが集まる。レアル・マドリード、バイエルン・ミュンヘン、マンチェスターUはサッカー業界のコカ・コーラといえる」

「サッカークラブが独占を維持するには、コカ・コーラが巨額の広告費を使い続けているように、選手獲得に巨費を投じ続けなくてはならない」

「マンチェスターUなどビッグクラブは海外の市場に乗り出し、グローバル化を進めている。イングランドのプレミアリーグなど独占的なリーグ、独占的なクラブは世界中のファンを引きつけている。それは特別な選手がプレーしているから、つまり、それだけのお金を選手獲得に投じているからです」

Jリーグ、一定の成功も考え方に問題

――欧州のリーグ、クラブがグローバル化する中でJリーグが生き残っていく道は?

「話は単純で、Jリーグがプレミアリーグに対抗しようと思ったら、同じだけのお金を使わなくてはならない。お金を失っても痛くも、かゆくもない投資家を見つければいいだけのこと」

「Jリーグは決して失敗はしていない。ある一定の入場者がいるし、20年間うまくやってきている。ただし、考え方に問題がある」

「米国人と同じで、日本人はクラブの成功とはタイトルを取って、しかも収益が出ている状態だと思っている。しかし、そのようなことは世界中のサッカーリーグでも、ほとんど例がない」

「世界のサッカーリーグでは収益を上げているクラブはほとんどない。チームが優勝という成功を収めても、収益はあがらない。チェルシーやマンチェスター・シティーのオーナーである資産家は巨額を投じ、数々のタイトルを取って成功しているが、彼らに金銭的なリターンはない。投資で成功=タイトルを買ったにすぎない。しかも勝ち続けるには投資を持続しなければならない」

「マンチェスターUは収益を出しているが、バルセロナ、レアル・マドリード、バイエルン・ミュンヘンは収支がとんとんの状態。ほとんどのクラブのオーナーがお金を失っている」

「欧州サッカー連盟(UEFA)の調査によると、欧州の主要リーグの700クラブの50%が損失を出しており、6分の1のクラブが倒産寸前にある。サッカークラブとはそういうものなのです」

――それでも欧州では資産家がクラブを保有したがる。

「資産家がサッカークラブを持つのは、クラブを『トロフィー・アセット』と考えているからだ。クラブを保有することで名前が売れ、ステータスが上がり、誇りを得られる資産と考えている。Jリーグが人気を高めたいなら、見返りがなくてもクラブに大きな投資をしてくれる人、または企業を見つける必要がある」

資産家多い中国、リーグ成長の好機

――中国リーグが欧州の有力リーグに肩を並べる可能性はあるか。

「中国リーグは絶対に成長する。中国には資産家が多いので、トロフィー・アセットとしてクラブを持つ金持ちが出てくるだろう。習近平国家主席がサッカー好きで、ワールドカップ(W杯)を開催したがっている。国際サッカー連盟(FIFA)もそれは歓迎する」

「ただし、中国リーグが成長するためにはクリアしなければならない問題がある。まずはギャンブルに関わる腐敗を断たなくてはならない。若手選手の育成システムを構築する必要もある。また、リーグの競争力を高めるには、ピークを過ぎた選手ではなく、もっと若い有力選手を海外から獲得したほうがいい」

――中国リーグが大きく成長したら、Jリーグはどんな影響を受けるか。

「いい影響があるだろう。いまアジアのリーグには欧州のような、ファンを満足させる試合が十分にない。それがアジアサッカーの問題だと思う。だからサッカーファンの目が欧州に向いてしまっている。中国リーグにいい選手が集まると、ファンや資産家の目がアジアに向く。それはアジアにもプラスに働く。アジア全体のサッカーのレベルも上がるだろう」

――アジア、米国、豪州を合わせた環太平洋リーグの可能性はあるだろうか。

「環太平洋リーグには時間帯の問題がある。プロスポーツにとってはテレビ放送権収入が根幹となる。イングランドのプレミアリーグの成功は中東、米国東海岸と時間帯が近く、この地域でも試合を生中継で見られるのが大きい。だから、この地域でテレビマネーが稼げる。時差の問題を抱える環太平洋リーグには無理がある」

「私なら、こう構想する。中国の5クラブ、日本の4クラブ、韓国の2クラブ、それにインドネシア、タイ、ベトナムに1クラブずつでリーグを編成する。これなら可能性がある。日本は国内で4人の金持ちを探せばいいのです」

J、スター選手獲得で魅力アップを

――日本におけるサッカーのステータス、価値がもっと高まらないと、そこまでの投資をする人が出てこないのではないか。

「大スターのメッシ(バルセロナ)を日本に連れてくれば、その問題は解決できる。スタジアムはいっぱいになる。獲得に大金が必要なので利益は出ないかもしれないが、サッカー人気は高まる。人気を高めるには、お金を使って選手の質を上げなくてはならない」

「まずは先行投資が必要ということです。地球上には投資をせずに稼げるビジネスはない。それがあるなら私も始める」

――もしJリーグのチェアマンになったら、最初に何をする?

「答えはとてもシンプルです。金持ちを探す」

――欧州ではファイナンシャル・フェアプレーというルールがスタートしている。

「チームの人件費、移籍金の総額がサッカーによる営業収益を超えてはならないというルールです。これが厳格に運用されるとチェルシー、マンチェスターC、パリ・サンジェルマンのようにオーナーが巨額のポケットマネーをクラブに投じられなくなる」

「そうなると、クラブを持つことで自分の名声を確立しようとする資産家が今後、中国をはじめとしたアジアのクラブに投資するかもしれない。中国リーグがイングランドのプレミアリーグのような独占的なリーグになる可能性が高まる」

(聞き手は編集委員 吉田誠一)

 ステファン・シマンスキー 1960年3月29日、ナイジェリア・ラゴス生まれ。ロンドン・シティー大学教授を経て、2013年から米ミシガン大学教授。専攻はスポーツマネジメント、スポーツ経済学、スポーツ史など。サッカークラブの経営、歴史に詳しく、欧州サッカー連盟(UEFA)のアドバイザーも務めた。著書に『サッカーで燃える国 野球で儲ける国 スポーツ文化の経済史』『「ジャパン」はなぜ負けるのか 経済学が解明するサッカーの不条理』(ともに共著)『Winners and Losers』『Football Economics and Policy』などがある。

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